第10話

「はぁ……」


 まずい、これはヤバい……。


 華乃特製のウマすぎる晩飯を食べ終わり、俺はマズすぎる現状に頭を抱えそうになっていた。

 俺とリコまでもがカメラの前でギリギリの行為をとってしまった。こんなことを続けていたら、俺たちが幼なじみであることがバレてしまうのなんて時間の問題だ。てか仮にバレなかったとしても、恋愛リアリティショーとしては既に破綻している。


 これは今すぐにでもテコ入れのための作戦会議をしなくては。

 しかし――。


 窓の外を見る。そこには最大の懸念材料が待ち構えていた。ロケ車の中で目を光らせるのは――撮影スタッフ達だ。


 つい先ほどディレクターや撮影・技術スタッフがメゾンを訪れ、俺たちにこれからのことについて説明をしていったのである。

 要約すると、「家に設置されたカメラだけではなく、カメラマンによる撮影もしていく」ということであった。まぁ当たり前のことである。

 デートなどには当然撮影スタッフがついてくるし、それぞれの「外」での生活――大学や仕事中のシーンも、一度は撮っておきたいようだ。

 加えて、「二人きりで夜の散歩」など、絵になりそうな、意味がありそうなものなら、軽い外出でもカメラマンが同伴する。

 ついてくるかどうかは彼らが判断することで、基本俺たちが断ることはできないだろう。

 この番組に出るということはそういうことだ。プライバシーを売る覚悟はして参加しているのだから文句は言えない。


 もちろん今日のように、特別な意味のない外出のふりをして蔵に集まることは可能だ。

 だが今から全員で家を出て蔵に向かうなんてことは、いくらなんでも怪しすぎて無理だ。

 そもそも蔵会議は最終手段であって、乱用すべきではない。俺らと村の繋がりは絶対にバレてはいけないからだ。


 というわけで、この現状を打破するための打ち合わせが、できない。


 トイレ掃除もジンジンが気を利かせてやってしまったから、今から数人で閉じこもるわけにいかねーし……ジンジン使えねーな、割とこういうとこあんだよな。そんなジンジンが好き。


 もう俺たちはレンズから逃れられない。

 カメラにももう慣れ、何ならインテリアの一部くらいに思っていたが……そうだった、これが『メゾン・ヌ・テラス』だ。恋愛リアリティショーだ。こんな計画がそうそう上手くいくはずなんてなかったんだ。

 終わった、完全に手詰まりだ――と思ったところで閃いてしまった。カメラを避けながら作戦会議をする、とんでもない方法が――。





「おお……そういやベッド座んの初めてだった。見た目以上にヤベーな。二段ベッドに高級マットレス……総額どんくらいすんだろ」

「あんまりそういうこと口に出すものじゃないわよ。……たぶん五十は下らないわね」


 名案を実行に移すべく、俺はさっそくリコを男子部屋に連れ込んでいた。

 当然ここもカメラに囲まれているのだが、この作戦には打って付けの場所なのだ。


「寒くねーかリコ」


 隣に座らせたリコのほうを向き、


「寒いに決まっているでしょう、二月の那須高原で暖房もつけていない部屋なのだから。バカなの? リビングに戻りましょう。というかいくつもの部屋で暖房使うなんて勿体ないからこれからも就寝時以外は出来るだけ六人同じ部屋で過ごすよう――」

「こうすりゃ、寒くねーだろ」

「きゃっ」


 俺はリコを押し倒し、リコの身体ごと布団に潜り込んだ。

 頭までスッポリ掛け布団を被り、ベッドの上で二人向き合って寝そべっている形だ。


「もっと近く寄れ」


 暗闇の中なので表情は窺えないが、明らかに戸惑った様子のリコを抱き寄せるように密着させる。


「えー、何なになになになになになになになになになに」


 バグったリコとおでこ同士がくっつくほどの至近距離で、俺は声を潜める。


「なぁリコ。こうすればカメラにも映らず声も拾われず、思いっきり会議ができねぇか? 定員は二名までだが」

「お兄、あなた…………天才ね……っ! よく思いついたわねっ、全く穴がないじゃない……っ!」

「フフ、そうだろう。こうやってスマホの光で照らせば顔も見えるしな」

「……っ! あなたCIAとか入れるんじゃないかしら。というか既に引っ越し屋の仮面を被って潜入捜査でもしているのでは……」

「いや俺は国家なんかには仕えねぇからな。あとちょっと声がデカいぞ。ヒソヒソ声にしてくれなきゃ意味がねぇ」


 驚愕に打ち震えているリコの背中をさすって興奮を抑えてやる。動物みたいだ。リコの身体は今日も温かい。動物みたいだ。ジェラートピケの感触がモコモコしていて気持ちいい。動物みたいだ。


「それにしてもあなた酷かったわね、さっきのあの演技は。ふっ、ふふ……っ、だめ、思い出すと……っ」


 たまらず噴き出すリコ。顔が超至近距離にあるので、顔面に思いっきり唾を掛けられた。


「お前こそ酷かっただろ。俺もうお前が儚げな顔するだけで爆笑しちまうと思う。ってことで、このままでは『俺がお前を好きで、そんな俺をモテ女子のお前が格好良くフる』という演技が実現不可能ってわけだ」

「その解決策を編み出すのが今回の議題ってことね。とは言っても、わたしがお兄の告白で笑わないなんてそんな魔法みたいな方法……わたしたぶん将来あなたの結婚式に呼ばれて友人代表スピーチをする時にさえ、あなたが相手の方にプロポーズしたシーンを想像して爆笑してしまうと思うわ。大事故よ。まぁ、もしも呼んでもらえるようになっていたらの話だけれど」


 上目遣いで、不安そうに俺の反応を窺ってくるリコ。


「バカなのか?」


 いや呼ぶに決まってんだろ。誰に何を言われたってお前ら五人だけには絶対来てもらう。


「ふふ、そう言ってくれると思って言った」

「やっぱバカじゃねーか」

「ふふふ」


 二人でクスッと笑い合った後は特に会話もすることなく無言の時間が流れる。


 あーマジでどうすっかな、何のアイディアも湧かねぇ。てかダメだ何かもう眠い……。

 リコがまだ肌寒いのか身体をさらに寄せ、むき出しの太ももを俺の脚に絡ませ擦り合わせてくる。

 こいつって見た目細い割にけっこう肉付きいいよなぁ。触ってみるとムチムチしてる。


「んっ」

「変な声出すな。身体をくねらせるな」

「お兄が変なとこ触るからでしょう。弱いところ知っている癖に。……はぁ……ねむ」

「それなー」


 眠気で頭が回らなくなってきて、テキトーに返事をする。


「んー」


 リコが俺の身体に回していた腕の力を強めてくる。抱きついてくるというか、登り木にしがみつくコアラみたいだ。

 こいつ昔から眠るときそうだったもんなー。このメゾンにも抱き枕持ってきてんだろうなぁ。そういや蔵のやつのカバー最後に洗ったのいつだっけ。今度洗っといてやるか。


「ふぁーぁ……」


 全く憚ることもなく大きなあくびをしたリコが目をトロンとさせていき、俺もつられて視界を狭めていく。

 鼻先がぶつかり合いそうな距離で、見つめ合う両目を閉じていき、


「あっ」


 リコが突然覚醒したかのように瞠目し、声をあげる。


「どうした」

「きた……きたわ……っ、とんでもない策が閃いてしまったわ……! これなら笑いを誤魔化せる上に、恋愛シーン感も増幅させられるはず……!」

「いやいやおいおい、そんな都合のいい方法があるわけ…………あるのか?」


 リコが武者震いしながらコクコクと頷く。


「おいおいおいリコお前ノーベル恋愛賞とれるんじゃ」

「わたし、賞とか権威とかそういうものには興味ないのよ。とにかくこの方法さえあれば笑いそうになっても全く問題ないから、明日からもドンドンわたしを口説いてきて。わたしも今日のようにいくから」

「そうやっていくうちに免疫もついてきて、自然と笑わないようになっていく、ってわけだな」

「そういうこと。で、具体的な方法だけれど……ふわぁ……ねむ……まぁ明日にでも実践してみせるのが一番早いわね…………もうダメ……今日はもうこのまま寝かせてー…………」


 まぁ今日はいろいろありすぎたしな。こんな日ぐらい久しぶりにこいつの止まり木になってやるか。てか俺ももう無理だし、マジでもう眠……

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