第15話 ダルトンの依頼

 ジョシュアのときと同じように馬車のなかから外をうかがうと、馬車を停めた人物と御者との会話が聞こえてきた。


「すまないね」


「いいえ、お気遣いなく」


 御者はそう言うと、近付く男を「ダルトン様」と呼び止めると、若い従者を引き連れたジョシュアが馬車を停めて客人である蔵之介と会話をしていたことを告げた。

 外の声を聞いていた蔵之介たち三人が互いに顔を見合わせる。


「これは意外ですな」


「ジョシュア、人望なさすぎですね」


 三好と清音がぽつりとつぶやき、蔵之介も珍しく顔色を変えた。

 御者が雇い主の跡取り息子であるジョシュアの動向を、キース男爵家の家臣にしか過ぎないダルトン卿へ聞かれもしないのに話してしまうことに驚く。


 蔵之介は自分が想像していたよりもこの国の領主の権力が小さいのかもしれないと疑問を抱きながら外の会話に耳を傾ける。

 ダルトンが足を止めて御者に聞き返す。


「会話?」


「ご自身に協力するようにと説得されていましたが上手くいかなかったようです」


 そのときの態度が相変わらず人を見下したもので、とても頼みごとをするような姿勢でなかったと御者が付け加えた。

 その口調から御者がジョシュアのことを快く思っていないことが感じ取れる。


 この国における領主の権力の大きさについては保留したが、自分が考えていた以上にダルトンが家臣や領民の支持を得ているのだ、と彼に関する情報修正をした。


「協力をお願いする相手に対してまで、いつもの調子だったということか……」


 対して、ダルトンは落胆したようにため息を吐いた。


「はい」


「ありがとう。とても助かる情報だ」


 ダルトンの声が響き、馬車の扉へと近付く足音が次第に大きくなる。

 扉をノックする音に続いて、


「キース男爵家にお仕えするダルトンと申します。このような形で大変失礼とは思いますが、扉を開けては頂けませんでしょうか?」


 ダルトンの声が聞こえた。


 ◇


 蔵之介は馬車の外へ出てダルトンの話を聞くことにした。

 二人きりで会話をしていると思わせるためである。


 馬車に仕掛けた紋章魔法はそのままなので、内部の音が外に漏れることはないが、外部の音は馬車のなかに筒抜けであった。


「それで、ダルトン卿はどのようなご用件でしょうか?」


 一瞬、苦笑いを浮かべたダルトンであったが、すぐに謝罪の言葉とともに頭を下げた。


「ジョシュア様の件も含めて失礼をお詫びいたします」


「先に言っておきますが、ジョシュア様との会話の内容をお教えすることはできません」


 ダルトンは「そのつもりはない」と告げて自身の用件を話しだす。


「明日、正式にご領主様から開拓地で起きている問題の解決に助力をして頂きたいとの申し出があるはずです。貴殿には是非ともこれをご承諾頂きたいと思い、こうしてお願いに上がりました」


余所者よそものが口を挟むとひずみが大きくなりませんか?」


 ただでさえ幾つもの思惑が交錯して問題が複雑になっていた。

 そこへ無関係の者がでしゃばることで、それぞれの勢力から反発を買って問題が益々複雑化するのではないかと危惧していた。


 蔵之介はそのことをダルトンに伝える。


「形式上はジョシュア様が責任者で私が補佐ですが、最終的な決定は我々二人の意見を参考にしてご領主様が下されます。貴殿らに望むのはジョシュア様と私が判断するための中立の意見です」


「利害の絡まない第三者の目から見た意見ということですか?」


 ダルトンは「理解が早くて助かります」と言った後で、


「もちろん、複数の国を渡り歩いていらっしゃる貴殿なら、他の国で起きた似たような問題の解決方法をご存じかもしれません。解決のヒントとなる事例をご存じでしたら都度お知恵を拝借したいとも考えております」


 そう付け加えた。

 ダルトンのそつのないフォローに蔵之介は内心で感心する。


 ジョシュアは部外者を関与させたくないのに対して、ダルトンは領主の意向に従って部外者を関与させたい。

 ただし、意見は聞くが採用するかは別問題というところだろう。


 蔵之介がそんな分析をしていると、ダルトンが二つ目の用件を口にする。


「もう一つお願いがあります」


「何でしょう?」


「実はこちらの方が重要です。というか、こちらが本題です」


 ダルトンはそう言って人懐っこい笑みを浮かべる。

 蔵之介が警戒レベルを引き上げた。


「お話をうかがうだけはうかがいますが、承諾するかは別問題ですよ」


「是非ともご承諾頂きたい。付け加えるなら他言無用でお願いします」


「他言無用というのは仲間にもですか?」


 蔵之介が馬車に視線を向けた。


「そこまで傲慢ごうまんではありませんよ」


 仲間に話すのを止めることなどできないでしょう、と暗に語った。


「お話をうかがいましょう」


「実はキース男爵にはジョシュア様の他にもご息女がいらっしゃいます。こちらのご息女は正妻であるシャーロット様のお子様です」


 そこで言葉を切って蔵之介の反応を見た

 だが、蔵之介は顔色一つ変えずに先をうながす。


「続けてください」


 ダルトンが再び話し始める。


「ご息女のお名前はミルドレッド様。年齢はまだ十八歳とお若いですがご嫡男であるジョシュア様よりも領主としての資質は間違いなく上です」


 不穏な言葉を何の躊躇ためらいもなく言い切った。

 本来なら優秀な跡取りがいるのは喜ばしいことだが、正妻とその娘である長女は離れに幽閉されていると噂されていた。


 不穏な上に面倒な話の展開を予想して蔵之介は内心でゲンナリとした。

 果たしてその予想は的中する。


「私はミルドレッド様の意を受けて動いております。イセ様には是非ともミルドレッド様とお会い頂き、そのお人柄に触れて頂きたくお願い申し上げます」


 明日、キース男爵との会見後、偶然を装ってミルドレッド嬢と会う機会を設けるので、これを了承して欲しいと頭を下げる。

 少しでも情報が欲しいと考えていた蔵之介はダルトンの要望を聞き入れることにした。


「会って話をするだけです。それ以上はお約束できません」


「お会い頂ければミルドレッド様の素晴らしさをご理解頂けるでしょう」


 言外に誰が次期領主に相応しいか分かるだろう、と仄めかしているしそれに関与させようとしているのは明らかだった。

 蔵之介は、どう回避したものか、と思案しながらダルトンの背中を見送るのだった。

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