第31話

「おい、華乃。大丈夫か」

「……なに。何で来たの」


 華乃は女子部屋にいた。

 華乃が潜っているベッドに、俺も腰を下ろす。


「お前が心配だからに決まってんだろ」

「嘘つき。どうせみんなに言われたからでしょ。リコのほうが大事で、リコのほうを優先して、あたしのことなんて考えてもなかったくせに」

「……どっちが大事とかねーだろ。嘘なんてついてない。何があっても絶対お前のことが心配だ」

「リコとあたし、どっちをいっぱい心配してくれる?」

「だからどっちがとかねーって。二人とも全く同じだ。同率一位」

「じゃあ、抱きしめてよ」

「はぁ?」


 何でそうなるんだよ。


「リコのこと抱きしめてたじゃん、さっき。どうせここ来る前も抱きしめてた。ここにバイクで戻ってきたなら、その間もリコはずっとお兄に抱きついてたってことになる。ずるい。全然同じじゃない。平等じゃない。同じにしてくれるっていうなら、お兄はあたしに対していっぱいしなきゃいけないことあるでしょ? 優しさの借金がたくさんあるでしょ。ねぇ、リコを抱きしめた分、抱きしめてよ、いますぐ」

「はぁ……別にいいけどよ、そんくらい」


 ベッドに寝転がって抱き合い、二人で布団を頭まで被って、毎度のごとくスマホで顔を照らす。

 どうせならこうやって、カメラから隠れて話したい。


「なぁ華乃、リコは何も悪いことなんてしてないだろ。リコを責めるようなことすんならお前にだって怒るぞ俺は」

「んー、何がー? 演技だけど、全部」

「は?」

「三角関係のドロドロバチバチを演出するための演技。だって、あたしはお兄のことが好きな設定でお兄はリコのことが好きな設定じゃん。あたしがリコのこと敵視するのは当然でしょ?」

「……でも、お前は久吾といい感じになることになってんだろ。それで俺とは距離とるって……」

「だからシナリオからズレてるって? ううん、違う。ズレてるのはお兄とリコ。勝手なことしてるのはあんたらじゃん。リコはお兄のことフることになってた。あたしたちにはそう説明してた。なのに付き合おうとしてるでしょ」

「……っ、気づいてたのか……それはまだみんなに話すタイミングがなかっただけで、もちろんいずれは説明するつもりだったぞ」

「それだけじゃないもん。今日だけじゃない。今までも蔵で変なことしてた。付き合わない設定のはずだったのに。あんたらがシナリオを変更したから、あたしもそれに合わせただけ。より自然な台本にしただけ。『あたしは久吾といい感じになりそうだったけど、お兄がリコと急接近してる気配を感じ取って、嫉妬でまた気持ちがお兄に戻ってきてしまった。夢を優先したいと言って久吾をフったくせにお兄と付き合おうとするリコに怒りが湧いてキツく当たってしまう』という方向に設定を微調整しただけ」

「……そういう当たり方じゃなかった。お前がリコを罵った言葉は『メゾテラの鈴木華乃』のものじゃなかった。リコの幼なじみで俺の妹である『華乃』からじゃないと出てくるはずがない言葉だった」

「何が? メゾテラの話じゃん。『リコの夢のためにお兄を傷つけてお兄の人生めちゃくちゃにして』ってのはリコが夢を理由にお兄をフったことを指してたんだけど? そんなやつにお兄と付き合う資格なんてないでしょ」

「……それなら、いいけどよ……」


 確かに、視聴者はそう受け取るだろう。

『交友関係は選ぶ。みんなが好きじゃないから抜ける』ってのも、メゾテラから出てくってことに捉えられるし。

 だが、どうしても……。


「それなのに演技のように見えなかったってことは、お兄がそう思ってるってことなんだろうね。リコに人生をめちゃくちゃにさせられたって。不幸にさせられたって」

「そんなわけねーだろ。俺は今も今までもずっと幸せだ」

「ふーん……仕事も上手くいってる?」

「おう。まだ具体的な話があるわけじゃねーけど、管理職候補って言われてんだぜ最近。まぁ、この番組のおかげだけどな」


 リコも喜んでくれている。ほんと『メゾテラ』に参加してよかったな。もともとは彼女作るのが一番の目的だったけど――ああ、それも結果的に叶っちまうんだな。


「会社で昇進するのは今のお兄の夢?」

「まぁ、そうだな。夢って言うのは小っ恥ずかしいが、まぁ目標ではあるよな。毎日仕事行きたくねーとは思ってるけど、結局やりがいは感じてるし、お客さんに喜んでもらったり会社で褒められたりしたらめっちゃ嬉しいし。まぁ、なんだかんだで楽しんでるよな。今の会社で成功したいと思える」

「そっか、よかった。じゃあ、そのお兄の夢にあたしを連れてってね。ついていかせてね。それであたしは幸せだから。甲子園は久吾に任せとこう。あいつならきっとやってくれる」


 あんまり久吾に背負わせすぎるのは良くないと思うんだけどな……。あいつは自分のために野球をやるべきだ。

 まぁでも華乃に期待されて応援されて、たまにバカにされて挑発されて――それはそれであいつのモチベーションにもなってんのかな。

 そういう二人の関係を俺は良いと思うんだがな……。華乃がもっと、俺なんかよりも久吾のことを自分の拠り所として見てくれりゃあいいのに。


「ねぇお兄。あたしにもね、一つだけこんな番組出ていいことあったんだー」

「おう、そうか。それはよかった、マジで。せっかく参加してんだからネガティブなことばっか言ってても仕方ねーよ。どうした、大学で人気者にでもなれそうとかか? 男子の間でも評判になってて、彼氏作れそうとか?」

「ううん、そんなのどうでもいいし。彼氏なんかいらないし。あのね、村の人間とか、あたしとお兄の関係を知ってる人たちと全く関わらずに生きていくことができるって、気づけたことだよ。本当によかった、知れて。そんなの無理だと思い込んでたけど、意外と難しくなかったんだね」

「は……? すまん、どういうことだ? よくわからん」

「あはっ……あのね、いまの仕事・いまの生活を続けながらでも、あたしたちの関係を誰にも知られていない世界を作ることができるってこと。それがわかったの。ねぇ、そうでしょ、お兄。そういうことでしょ? こうやってずっとカメラに囲まれてても初対面のふりして生活できるんだもん。兄妹だってこと隠しながら――二人で一生暮らしていくことなんて、きっと思ってたよりもずっと簡単だよ?」

「……わかんねーよ、お前が何言ってんのか、全然……」


 それじゃ、まるでお前が俺のことを……。


「ねぇ、お兄。この前の賭けの件、覚えてるよね? あたしが勝って、お兄に一つ命令できることになってる。その命令権、使うね」

「いやちょっと待て」


「あたしと付き合って」

「――――」


「――なんて、言うと思った?」

「…………んだよ」

「あはっ、ばーかっ。言うわけないじゃん、そんなこと。ブラコンじゃないんだから。あはっ、きもーい。なに勘違いしてんの? ほんとキモ。お兄シスコンなんじゃないの?」

「あーはいはいはいはい。別にシスコンでも何でもいーわ。で、本当の命令は何だよ。さっさとしてくれ」


 はぁ……心配して損した。俺の心臓のバクバクを返せ。マジで寿命縮まっ――


「リコと付き合うな」

「は……?」


 聞き取れなかった、わけじゃない。むしろ、はっきりと聞き取れた。

 なぜなら華乃が真っ直ぐと俺の目を見つめ、綺麗な声と綺麗な発音ではっきりと言い切ったから。


「もう一回言ってあげるね。お兄に命令。リコと付き合うな。一生ね。絶対守ってもらうから」

「そん……な、こと……」

「言ってあったよね? 『あれをやれ』じゃなくて『これをするな』でもいいって」


 兄だから、わかってしまう。華乃のその朗らかな表情が偽りではないことを。華乃が本当に心から微笑んでしまっていることを。


「何で、何のためにそんな命令すんだよ……?」

「は? 決まってんじゃん――リコが嫌いだから。それだけ」

「…………っ」


 嘘だ、全部嘘だ。

 それだけなわけねーだろ。そもそも、お前はいくら嫌いな相手だろうと無意味に傷つけようとなんて絶対しない。そんで、お前はリコのことが嫌いじゃない。

 ちぐはぐだ。ホントの顔しながら、何もかも嘘なんだよ、お前が言ってることは。


「……それに、どうせあたしの上になんてリコしかいないしね。だから、結局、同じことだもん」


 なぁ、だから。それももちろん、嘘なんだろ?

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