第23話 追加
部屋の窓から外を眺めていた
「刑事さん、悪そうな顔になっていますよ」
「おかしいなあ。顔にださないようにするのは、上手いはずなんですけどね」
その口調からセリフとは裏腹に、表情を隠すつもりのないことが容易に知れた。
口元を綻ばせる蔵之介に三好が聞く。
「それでどうですか? 彼らは神殿を抜け出しましたか?」
「ええ。予想通り、三人揃って抜け出しました」
「後は予定通り、仕掛けた罠が発動するのを待つんですね」
「ええ。いま頃は練兵場の北側と南側の森、それぞれに配置した紋章魔法が発動している頃です」
収納と時限と不可視。
三つの紋章魔法を重ね掛けした紋章を仕掛けてきていた。
蔵之介が言葉を続ける。
「練兵場の北側に逃亡の痕跡現れます」
逃亡の痕跡は工具や所持品。
「私が刑事さんに頼まれて置いてきた、見えない紋章が描かれた石ですね」
蔵之介が静かに首肯して話を続ける。
「南側の森には、例の仕掛けが現れます」
仕掛けはバスのバッテリーや軽油。
さらに
「引っ掛かりますかね?」
「十中八九」
三好の問いかけに蔵之介が即答した。
その第一段階は既に成功している。こちらの動きを探るため、彼ら三人は
感情が言動に現れやすく、隠し事の下手な清音。
その清音の言動から、高校生三人組に『怪しい』、と疑われるのは織り込み済みだった。
「刑事さんの思惑通りに動いてくれれば、我々の脱出作戦は成功ですね」
「我々の脱出が発覚したときに、彼らが追撃してくれれば十分です。そこから先は、思惑通り動かなくても問題ではありません」
蔵之介の言葉に、三好が残念そうな表情を浮かべた。
すると蔵之介はニヤリと笑って、楽しげな口調で話を続ける。
「突然、大きな力を手に入れた若者。しかも、まだ見ぬ競争相手がいます。点数を稼げるチャンスを、逃すとは思えません。きっと引っ掛かりますよ」
蔵之介と三好が小さく笑っていると、
「あのー、何の話でしょうか?」
自室のベッドに横たわったままの、清音が声を上げた。
「詳しいことは後で教えるから、いまはルファ・メーリングとの視覚共有に集中して」
「はい、分かりました」
計画に含まれていなかった、清音のギフトが訓練終了間際に発動した。
五感共有。
ターゲットとした相手の任意の感覚を、相手に気付かれることなく、一方的に共有できる能力。
ベッドに横たわる清音に目を向けて、三好が言う。
「五感共有が発動したとき、ちょっとした騒ぎになったそうですね?」
魔力感知ができない状態での突然の発動。
清音が五感共有を発動させた瞬間。それは上空を飛ぶ猛禽類の視覚を共有した。
はるか上空から見下ろす地上。
その瞬間、平衡感覚を失って悲鳴と共に地面に倒れた。
「上空を飛ぶ猛禽類を、魔物と勘違いして驚いたことにしました」
「あたし、そこまで間抜けじゃないのにー」
清音の抗議のささやきを聞き流して、三好が言う。
「娘さんは、本当にギリギリで発動したんですな」
「お陰で誰にも怪しまれずにすみました」
これが二・三日前であれば、清音のことだから隠し切れなかった。そう蔵之介は思って苦笑する。
「五感共有ですか。スパイ活動には打って付けですが、使いどころが難しいギフトですなあ」
「能力の使用中。特に視覚を共有している最中は、無防備になりますからね」
蔵之介もベッドに横たわる清音を見る。
いま清音の目に移っている光景は、ルファが見ている光景だった。
「伊勢さん、ルファさんが彼女の執務室に入りました。他には誰もいません」
「西園寺さん、聴覚もルファさんと共有して」
「はい」
ルファの見ている光景と聞いている音。その二つを、清音が共有した。
◇
執務椅子に座ったルファが、大型のタブレットほどの石板に、軽く手を触れて語り掛ける。
「教皇様、ルファ・メーリングです」
「遅かったな。人払いは済ませてある」
石板に老人の顔が映し出され、まるで映像通信のように音声が流れた。
その言葉を聞いたルファが、甘えたようにほほ笑む。
「ひいお祖父様、定時報告です」
「聞こう」
「若者三人の第二グループは、順調に能力を伸ばしています。ですが、第三グループを
「その三人の野心と自己顕示欲は、生来のものなのだろう。年齢を考えるとやむを得ない部分もあるが、品性は第一グループに劣るようだな」
一条一樹たち第二グループを、バッサリと評した。
「他でも少々行き過ぎのところが、散見されます。もしかしたら、魅了石が少々効きすぎているのかも知れません」
「魅了石の効果は不安定だ。前にも言ったと思うが、過信するな」
「一旦解除した方がいいでしょうか?」
ルファが魅了石の効果解除を口にした。
「遺跡発掘に支障をきたさないのであれば、そのままでいいだろう」
「畏まりました」
「それで、第三グループはどうだ?」
教皇はむしろ第三グループの方が気になる、とばかりに身を乗りだして聞いた。
「一人、土魔法と水魔法のギフトを、使えるようになりました。最も年配の男性です」
「昨日までは魔力感知もできなかった、と記憶しているが?」
「はい。一日で魔力感知から発動まで到達いたしました」
「驚きだな。勇者とは恐ろしいものだ。それで、他の二人は?」
「少女の方は相変わらずです。ですが、やる気にはなったようです」
「それで問題の紋章魔法のギフトをもった者は?」
「少女同様、やる気にはなっていますが、まだ何の成果もありません」
ルファの口調に蔵之介を侮っている、と感じた教皇が釘を刺す。
「紋章魔法を使うだけなら問題ない。だが、勇者が紋章魔法を使える、というのは不安要素だ」
「お言葉ですが、少々警戒し過ぎではないでしょうか?」
ルファの脳裏には、書庫に入り浸っている蔵之介の姿が蘇っていた。
「紋章魔法は一般的には価値は低い。だがお前のように才能と魔力がある者なら、有用な力に化けさせることができる」
「恐れ入ります」
「最も恐れているのは、勇者の力と異世界の知識。我々が解読していない紋章魔法を、万が一にも解読されることがあってはならない」
「承知いたしました。警戒を継続します」
「勇者召喚が紋章魔法であることを、知られないように注意しろ」
ルファが静かに頭を垂れた。
頭を上げると口を開く。
「実は問題がございます。第二グループの三人が私の予想以上に、第三グループに対して敵対心を燃やしています」
「御しきれないほどにか?」
「そこは、何とか……」
言葉を濁すルファの表情から状況を読み取る。
「爆発する可能性があるということか」
「……申し訳ございません」
「能力が劣るとは言っても勇者だ。無駄に死なせるのは惜しいな」
「如何いたしましょう?」
「最良は競争心を利用してどちらも操ることなのだが……」
教皇の言葉を待つように、ルファが石板の向こうの教皇を凝視する。
「やはり紋章魔法を持った勇者を、機会を見て第二グループの勇者たちに始末させろ。そうだな、時期は一か月後の実地訓練辺りがいいだろう」
「畏まりました」
「老人と少女を悪戯に傷付けさせるなよ。失うには惜しい」
「はい」
◇
「――――と言っていました」
ルファと教皇とやり取りを、最後まで見聞きした清音が、蔵之介と三好に伝えた。
「ルファさんのギフトも、紋章魔法とは驚きました」
三好が
「伊勢さんを、殺すつもりですよ」
「私を殺す理由が、紋章魔法のギフトを持った勇者だから、ねえ」
苦笑すると、蔵之介はさらに続ける。
「光と音の饗宴を脱出の合図にしようと思っていたけど、もう少し過激に行くことにしよう」
「その過激なことは、いまからやって、間に合いますか?」
不安げに聞く三好に蔵之介が即答する。
「間に合う範囲のことしかしません。無事に脱出することが最優先です。嫌がらせはあくまでもオマケです」
「それで、何をするつもりなんですか?」
「スタングレネードって知っていますか?」
「いいえ、知りません」
三好が首を横に振った。
「激しい閃光と轟音とで、一時的に視覚と聴覚を麻痺させます。視力と聴力を奪われると、人はまともな対応が取れなくなりますから、その隙に脱出します」
「その光と音がでる紋章魔法を、神殿内のあちこちに仕掛けたんですか?」
「不可視の紋章と時限の紋章込みでね」
時間がくると神殿の各所で閃光と轟音が鳴り響き、騎士団、衛兵、神官たちを行動不能にする。
「それが過激なことですか?」
清音の質問に、口元を綻ばせた蔵之介が答える。
「そっちは穏便な方だよ。一つは時間いっぱいまで、発火と爆発の紋章魔法を仕掛ける。もう一つは召喚の魔法陣を削り取る」
蔵之介は普段見せることのない、酷薄な笑みを浮かべた。
――――――――――
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