第28話

「……どういうことなのよ……?」


 愕然と呟くリコと同じように、俺と久吾と華乃も訳がわからず、二人に視線で問いかけてしまう。

 二人とも、何やってんの……?

 沈黙が流れる室内で、ジンジンとヤエちゃんは苦笑いを浮かべて肩をすくめていた。


 告白練習騒動のあの夜から約一週間後の日暮れ時。俺たち六人は第三話の配信を視聴するためにまたまた蔵に集まっていた。


 今回の見所は当然、告白練習からの告白本番シーン、そしてその後の久吾が華乃を押し倒してしまう場面だろう――と思っていた俺たちの度肝を抜いたのは、ジンジンとヤエちゃんの喧嘩シーンだった。


 俺たち四人が女子部屋で一連の告白劇を巻き起こしていたまさにそのとき、二人はリビングで言い争いをしていたのだ。

 正確に言うと、ヤエちゃんが厳しくジンジンを責め立て、ジンジンがそれを軽く受け流し、そのことにキレたヤエちゃんがジンジンをビンタしていた。

 俺たちの前ではずっと普段通りの二人だったのに、こんなことが起きていたなんて……。てかこれ、ジンジンは男子部屋でシコった(演技)後の出来事なんだよな……。


「ねぇヤエちゃん、ジンジン。わたし二人の喧嘩なんてシナリオに組み込んでいなかったはずだけれど……これは、演技なのよね……?」

「ハハ、当たり前だろう、リコちゃん。『本当に久ちゃんと付き合っちゃえば?』と冗談めかしながら勧めてきたジンジンに対して、私が激昂する――こんな演技をすれば番組が盛り上がると思ってな」

「ごめんね、リコちゃん。みんなに相談しなかったのは悪かったけど、僕も少しくらい見せ場が欲しかったからさ。それに僕も綾恵もなかなか迫真の演技だったでしょ? 男女が揉めるのって恋愛リアリティショーの視聴者が最も求めているシーンの一つだと思ったんだけど、どうかな?」


 番組の中の、あんなに目を血走らせていた二人と同一人物だとは思えない、穏やかな微笑み。

 そのギャップにリコも戸惑いながら、


「それは確かにそうだけれど……。でも久吾と付き合うことをジンジンに勧められて怒るって、それではまるでヤエちゃんがジンジンに気があるみたいじゃない? 何かヤエちゃんジンジンに『あんなことまでしておいて何でそんなことが言えるんだ』みたいに言っていたし……」


 俺もそう思う。

 ジンジンがヤエちゃんと久吾の仲を応援するというところまでは理解できるのだ。

 ヤエちゃんは久吾を狙っていると視聴者は誤解してくれているわけだし、久吾がリコにフラれるということは目に見えていたわけだし。「傷心中の久吾を慰めて落とせ!」といった具合にヤエちゃんの背中を押すというシナリオは悪くない。

 だが、それに対して本気で嫌悪感を示して、感情を爆発させたヤエちゃんの行動はよくわからない。

 リコの言うとおり、どうしたって「恋心を寄せているジンジンに突き放されて、ショックを受けた」ように見えてしまう。


「リコちゃん、からかわないでくれよ。自分の演技を客観的に見るというのは恥ずかしいんだぞ? まぁ何だ、ジンジンに慕情を抱いているかのよう仄めかしておくのも視聴者ウケが良いと思ったまでだよ。もはや私が久ちゃんを狙う演技を続けても仕方がないだろう? だって、久ちゃんは華乃ちゃんといい雰囲気にする予定になっていたではないか。なぁ、ジンジン」

「うん。実際みんなも見てみてよ、ネットの反応。今回の配信で久ちゃんが華乃ちゃんを押し倒したのが好評だったみたいだね、二人がカップルになるのを期待する声がかなり大きくなってるよ」

「あら、本当ね。そういえばそこも驚いたのよね。まさか久吾が華乃にあんなに強気で迫ってくれるなんて。良くやったわね、久吾。見直したわ」

「それは……リコっちゃんがやれって言ったんじゃないですか、告白練習してるうちに華乃といい感じになれって……っ」


 実際はそういうつもりで押し倒したわけじゃないもんな……。

 でも、そうか。ヤエちゃんとジンジンには何か上手く話をはぐらかされた気がして釈然としないが、久吾と華乃の仲については結果的にシナリオ通り進んでるってわけか。

 なら、いっそのこと、


「なぁ、この際、付き合うとこまでやっちまったらどうだ? こんなに期待されてんのに『いい雰囲気』で終わらせちまったら肩すかしになっちまうだろ。彼女ができると久吾の女性人気が落ちるんじゃねーかとも思ったけど、むしろ評判上がりそうじゃねーか」


 最近不穏な空気を漂わせている華乃を久吾に押し付けているようで情けないが……。

 すまん、久吾、華乃。でも俺とリコだって番組のためにそのうち付き合う演技まですることになってんだよ実は。お前らも耐えてくれ。


「お兄さぁ……自分がなに言ってんのかわかってる? いやまぁ、わかってないよね。うん、わかってなかったんだってさ」


 呆れたように言う華乃。

 リコも目をぱちくりさせた後、どんどんその双眸を濁らせていき、最終的にジト目で俺を見つめてきた。

 え、何だよその感じ。俺そんなお前らの気に障るようなこと言った?


「一般人のあたしやお兄やヤエちゃんジンジンはいいけどさぁ、野球選手の久吾とか一応芸能人のリコが番組内で恋人作っちゃったら面倒くさいことになるっしょ。メディアやファンにずっと追いかけられちゃう。別れたりしたらイメージダウンしちゃうから番組終了後もしばらくは恋人演技し続けなきゃダメじゃん」


 そうか、そういえば最初にそんな話もしてたな。

 久吾は少なくともドラフト指名されるまではイメージ落としたくないだろうし、リコに関しては「一生」とか言ってたもんな、そういや。付き合う演技なんてしたら結婚までいかなきゃならないみたいな……、


「あ――っ」

「はぁ……いいわよ別に。どうせそんなことだろうと思っていたわ……」


 頬を膨らませてプイっとそっぽを向いてしまうリコ。

 いやすまん……ああ、やっちまってたわ俺……無自覚でリコにプロポーズしちまってた……。


「……当たり前じゃんね。ばーか」


 俺とリコの反応に、久吾とヤエちゃんとジンジンが不思議そうに首を傾げる中、華乃だけが表情を変えることもなくボソッと呟く。

 何か、妙に嫌な感じだ。何がなのかは自分でもわかんねーけど……。





 結局、特に有益な話をすることもなく何となくダラダラとしただけで、今回の蔵会議はお開きになった。

 毎度のごとくジンジン・ヤエちゃん・久吾・華乃が先に蔵を出て行く。

 去り際の華乃が顔も見せずに残した「早く帰ってきなよ」という言葉が、なぜか不気味に俺の耳朶を打った。

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