第24話 ミッドナイトラン(1)

 大広間へと続く廊下に響く慌ただしい足音。

 神殿に相応しくない騒々しさにルファ・メーリングと彼女のかたわらを歩いていた神官長が眉をひそめる。


 振り返ると数人の衛兵と女性神官が、廊下の角を曲がって姿を現した。


「ルファ様! お待ちを! 緊急のご報告です」


 慌てた様子でルファを呼び止めた女性神官を、神官長があきれたようにたしなめる。


「何事だ、騒々しい――」


「構いません」


 ルファが神官長の言葉をさえぎり、女性神官に先をうながす。

 

 女性神官は神官長に『申し訳ございません、緊急事態です』と謝罪をすると、ルファに向けて報告を始めた。


「――――――――神殿内と周囲を捜索いたしましたが、イセ様、ミヨシ様、サイオンジ様は見つかりませんでした」


 神殿の通用門付近で伊勢蔵之介いせくらのすけの持ち物である、ボールペンが発見されたのが今から一時間ほど前。

 その報告を受けてすぐに、伊勢蔵之介と三好誠一郎みよしせいいちろう西園寺清音さいおんじきよねの所在を確認させたが、割り振った部屋は既にもぬけの殻だった。


 そこから三人の捜索に人を割いていたのだが、結果が今の報告である。


「それで、捜索の手は拡げているのですよね?」


「はい。捜索部隊を増やし、この街だけでなく近隣の村へも派遣いたしました」


「よろしい、では引き続き捜索をお願いします」


 まだ何か言いたそうな女性神官を見て、ルファが視線で話を続けるように示した。


「実は……イチジョウ様からご指示がありました」


「指示? どのような指示ですか?」


 思いもよらない言葉にルファの口調が厳しくなった。

 その様子に女性神官が首をすくめる。


「何度か行ったことのある、練兵場方面を探すように。と……」


 ルファと神官長が顔を見合わせた。


「ここは勇者様にとっては不慣れな土地ですから、少しでも見知った方へ向かった可能性はありますね」


「なるほど、一理あるな」


 二人は一条一樹いちじょうかずきが、自分たちが思っていたよりも頭が回ることに感心する。


「私たちの予想以上に頭が切れるようなら、扱いを少し変えないとなりませんね……」


 一瞬考え込むように言葉を濁したルファだったが、すぐに気を取り直して女性神官に尋ねた。


「それで、カズキ様の言葉に従って練兵場方面に捜索部隊を派遣したのですか?」


「はい、三部隊を向かわせました」


 ルファが鷹揚にうなずく傍らで、神官長がため息交じりに言う。


「イチジョウ様を真似して、大人であるイセ様やミヨシ様まで無断外出か」


「そのようですね、困ったものです」


「連れ戻したら、少々厳しく言った方がよさそうだな」


 神官長のその言葉を受けて


「三人を連れ戻したら、私の下に連れてきてください。当面は大広間にいます」


 ルファが女性神官に告げた。


 一条一樹たち三人も無断で外出していた。伊勢蔵之介たちもそれに倣って無断外出をしたのかもしれない。

 ルファたちはそんな風に考えていた。


 ◇


「一樹、俺たちも捜索部隊と一緒に行った方が良かったんじゃないのか?」


 長椅子に寝ころんでいる一樹に向けて、立花颯斗たちばなはやとが疑問を投げかけた。

 続いて大谷龍牙おおたにりゅうがが同意する。


「俺もそれは考えた。練兵場の痕跡こんせきも俺たちが見つけた方がいいかなって」


「逆だ、俺たちが見つけちゃダメなんだよ」


 三人はここのところ毎晩のように一樹の部屋に集まっていた。

 特に目的もなく集まり、愚痴を言い合ったり蔵之介たちを貶めたりしている。


 そして夜のメイドがドアをノックするのを合図に、それぞれの部屋に戻ってベッドに入る。

 それが習慣になっていた。


「どうして?」


 龍牙の疑問の声に続いて颯斗が言う。


「逃亡の痕跡を見つけるのも手柄じゃないか」

 

「練兵場の痕跡なんて手柄にもならねえよ」


「でも、通用門でボールペンを見つけた衛兵が褒められていただろ」


 言葉足らずであることを棚に上げて、一樹は自分の考えを理解しない二人に苛立ちを覚える。


「衛兵なんかと同レベルで手柄を競うなよ! 俺たちは勇者なんだぜ!」


 龍牙と颯斗が不満げに声を上げる。


「そりゃあ、そうだけどさ……」


「小さな手柄でも積み上げた方がいいと思うけどなあ」


「そこが違うんだよ!」


 一樹は二人が自分に注目しているのを確認すると勿体もったいぶったように話だす。


「いいか、よく聞け。通用門のボールペンも練兵場の北側で見つかる逃亡の跡も、どれも罠なんだよ。それも見破っちゃダメな罠だ」


「なるほど」


 腑に落ちたように龍牙が表情を明るくした。


「ようやく分かったか」


「分かんねー。もう少し詳しく説明をしてくれ」


 颯斗の言葉に一樹は軽く舌打ちして話を再開した。


「罠にかかる間抜けは衛兵と神官だ。俺たち勇者は間抜けの尻拭いをして、反旗を翻した逃亡者三人を仕留める!」


 なおも理解できずにいる颯斗を見つめて、一樹が言う。


「俺たちが罠を見つけて、それに衛兵と神官が引っかかったらどう思われる?」


「俺たちも罠を見抜けなかった間抜け、だな」


 颯斗のその言葉に続いて、顔を見合わせた三人の口元に、悪意を湛えた笑みが浮かんだ。


「神官や衛兵たちの知らないところで、おっさんたちの計画が順調に進むように仕向ける。そして、最後の最後で俺たちがおっさんたちを仕留めて手柄をっさらう」


 目に見えない何かを握りつぶすように、一樹の右手がゆっくりと動いた。


 ◇


 ――――――――フェーズ1 脱出の準備は整った



「今ごろ、大勢で神殿内を探し回っていますよね? ここにいて見つからないでしょうか?」


 清音が誰にともなく不安げな声を上げ、物音を立てないように注意して辺りを見回す。

 明かりはなく、魔力による身体強化のお陰で、かろうじて物の形が判別できる程度だ。


 人影の一つが穏やかな口調で答える。


「神殿内どころか外も探しているでしょうな」


 三好だ。

 普段なら快活な笑い声が続くところだが、今回は笑い声が響かない。


「敵も私たちが宝物庫に隠れているとは思わないよ。そもそも入れるなんて思っていないだろうからね」


 いまいる宝物庫が安全だと、殊更に強調するようにわざと穏やかな笑い声を上げた。

 思惑通りに清音が安堵したのを、見て取った蔵之介が話題を変える。


「西園寺さん、この眼鏡を掛けてみて」


「何ですか、これ?」


 受け取った眼鏡を無造作に掛けた清音が小さな声を上げた。

 続いて、辺りを見回す。


「わっ! 凄い、この眼鏡を掛けたら周りが良く見えます」


「暗視ゴーグルか何かですか?」


 楽しげに辺りを見回す清音の様子を見て、三好が疑問を口にした。


「まあ、似たようなものです。琴乃ことのさんに送ってもらったサングラスに『暗視』の魔法を融合したんです」


「それだけで暗視サングラスができたんですか……」


 暗視サングラス。

 蔵之介はその単語を口にした後で、『妙な造語だな』と暗がりで苦笑いをする。


「こんな簡単に魔道具を創れるなんて、自分でも驚いています」


 蔵之介は自身も暗視サングラスを掛けると、もう一つを三好に差しだした。

 三好は受け取りながら、宝物庫の鍵を開けたときのこと思い起こす。


「鍵開け、あれも紋章魔法ですか?」


「ええ、そうです。誰も解読していない紋章魔法に分類されていました」


 他国の状況は掴めないが、この国では蔵之介以外は使えない魔法であることを意味していた。

 三好が絶句する傍らで、暗視サングラスを掛けた清音が軽やかに言う。


「紋章魔法って便利ですねー」


「この世界で認識されている紋章魔法とはかけ離れた使い方をしているんだけどね」


 苦笑する蔵之介に三好が聞く。


「夜の闇をこの暗視サングラスをして、走り抜けるわけですな」


「ええ、それが主目的です」


「そうですよねー。夜の暗がりの中を走って逃げるのに、明かりとか暗がりのことを全然考えていませんでした」


 清音が蔵之介の周到さに感心して、感嘆の声を上げた。


「それで副目的は何ですかな?」


「大したことじゃありませんよ。高校生三人が罠にかかってくれるまで暇ですから、宝物庫見学でもしようかと思っただけですよ」


「異世界の宝石や美術品なんて滅多に見られませんよね」


 清音がそう言って軽やかな足取りで宝物庫の奥へと歩きだした。

 それを見ていた三好が訪ねる。


「刑事さん、それで私は何をすればいいでしょう?」


「西園寺さんのフォローをお願いします。その間に私は収納魔法でストレージに仕舞い込みます」


「聞かなかったことにします」


 どうどうと窃盗を宣言した蔵之介の前で三好が耳をふさぐ仕草をしてみせた。


「ここは治外法権ですからねー」


「それで……」


 三好が清音の様子をうかがうように彼女の背に一瞬視線を走らせ、再び蔵之介に視線を戻す。


「一条君たちは練兵場に向かったんですか?」


「正門のところに留まっているので、恐らく衛兵たちを説得しているのか、『さっさと外に出せ』と怒鳴りつけているかでしょう」


「紋章魔法で、そんなことまで分かるんですか」


 三好が驚きの声を上げた。


「どこにいるのか、と。彼らの健康状態くらいですよ、分かるのは。あとは前後の状況からの憶測です」


「それでも十分に便利、というか脅威ですな」


 清音との距離はあったが、彼女に聞こえないよう声を潜める。


「正確には上位に区分された紋章魔法の中にあった『呪い』の一つです」


「呪い……嫌な言葉ですな。その呪いを三人に?」


 蔵之介が口元を綻ばせる。


「三人とルファさんに」


「呪いの内容を聞いてもいいですか?」


「もちろんです――――――」


 蔵之介は高校生三人とルファにかけた『呪い』の内容を三好にささやいた。




――――――――――


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