第5話 遠距離通話
もう聞くことができないと思っていた琴乃の声が蔵之介の頭の中に響いた。
虚空に向かって恐る恐る問いかける。
「琴乃、さん? 本当、に?」
「琴乃です! いまどこですか? 全然電話とか繋がらなくって、どうしたのかと心配しましたよ」
声を詰まらせる琴乃に蔵之介が穏やかな口調で返す。
「ごめん、琴乃さん。心配かけたみたいだね。大丈夫だ、私は無事だよ」
「無事? 無事って何ですか? 何かあったんですか? いま、どこにいるんですか?」
その口調から電話の向こうで顔を青ざめさせている様子が容易に想像できた。
蔵之介は自身の不要な一言を後悔する。
「琴乃さん、いまから説明をするから落ち着いて聞いて欲しい。取り乱されたり慌てられたりしたら、最後まで説明できないからね」
「分かりました」
琴乃はゆっくりと呼吸をし、気持ちを落ち着かせてそう答えた。
「説明をする前に一つ教えて欲しい。私は琴乃さんに電話した後、十時十二分発のバスに乗った。そのバスが事故や行方不明になってないか調べてもらえないかな」
「何の話をしているんですか?」
「ニュースを検索してみてくれる?」
話が見えないといった様子で問い返す琴乃に、蔵之介はバス会社とバスのナンバーを告げた。
「ちょっと待ってください。いま、パソコンを起ち上げますから」
その間に蔵之介はギフトパネルを操作してインターネットへのアクセスを試みる。
ブラウザがいつものように起ち上がる。
意識を検索の入力部分に向けて文字をイメージする。蔵之介は自分のイメージ通りに文字が検索バーに現れたことに思わず拳を握りしめた。
祈るような気持ちで検索ボタンをクリックした。
画面が切り替わり、検索結果が一瞬にしてギフトパネルに表示される。
だが、そこには蔵之介が求めるものはなかった。
蔵之介は続いて、運転手と乗客の名前を次々と検索する。
「ダメか……」
先程と同様、有益な情報は何も出てこない。
「え? 何ですか?」
「いや、何でもない。こっちのことだ。それよりも何か検索で引っ掛かってきたかな?」
「いいえ、特に何も引っ掛かってきません」
召喚されて五時間あまり。
連絡が途絶えただけで事故が起きた訳ではない。蔵之介はニュースになるには早過ぎるのかも知れないと思った。
「ところで、そっちはいま何時かな? 私が最後に連絡してからどれくらいの時間が経った?」
「今日の十時過ぎに連絡を頂いて、今が十五時三十五分ですから、五時間くらい経っていますけど?」
それが何か重要なことなのかと説いたげな口調で答えた。
「ありがとう、琴乃さん」
現代日本とこの異世界とで時間の経過が同じであることに蔵之介は胸を撫で下ろす。
「蔵之介さん、それでいまはどこにいるんですか?」
「まず、これだけは約束して欲しい。私がこれからいうはとても信じられないことかもしれないけど、信じて欲しい」
穏やかな口調でそう言った後、突然厳しい口調に変わる。
「そして他言無用だ」
「分かりました。誰にも話しません」
蔵之介の普段とはかけ離れた口調に驚いたが、琴乃は居住まいを正すと静かに告げた。
「いま私は異世界にきているみたいなんだ」
「は? 何を――」
琴乃の言葉を遮って蔵之介はさらに説明を続ける。
「十時十二分発のバスに乗ってすぐだった。一分も走らないうちにバスごと異世界に連れてこられたんだよね」
蔵之介の緊張感に欠ける口調と『異世界』という単語に何と返してよいか分からず、琴乃はただ黙って聞いていた。
「私と一緒に連れてこられた人のなかに、琴乃さんの友人の
「清音が!」
「いまは別室ですけど、ちょっと前まで一緒でした」
「バスごとって言っていましたよね? 蔵之介さんと清音以外にも大勢いるんですか?」
「私と一緒にこっちの世界に連れてこられたのは、バスの運転手の
「蔵之介さんを入れて六名?」
「でも、私たちよりも先に連れてこられた人たちが何人かいるみたいです」
「みたい?」
蔵之介は先に召喚されたという名前も教えられていない三人の高校生のことを伝えた。
「まだ実際にはあっていないので真偽のほどは分かりません」
「蔵之介さん、ちょっと待ってください!」
琴乃が突然話を中断した。
「行方不明のバスがニュースに流れました。インターネットのニュース記事です」
続いて琴乃が告げたニュースサイトに蔵之介もアクセスをする。
「いま、同じようにネットで検索しました。多分、琴乃さんと同じ記事を見ていると思う。運転手の名前も一致する。これのことだよ」
「蔵之介さん、本当に異世界にいるんですか?」
自分と電話をしながらリアルタイムでインターネットのニュースサイトを検索する。
蔵之介ももっともな疑問だと思う。
「私も今それを疑っていたところなんだよ」
「からかっていますよね、伯父様」
「からかってないよ」
「ちょっと、清音と代わってもらえませんか?」
「いまは別室です。それにこのスマートフォンは私しか使えないと思うよ。私以外、そっちの世界と通話できる人はいないんじゃないのかな?」
「本気で言っていますか?」
「私が琴乃さんを騙したりするわけないじゃないですか」
「よく騙されましたけど」
つい二週間前、わざわざ
「あれはちょっとからかっただけですよ。騙すだなんて、やだなあ、琴乃さん」
「伯父様、後で構いませんから清音と代わってください」
にべもない。
蔵之介も日頃の行いを今ほど後悔したことはなかった。
琴乃の声を聞くことはできなくても、蔵之介の音声同様、第三者の音声が拾える可能性はある。
そう考えた蔵之介は
「メッセージアプリあったね、あれをちょっと試してみよう」
そう言ってギフトパネルに意識を集中する。
スマートフォンの画面が再現され、表示されているアプリが次々と変わる。
あった、これだ。
蔵之介は通話状態のままメッセージアプリのLIONを操作して琴乃にコンタクトを図った。
蔵之介 : 大学合格おめでとう!
琴 乃 : ありがとうございます。もう少し緊張感を持ってください。
琴乃からお礼のメッセージと共に諭すようなメッセージが送られてきた。
蔵之介 : 刑事としてアドバイスしましょう。こういう状況のときこそ、余裕が必要なんですよ。
琴 乃 : 聞き流しておきます。
音声を発しないリアルタイムでの連絡手段が確認できたことに蔵之介は胸を撫で下ろす。
「ありがとう。これで、通話とメッセージ、インターネットアクセスが可能なことが分かったよ」
「もう一度聞きますけど、そこ、本当に異世界ですか?」
「おいおい確かめてみるよ。もしかしたら騙されてどこか他の国に連れてこられている可能性も否定できなくなったからね」
そうは言ってみたが、ギフトパネルや魔法を見る限り、蔵之介が暮らしていた世界では実現できないことが目の前で起きていた。
異世界であるとの前提で行動する必要がある。蔵之介は自身にそう言い聞かせた。
「通話は傍から見ると独り言を言っているみたいで不審者以外の何者でもありません。今後はこのメッセージアプリを多用して連絡を取りましょう」
そこまで言って、蔵之介の口調が急に厳しいものとなる。
「もう一度言いますが、このことは他言無用だからね。私と琴乃さん、二人だけの秘密だ」
「分かっています。誰にも言いません。二人だけのひ・み・つ、ですね」
どこか弾んだ様子の琴乃の声に一抹の不安を覚えたがそれは口にしない。
「信用しています。琴乃さんは口の堅い女の子ですからね」
一定の間隔でドアが四回ノックされた。
続いて若い女性の声が蔵之介の耳に届く。
「イセ様、お食事の用意が整いました。食堂までご案内させて頂きます」
「琴乃さん、人が来たので一旦切ります。また夜にでも連絡を入れますが、大丈夫ですか?」
「大丈夫です。明日は学校が休みですし、何でしたら徹夜でも構いません」
「琴乃さんに徹夜をさせたりはしませんよ。では、また後で」
そう言って通話を切ると、ギフトパネルにある録画モードをONにしてベッドを降りた。
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