第25話 ミッドナイトラン(2)

 空になった宝物庫に西園寺清音さいおんじきよねが上げた感嘆の声が響き、


「うわー。この部屋って、こんなに広かったんですねー」


 三好誠一郎みよしせいいちろうが茫然とした様子でつぶやく。


「収納魔法ですか? また紋章魔法を併用したとかでしょうか?」


「収納魔法だけですよ」


「これだけの量をこの短時間で収納できるのに、この世界では重要視されていないんですよね?」


 辺りを見回していた三好が伊勢蔵之介いせくらのすけに答えを求めた。


「これも勇者だから、でしょう。どうやら私たちは、この世界の住人が想像している以上に、桁外けたはずれの力を持っているようです」


「この世界の人たちの想像のさらに上を行く力。勇者の力、ですか……」


「でもこれって、窃盗ですよね」


 自分たちの力の強大さに困惑する二人の耳に清音の声が届いた。


「窃盗だねえ」


「刑事さんが窃盗なんかして、いいんですか?」


「刑事じゃなくても、窃盗はいけないことだよ」


「でも、生き延びるためには、必要なことなんですよね……」


「必要悪、かな。生きて日本に帰るためには、日本の法律から逸脱したこともしないとならないからね」


 本当は怪盗に憧れて、少しばかり調子に乗ったとは言えない。

 蔵之介は良心から目を背けてさらに言う。


「この先、魔物だけでなく、自分たちの安全を脅かすような人間を、殺してでも生きて行く覚悟が必要になる」


「この世界は日本と違って、自分の身は自分で守らないとならないようですからな」


 蔵之介と三好の言葉に清音が静かにうなずいた。


「覚悟をしたつもりだったんですけど、ダメですね……あたし」


 蔵之介と三好が清音のことを気遣って声をかけようとする矢先、


「でも大丈夫です! 今度は私も誘ってください。窃盗のお手伝いをします!」


 元気な声でどこかずれた答えが返ってきた。

 蔵之介はいつもの清音の様子に奇妙な安堵を覚える。


「そうだな。じゃあ、今度は手伝いをお願いするよ」


「はい! 任せてください!」


 二人の会話を微笑ましそうに見ていた三好が、腕時計に視線を走らせる。


「さて、そろそろ頃合いですかな?」


「いま、高校生三人が練兵場へ向かっているところです。もう少しここで待ちましょう」


「何の話をしているんですか?」


 キョトンとした顔で清音が聞くと、三好が即答する。


「高校生三人の現在位置が分かるように、刑事さんが呪いをかけたんですよ」


「え! 呪い!」


 驚きの声と表情で清音が蔵之介から一歩距離を取った。


「紋章魔法の中に『呪い』という区分があったんだ。その区分にあった紋章魔法を彼らにかけただけだから、安心していいよ」


「でも、呪いなんですよね」


 安心なんてできない。

 そんな雰囲気をかもしだして、清音がさらに一歩退く。


「説明するから、落ち着いて聞いてね。西園寺さん」


 諭すような口調で蔵之介が高校生三人とルファ・メーリングにかけた呪いの説明を始めた。


 ◇


「――――ということで、彼ら四人にはそれぞれ二種類の呪いをかけた。一つは、特定の個人を感知・把握する呪いで、対象は四人全員。これは解呪の紋章魔法で無効にしない限り続く」


「この世界の魔術師さんが、解呪することはできるんですか?」


 清音の疑問に蔵之介が即答する。


「書庫の資料を見た限りでは無理だろうね」


 ルファ・メーリング、一条一樹いちじょうかずき立花颯斗たちばなはやと大谷龍牙おおたにりゅうがの現在地と健康状態を常に把握できる。

 逃亡する側にとって、これほど有用な情報があるだろうか。


 改めて詳しい説明を聞いた三好も、その事実にうなる。


「敵の黒幕が、刑事さんの紋章魔法を警戒する理由がよくわかりました」


 併せて、高位の紋章魔法を自在に使いこなせる人材を、神殿側が抱えていないことに胸をなでおろした。


「もう一つの呪いは仕返しを兼ねた嫌がらせの呪いで、効力も長続きしないものだ」


「え? 仕返しって何ですか?」


 蔵之介がもう一方の詳しい説明を始めると、すぐに清音が聞き返した。


「娘さんに乱暴した三人組をこらしめようと、刑事さんが高校生三人組に呪いの紋章を刻み込んだそうです」


「え、ええ? な、何を言っているんですか、三好のおじいちゃん」


「娘さんが乱暴された件です」


「乱暴って、な、なんですか。されていませんよ、そんなこと!」


「え? 練兵場での暴行事件ですよ」


「へ、変なことを言わないでください。あ、あたし、乱暴なんて、されていませんから」


 頬を染めてしどろもどろで反論する清音の姿に、蔵之介と三好が一瞬視線を交わす。


「これは失言でした。被害者の娘さんに向かって、乱暴なんて言葉を気軽に使っちゃ駄目でしたな」


「ここは被害者の心情をおもんばかって、オブラートに包みましょう」


 楽しそうな三好と蔵之介の言葉に清音がさらに頬を紅潮させた。


「で、ですから、ご、誤解されるような言い方を、し、しないでください」


「西園寺さん。野良犬に嚙まれたと思って、早く忘れた方がいいよ」


「正確には『犬に噛まれたと思って』ですよ、刑事さん」


「か、噛まれていません。だいたい野良犬なんて見たこともありません」


「最近の女子高生は野良犬を見たことがないんだ」


「時代ですなー」


「何の話をしているんですか! あたしは、魔法で吹き飛ばされただけです! 二人とも最低ーです!」


「嫌だなー、西園寺さん。私たちは、それを指して乱暴って言ってるんだよ」


「そうそう、娘さんは何を勘違いしていたんでしょうなあ」


 とぼける二人に清音が、頬を膨らませて恨みがましげな視線を向ける。


「うう、絶対に違いますよね? 二人ともニヤニヤしていますよね? あたしのことをからかっていますよね?」

 

「ごめん、ごめん。呪いの続きを話そうか」


 清音の限界が近いと察した蔵之介が話題を変えた。


「呪いと言うとオドロオドロしいけど、それほど大げさなものじゃない。ちょっと困らせるくらいのものだ」


 苦笑いをする蔵之介に清音が言う。


「同じ日本人ですし、あんまり酷いことはしないでくださいね」


「娘さんは優しいですな」


「呪いと言っても、命にかかわるようなことはしていない」


 清音が本気で三人のことを心配しているのを察し、困ったように視線を逸らして話を続ける。


「高校生三人とルファさんに、ちょっとした悪戯をしただけだ、かな」


「まあ! ルファさんにまで? ルファさんは女の子なんですよ」


「そうだね、女の子だね」


 曖昧な笑みを浮かべた蔵之介に清音が疑わしそうに聞く。


「それで、どんな酷いことをしちゃったんですか? 伊勢さん」


「それで、どんな酷いことをしたんですか? 刑事さん」


 自然な動作で清音の隣に立って問いかける三好に、 今度は蔵之介が恨みがましそうな視線を向けた。

 三好さん、あなたは知っているでしょ。

 蔵之介の目はそう語っていた。


 ◇


 ――――――――フェーズ2 罠に飛び込む者たち



 練兵場の北側を通る街道に馬のいななきや兵士たちの喧騒に混じって、指揮官の声が響く。


「まだ遠くへは行っていないはずだが、念のため国境警備隊へ早馬を走らせろ!」

 

「逃亡、でしょうか……」


 副官が隣国へと続く街道を見つめ、不安げな表情を浮かべた。


 勇者の国外逃亡。

 それは彼らがもっとも考えたくない可能性。


 何世代にも渡って蓄積してきた聖なる力を使って召喚した勇者を逃すなど、自分たちの首だけですむ話でない。

 そのことに身震いする。


「考えたくはないが、最悪の事態を想定して動くしかないだろ」


 不安から苛立ちを覚えた指揮官が、無言で顔を青ざめさせる副官を叱責する。


「そんなことよりも、応援はまだか! ルファ様へ知らせは出したのだろ?」


「まもなく到着する頃かと思います」


 焦燥感にかられる彼らの耳に、神経を逆なでする声が聞こえた。


「おっさんたちが逃げ出した証拠を見つけたんだって? お手柄じゃないか」


 それはここ数日、戦闘訓練で外出する度に彼らを悩ませる最大の要因。

 異世界から召喚された三人の高校生。一条一樹、立花颯斗、大谷龍牙たちであった。


「これは勇者様方。どのようなご用件でしょうか?」


 何故ここにいるのか?

 指揮官は問いただしたいセリフを飲み込み、穏やかな笑みを浮かべた。


「ああ、気にしないでいいよ。万が一に備えてきただけだから」


 指揮官の言葉を適当に受け流すように、手をひらひらとさせながら颯斗が即答した。

 それに一樹が続く。


「おっさんたちと戦闘になったら、あんたたちじゃ手におえないかもしれないからな」


「万が一とは?」


「のんきだなー、大丈夫? おっさんたちを逃がしちゃったりしたら、責任問題じゃないの?」 


 龍牙が大げさに驚いてみせた。


「まさか、逃げ出すなど――」


 龍牙が指揮官の言葉を遮る。


「無断外出ならいいけどさ、まんまと逃げられたりしたら首が飛ぶんじゃないの?」


「それは……」


 言葉を詰まらせる指揮官に向けて颯斗が言う。


「余程のことにならない限り、口出しも手出しもしないから安心していいよ」


 だが、捜索隊からすればのんきに構えていられるはずもない。

 蔵之介たちが逃亡した可能性があるとするなら、眼の前の一樹たちも逃亡する可能性がある。


「では、連絡要員を残しておきますので何かあれば、その者にお伝えください」


 連絡要員という名の監視要員を配置して去っていく指揮官の後姿を、小ばかにした目で見ながら一樹が口を開く。


「おっさんたちの思惑通りに動かされているな」


 捜索隊は蔵之介たちが用意したダミーの痕跡を信じて捜索の手を広げていた。


「南側の森はノーマークっぽいな」


 龍牙が南側の森に捜索隊が派遣されていないことを指摘した。

 すると颯斗が、闇の中を動き回る松明の灯りに向けて、さげすむ言葉を投げかける。


「バカだねー、あいつら。松明の灯りで、動きがおっさんたちに丸分かりだっつーの」


「そうでもないみたいだぞ。よく見ろよ、颯斗。松明を持っている部隊と持たずに捜索している部隊がいる」


 一樹が何ヶ所かを指さした。

 街道沿いを捜索する部隊はこれ見よがしに松明を煌々と灯しているが、街道脇の森林付近や草原を捜索する部隊の半数は松明を持っていなかった。


「松明を持っている連中はある意味、囮か」


 感心する龍牙に続いて、颯斗が悔しそうに言う。


「でも、バレバレだぜ」


「俺たちだから松明を持たずに動き回る連中が見えるんだよ」


 魔力による身体強化。

 それも勇者の力で常人の何倍もの効果を得られることを一樹が思いださせた。


「異世界人にも、それなりに頭のいいヤツはいるってことかよ。面白くないなあ」


 それでもなお愚痴る颯斗を一樹がいましめる。


「あんまり舐めてかかるなよ。足をすくわれるぞ」


「ああ、気を付ける」


「南側の森にある仕掛けが作動して、連中が慌てだしたら、俺たちが主導権を握っておっさんたちを仕留めるからな」


 一樹の言葉に、三好を担当する龍牙と清音を担当する颯斗が返事をする。


「おう! ジジイの方は任せてくれ」


「西園寺ちゃん、ごめんよー」


「まだ言ってるのかよ!」


「いい加減に諦めろよ!」


 颯斗のセリフに一樹と龍牙が間髪容れずにたしなめた。


「冗談だよ、もう西園寺は諦めた」


 三人は松明の灯りを視線で追うのをやめると、南側の森へと視線を向けた。



――――――――――


いつもお読み頂きありがとうございます。

もっと大勢の読者に届けたいとの思いがあります。


より多くの読者に知って頂くためにもページ下部の『★で称える』や『フォロー』で応援を頂けますと幸いです。


作者のモチベーション向上にも繋がります。

是非ともよろしくお願いいたします。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る