第33話

「何やってんの、あんた!? 何であんなこと……っ」

「プロ行きたいからですよ。球速出すためには、ああするしかないでしょう」


 詰め寄ってくる華乃に見向きもせず、久吾は炬燵に足を入れたままサバサバと答える。


 試合終了後、俺たち六人は打ち合わせたわけでもないのに、バラバラに散って適当にアリバイ作りの時間潰しをし、そしてまた同じ場所に集まっていた。

 結局何かあったときには自然とこうやって、蔵に集まってしまうのだ。


「あんたの武器はそこじゃないでしょ! はっきり言ってヤケになってるようにしか見えなかった!」

「そうですか、じゃあハラハラしたでしょう。オレなんかから目が離せなかったですね」

「……っ! なにガキみたいなこと言ってんの……ふざけんな、身のほどを知りなよ! あんたは小手先と安定感で勝負してくしかないでしょ!」

「……してんですよ、ずっと。ずっとしててそれでダメだったんですよ。だったらああでもして、オレにもまだ伸びしろがあると示すしかないでしょう」

「示せてないじゃん! あんなことしても球速なんて上がってなかった! 見かけだけ取り繕ったって根本的には何も変わってないっ、腕なんて振れてなかったもん! もうとっくにわかってるでしょ、自分に才能なんかないって! だったら示すのは将来性なんかじゃなくて、今現在の圧倒的な結果でしょ!」

「……うるせーな、素人がゴチャゴチャと……何で華乃にそんなこと言われなきゃなんないんですか」

「はぁ!? 何でってそんなのあんたをプロに行かせたいからでしょ! ねぇ、どうすんの、あんたが行けなかったら! もう二度とあんなふざけた投げ方しないでよ!」

「何ですかそれ……元々あなたが……っ!」

「はぁ? 意味わかんないし!」

「こっちだって必死でやってんですよ! 自分の全部を注ぎ込んでも甲子園にも行けなくてっ、何もかもを費やして犠牲にしても指名されなくて……っ、二回もドラフト漏れして……選ばれない人間の惨めさがあなたにわかりますか!?」

「……っ! わかる……わかってるし、あんたなんかよりもよっぽど!」

「もうやめようよ二人とも。僕、嫌だよそういうの。別に久ちゃんと華乃ちゃんがぶつかり合うのなんて見慣れてるけどさ、理由も明確にしないまま喧嘩するのはよそうよ。修復出来なくなったらどうするのさ」


 ヒートアップしてしまう二人を普段なら真っ先になだめてくれるであろうヤエちゃんではなく、間に入ってくれたのはジンジンだった。

 ヤエちゃんは自信なさげに俯いてしまっていた。最近のヤエちゃんはずっとこんな感じだ。


 何かが少しずつ拗れていくような感覚に、背筋がゾクリとする。


 ジンジンの言葉も不気味だ。

 修復できなくなるって? 何がだよ? 喧嘩の理由がわからないって? そんなの久吾のピッチング内容が悪かったからだろ。他の原因が絡んでるみたいに言うなよ。

 むしろそういうことを曖昧にして、暗黙の了解を重ねて――それが自然にできたからこそ俺たちは二十年間も上手くやってこられたんだろう?


 二人の喧嘩を止めてくれたジンジンを見る目に、ついつい非難めいた色を滲ませてしまう。

 返ってきたのは、俺が送ったものとは比べものにならないほどに厳しく相手を咎める、刺してくるような鋭い視線だった。


 何だよ、俺にどうしろっていうんだよ? どうにかできるってなら、とっくにしてんだろ。できねーんだよ、俺なんかには、何も……。頼むから買いかぶらないでくれよ……。


「お兄、やめて。いいのよ、もうわたしのことは。久吾も華乃も皆で仲良くやりましょう? 何もかも上手くいっていたじゃない、わたし達」


 俺の隣から、リコが雰囲気を和ませようとしてくれる。

 そんなことはお前がやることじゃない。そんな気遣いはお前らしくねぇ。

 リコ自身もそれがわかっているのか、自信なさげに肩を縮める。ゆっくりと肩からずり落ちていくはんてんを、何となく見ていられなくて、それなのに俺は手を伸ばしてそれを直してやることができなかった。


「久吾は張り切り過ぎてしまっただけよね。次いつも通り投げれば大丈夫よ。メゾテラ効果であんなにも注目してもらえているのだから。ふふ、本当に良かったわよね、皆でメゾテラに出られて。こんな奇跡に恵まれるなんて、きっと世界で、ううん、人類史上わたし達だけよ」


 リコは頬を微かに染め、伏し目がちに語り続ける。


「わたしね、メゾテラから採用の連絡が来た時、実は嬉しさよりも不安の方が圧倒的に大きかったのよ。勢いで応募してしまったけれど、わたしが初対面の人達なんかと暮らしていけるわけないもの。きっと撮影が始まっても、結局メゾテラなんかにはほとんど行かずに、ずっとここに入り浸っていたわ」


 まぁそうなるだろうな。

 考えてみれば、お前がこの番組に応募してきたのだって、他の四人と同様におかしな話だったのかもしれない。一度あんなことがあったお前が、こんなに他人と深く関わり合わなきゃならない番組に参加しようとするだなんて。そういう意味でもこの六人が偶然揃ってしまったことは奇跡中の奇跡と言っていいのだろう。


「それがこんなに上手くいっているんだもの。ね? 皆そんなに暗い顔しているなんておかしいわよ。ほら、わたしのツイッターフォロワー数だってまたこんなに増えて――」


 スマホを操作するリコが、突然目を見開いて固まってしまう。


「どうしましたリコっちゃん。あーもしかして、今日のオレの大炎上についてネットで叩かれでもしてましたか? 別にいいっすよ、気にしないんで」

「違う……そうじゃなくて……え……? な、何で……」

「お前がボールペンをおでこでノックする癖をいじられでもしてんのか? ついに視聴者にまでバレたか――え?」


 俺が覗き込もうとしたスマホをリコが咄嗟に胸で隠すが、遅かった。見えてしまった。


「違うわ、お兄。これは何かの間違いよ。そんなわけないもの」


 リコが取り繕うように言ってくれるが、今さら気づかなかったふりをしても何の意味もない。俺も自分のスマホで一通り状況を調べてみる。


「…………あー……ダメそうだなこりゃ。もう完全に拡散されてるみてーだ」

「そん、な……でも……っ!」

「どったの、お兄もリコも。ちゃんと説明してよ」


 俺の手を握るように密着し、心配そうに見上げてくる華乃。

 久吾とヤエちゃんとジンジンも不思議そうに俺に視線を集めてくる。


「俺の写真がネット上で拡散されてる。五年前の、俺が馬乗りになってあの男を殴ってる画像が広まってて、完全に犯罪者扱いされてるみてーだな。ハハ」


 あー何かもう終わったな全部。笑うしかねーや、もう。

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