第26話 ミッドナイトラン(3)
真っ暗な宝物庫の中でサングラスをした三人の男女が、それぞれの腕時計で時刻を確認していた。
「いまから三十分後、神殿内に仕掛けた紋章魔法が発動します」
発動する紋章魔法は神官と衛兵たちの視力と聴力を一時的に奪い、無力化することを目的とした閃光と轟音の紋章魔法。
スタングレネードからヒントを得て蔵之介が創ったオリジナルの紋章魔法だ。
もう一つは建物の破壊と嫌がらせを目的とした小規模な爆破。
「それを合図に脱出ですな」
「神殿最深部に位置する、『召喚の間』がある建物。その裏側の防壁を爆破します。そこから外へ抜けて森の中へ。防壁の爆破は一回。巻き込まれないように、十分な距離を取って隠れていてください」
「伊勢さんとは爆破後に防壁の手前で合流ですよね?」
不安そうにする清音に蔵之介が、優しくほほ笑む。
「三人揃って脱出しよう」
「召喚の間を壊したら、そのまま一緒に隠れていて脱出をするんじゃダメなんですか? ルファさんのところに引き返すのは危険すぎます」
「西園寺さん。私はね、どうしてもルファ・メーリングの悔しがる顔が見たいんだ」
蔵之介の口元に悪意を湛えた笑みが浮かぶ。
理解できない。
そう言わんばかりに清音が目をむいて声を上げる。
「まさか、そんな理由で危険を冒すんですか!」
「やられっ放し、っていうのは性に合わないんだよね」
「気持ちは、分かります。あたしだって、悔しいですし、腹も立ちます。でも、いまは脱出することを最優先しましょう」
胸元で両手を組んだ清音が嘆願する。
蔵之介を見上げるその目には、薄っすらと涙が浮かんでいた。
「これはね、男の意地だ。くだらないと思うかもしれないけど、行かせて欲しい」
「大人げないと思われるかもしれませんが、私も仕返しをしたいという思いが渦巻いています」
「三好のおじいちゃんまで?」
蔵之介と一緒に三好まで戻るのではないかと不安にかられる。
そんな清音の心情を読み取った三好が快活に笑う。
「はっははは。私は娘さんと一緒に、刑事さんの帰りを待ちますよ」
「三好さん、西園寺さんをよろしくお願いします」
「私も刑事さんと一緒に行って、私もルファさんの悔しがる顔は見たい。と言うのが本音ですが、こればかりは仕方がありませんな」
笑顔で役割分担を受け入れた。
「三好さんの分もルファを悔しがらせてやりますよ」
「隣国に逃げ延びたら、酒の肴にルファさんの取り乱した様子を話してください」
「任せてください。そんなこともあろうかと、
得意満面にハンディカメラをストレージから取りだす。
「おお! 素晴らしい! 素材は申し分ありません。いい
「美少女の悔しがる顔、楽しみにしていてください!」
口を開けたまま何も言えずにいる清音の眼前で、蔵之介と三好は怪しげな笑みを浮かべ、固い握手を交わした。
◇
「どうですか?」
宝物庫の扉をわずかに開けて、通路をうかがう蔵之介に三好が小声で尋ねた。
返ってきたのは清音の声。
「大丈夫そうですよー」
四つん
「じゃあ、行こうか」
蔵之介のセリフを合図に三人がシーツを頭から被る。
「これで魔力を流せばいいんですね」
清音の姿が消え、サングラスをした目元だけが空間に浮かんで見える。
「大丈夫です。シーツに隠れている部分は見えていませんよ」
同じようにサングラスをした目元部分だけをだした三好が、不可視のシーツが問題なく機能していることを告げた。
「問題は魔力がどれくらい続くかと、流す魔力を安定させられるかだな」
実験では一時間以上姿を消せたが、不安要素が幾つかあった。
その一つが申し訳なさそうに見上げる。
「あたし、本番に弱いんです」
「知っているよ。琴乃さんから聞いているからね」
「うわー。琴乃、酷い」
頬を膨らませる清音に琴乃の姿を重ねた蔵之介が、優しげな笑みを浮かべた。
「伊勢さん?」
小首を傾げる清音と目が合った瞬間、真顔になって掛け声をかける。
「さあ、もう悩んでいる時間はない。あの曲がり角まで走るぞ!」
当面の目的地は召喚の間。
蔵之介たちは自分たちが呼び出された広間へ向かって駆けだした。
◇
「街道沿いを随分と先の方まで捜しているみたいだな」
彼の言葉通り、派遣された捜索隊の半数以上が、一樹たちの視認できない距離まで捜索の手を広げていた。
「おっさんたちの思惑通り動くなんて、本当にバカだよなあ、異世界人ってさ」
街道脇の岩に腰かけて捜索隊を小バカにする
「そうでもないぞ。さっき、一部隊を南側の森に回すって言ってたからな。今頃は南側の森で何か発見しているかもよ。もっとも、発見してもそれが何なのか、分かんねえだろうけどな」
「確かに! 無知って可哀そうー」
颯斗と龍牙が一緒になって笑いだした。
大笑いする二人に一樹が言う。
「あんまり笑うなよ。捜索隊がバカだから俺たちが活躍できるんだ。感謝しないとな」
「あんな連中に感謝するなんて、一樹はお優しいねえ」
颯斗はそう言うと『俺には真似できないわ』、と動き回る松明に一瞥をくれて鼻で笑った。
その様子を横目に龍牙が颯斗に言う。
「頭の悪いヤツがいいように振り回される姿って、滑稽だよなあ」
「おっさんたちも、今頃はあの松明を見ながら大笑いしている頃か」
悪意の表情を浮かべる颯斗に、龍牙が応じる。
「無い知恵を絞った作戦が成功しそうなんだ。さぞかし嬉しいだろうな」
「得意の絶頂から、叩き落されたときの顔が見ものだ」
「楽しみだねー」
二人の会話に一樹が割って入る。
「特にあの刑事。俺たちのことを高校生ってだけで見下していただろ。たっぷりと後悔させてやろうぜ」
「なぶり殺しだな」
「なあ、殺す前に楽しんじゃダメかな?」
颯斗が清音への執着をみせると一樹がたしなめ、龍牙がからかう。
「西園寺のことは、いい加減に諦めろよ」
「お前さー、『覚悟を決めた』とか『諦めた』とか言っておいてそれかよ。本当は西園寺に惚れちゃったんじゃないの?」
「惚れてねえよ」
「次は『役立たずの女一人くらい、生かしておいてもいいだろ?』、とか言い出さないだろうな」
颯斗が龍牙をにらみ返す。
「言わねえよ」
その瞬間、南側の森に火の手が上がった。
真先に声を上げたのは龍牙。
「待ちかねたぜ!」
続いて一樹と颯斗が反応した。
「ようやく第二の罠が発動したか」
「故障したんじゃないかとハラハラしたぜ、おっさん!」
闇夜に浮かぶ松明の灯りが、急に動く速度を上げた。
颯斗と龍牙には、南側の森で次々と上がる火の手に驚いて、捜索隊が右往左往しているように映る。
「いいねー、次々と火の手が上がってる」
「捜索隊の連中、慌てているみたいだぞ。ざまあねえな」
楽しそうに松明の灯りと森に広がる炎を眺めている二人に一樹が声をかけた。
「ここからは俺たちの時間だ。手はず通りいくぞ!」
「思ったよりも火の勢いが強くないか?」
森に広がる炎を眺めていた龍牙が懸念の色を浮かべると
「急ごうぜ。でないと、俺たちの功績を証明する生き証人が死んじまう」
そう言って駆けだした。
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