第4話 組み合わせ

 五感共有と吸収の二つのギフトを告げた後、清音が困惑して言う。


「最後は読めません。文字なんですか、これ?」


 召喚された勇者たちが立て続けに上位魔法を所持していることにどよめいていた室内の空気が変わった。

 神官たちの間にこれまでと違ったざわめきが広がる。


 聞こえてくるのは落胆とわずかな期待の声。


「欠落者か」


「よもや勇者様に欠落者が出ようとは」


「何ということだ」


「しかし、吸収を所有されています」


「吸収ですか……」


「難しいギフトですな」


「五感共有というのも資料にないギフトです」


「勇者様特有のギフトでしょうか?」


「慎みなさい!」


 ルファの声が響いた。その鋭く威厳のある口調に室内が静まり返った。


「サイオンジ様、申し訳ございません」


「そんな、頭を上げてください、ルファさん」


 清音が慌てふためいて両手を意味もなく振り回す。


「あたしは大丈夫ですよ。本当です、全然気にしていませんから。それよりも欠落者って何でしょうか?」


「極稀に読むことのできないギフトを持って生まれる者がおります。読めないギフトは使うことができません」


「へー、そんな可哀想な人もいるんだあ」


 見知らぬ欠落者に同情する清音にルファがさらに続ける。


「我々は『覚醒』と呼んでいますが、一生のうちどこかで突然読めるようになることがあります。覚醒すればギフトが使えるようになります。もちろん、覚醒しないまま一生を終える者もいます」


 そして清音にとっては歓迎できない言葉が紡がれた。


「サイオンジ様は勇者様です。一つくらい欠落してもまだ二つのギフトを所有されております。何と言っても身体能力やギフトの効果は我らとは比べるべくもございません」


「へへへ、ありがとうございます」


 照れくさそうな笑みを浮かべて清音が椅子に腰を下ろした。

 それを待ってルファが口を開こうとする矢先、一条一樹が吐き捨てるように言う。


「なんだよ、あのチビ女。刑事のオッサン以上に使えないのかよ」


「清音ちゃん、かわいそうー。俺が守ってあげるよー」


「颯斗、下心見え見えだよ」


「なんだよ、龍牙。お前俺に先を越されそうで焦ってるのか?」


「そんなんじゃないってっ」


「龍牙は、あーいうロリ系が好みだっけ?」


「やめろよ、颯斗。誤解されるだろ」


 焦る大谷龍牙をからかうように立花颯斗が言う。


「俺たちは勇者なんだぜ。あんなエセロリじゃなく、金髪の本物のロリだって望めば手に入るかもよ」


「君たち、そのくらいにしておいたらどうだ?」


 蔵之介が三人を注意すると、一条一樹が勢いよく立ち上がり立花颯斗が彼のことを睨み返した。


「カズキ様、タチバナ様。イセ様のおっしゃるように今の発言は女性に対して少々配慮に欠けるかと思います」


 ルファが静かに注意すると、


「そうだな、ルファさんの言う通りだ」


 一条一樹はそう言って椅子に腰を下ろし、


「清音ちゃん、ごめんね」


「悪かったな」


 立花颯斗、大谷龍牙がそう口にした。


 ルファが三人から三好に視線を向ける。


「最後はミヨシ様ですね。よろしくお願いいたします」 


「一番上は土魔法、二番目が水魔法」


 ルファのペンが紙の上をスラスラと走る。上位魔法の所有者が続いたためか、周囲の神官たちの反応が薄い。


「で、最後はダメですわ」


「え?」


 ルファがペンを止めて不思議そうに三好をみた。


「私も西園寺さんと同じで欠落者のようです」


 そう言うと、三好は白髪頭をかいて快活に笑った。


 ◇

 ◆

 ◇

 

 ギフトの申告が終わると、早めの夕食までくつろぐようにと個室に案内された。

 蔵之介が案内された個室は二十畳ほどの広さで、扉と反対側大きな窓がありそこから入る陽の光が部屋に十分な明るさをもたらしている。

 

 蔵之介はキングサイズのベッドに寝転がり、スマートフォンの画面を見ていた。

 画面には圏外の文字が表示されている。


 スマートフォンを操作してメッセージアプリを起動すると、蔵之介と琴乃がやり取りしたメッセージが表示される。

 メッセージの最後は琴乃のからのもので、『バーカ』とだけ書かれていた。


「琴乃さんも、まだまだ子どもだなあ」


 寂し気に苦笑して再びスマートフォンを操作する。

 別のアプリが起動し、愛らしい笑顔でほほ笑む美しい少女が画面一杯に表示された。


「琴乃さん、心配しているだろうなあ」


 蔵之介が画面を操作すると彼の姪である相馬琴乃の写真が次々と表示される。


「バッテリー残量も五十パーセントを切ったかあ」


 落胆の声を上げてスマートフォンを傍らに投げ出し、ルファから渡されたギフトの説明が記載された紙を手に取った。

 

「気分を変えて下から読んでみるか」


 そうつぶやいて、本日、三度目となるギフトの説明文を読み始める。


 ▼収納魔法

 ・ギフトパネルに『ストレージ』と呼ばれる項目が現れ、その『ストレージ』内に武具や備品、食料といった物を収納可能。

  さらに収納された物は劣化をしません。食料もストレージに収納しておくことで腐らずに保存ができます。

  迷宮の長期攻略には欠かせないギフトです。

 ・収納量には個人差があり、一般的には所有者の体重と同程度と言われています。

 ・生物の収納はできません。


「なるほど、便利といえば便利だけど……」


 ・上位互換に上位魔法である空間魔法が存在します。


「空間魔法かあ……実に有用そうな響きのギフトだ。想像通りなら収納魔法は空間魔法のオマケ機能だよなあ」


  蔵之介は収納魔法が想像よりもはるかに不自由なギフトであることに落胆する。


「何とも冴えないギフトだな」


『無限に何でもかんでも収納できると思っていた』と心の中でつぶやいて次の項目に視線を移す。


 ▼紋章魔法

 ・基本四属性である、土・水・火・風。上位魔法である、光・空間・雷・氷。全ての魔法を使うことができる唯一のギフト。

  ただし、魔法を使うためには紋章を書いた紙、紋章紙が必要となります。

 ・紋章紙

  勇者様の世界での護符のようなものとうかがっております。

  また、紋章紙は一度使うと消失します。

  事前に使う魔法の分だけ紋章紙を用意しておく必要がございます。 


「百の魔法を使うには百枚の紋章紙を用意しておかなきゃならないのか。魔物と戦うための魔法と考えると微妙だなあ」


 山のようなA4の書類の束を抱え、その中から必要な魔法を探している己の姿を想像して苦笑した。


 まてよ!


 内心でそうつぶやいて、ギフトパネルを出現させる。

 ギフトが書かれている横にある、『ストレージ』と書かれた項目に意識を集中すると、パネルのなかにもう一枚パネルが出現した。


 そこにはボールペン、万年筆、警察手帳の画像がアイコンのように並んでいる。

 先程、試しに収納魔法で収納した品々だ。


 蔵之介が手にした用紙をストレージに収納するようイメージする。

 瞬間、手にしたギフトの説明書きが消えた。


 ギフトパネルにあるストレージの項目に『ギフトの説明書』の映像がアイコンのように表示されている。

 蔵之介はその画像を見つめて取り出すことをイメージした。


 左手に一枚の紙が現れ、ストレージから『ギフトの説明書』の画像が消える。

 心臓が大きく跳ねた。

 鼓動が早まる。蔵之介は自分が高揚しているのを感じた。


「これ、紋章紙をストレージに入れておけば自在に魔法を使えるんじゃないのか?」


 思わずそう口にして身を起こした。

 事前に紋章紙の準備をしなければならないことに変わりはないが、それでも準備さえしておけばあらゆる魔法が使える。

 蔵之介のなかで紋章魔法の可能性が大きく広がった。

 

「準備八割どころか、九割を準備に費やすことになりそうだが……やる価値はある」


 口元を綻ばせてそうつぶやくと、取り出した用紙に視線を戻す。


 ▼融合魔法

 ・二つ以上の物質を融合して一つの物質を作り出すことが可能。

  例えば、異なる二種類以上の金属を融合して一つの強靭な金属を作りだすこともできます。

 ・代表的な用途は武器や防具と魔石の融合。

  これにより魔石の特性を備えた武器や防具を作り出すことができます。


「ここだけ読むと十分に有用に見えるんだよなあ」


 未練がましくつぶやいて、融合魔法の説明を読み進めていく。


 ・対をなすものに分離魔法があり、こちらは二つ以上の物質から目的の物質を分離抽出することが可能。

  例えば、融合魔法では二つ以上の金属を融合することができ、分離魔法は鉱石から目的の鉱物を抽出したり、海水から塩を抽出したりすることができます。

  これらの上位に合成魔法が存在します。

  融合魔法と分離魔法のどちらの特性も備えた合成魔法があるため、一般的には歓迎されていません。


「収納魔法もそうだったが、上位互換があればそうなるか」


 融合魔法で堅固な合金を生み出し、武器や防具を創る。さらに魔石を融合して魔法の特性を持たせる。

 自分専用の強力な武器を自作する。


 自分の発想に心躍らせたが、そこまで考えて、ふと、冷めた。


「合成魔法を持った専門のたくみに頼んだ方が絶対にいいモノができるよなあ」


 そう言ってベッドへ倒れ込む。

 

 しばらく虚空に視線をさまよわせていたが、収納魔法と紋章魔法の組み合わせを磨くことが『今取るべき最善の手』だと結論をだして、ギフトパネルを出現させた。


 眼前に出現したギフトパネルと手にしたスマートフォンを見比べる。


「ストレージのなかに収納しておけばバッテリーも消費されないのかな」


 この先どこでスマートフォンの機能が必要になるか分からない。何よりも琴乃の写真が見られなくなることが悲しい。もし、少しでもバッテリー消費が抑えられるならやる価値はある。

 蔵之介はそう考えてスマートファンをギフトパネルの前に持って行く。


 スマートフォンが蔵之介の手から消え、ストレージの項目にスマートフォンの画像アイコンが現れた。

 ストレージに格納された蔵之介の持ち物が画像アイコンとして幾つも並ぶ。


 意識を傾けて画面を操作すると表示されていた画像アイコンが別の持ち物の画像アイコンに切り替わった。


「何だかスマホの画面みたいだな」


 その瞬間、蔵之介の頭にある考えが浮かぶ。


「試してみるか」


 意識をギフトパネルに集中する。次の瞬間、スマートフォンの画像アイコンがストレージの項目から消えた。


「おい、嘘だろう……」


 早鐘を打つような心臓の鼓動が蔵之介の耳に響く。己が久しく経験したことがない程に興奮しているのを自覚する。


 ギフトパネルに数々のアイコンが表示されていた。

 それは数舜前まで彼のスマートフォンに表示されていたアイコン。


「融合できた、のか? まさかな……」


 蔵之介の視線がギフトパネルにあるはずのないアンテナマークに釘付けになった。


 はやる気持ちを抑えて、ギフトパネルに浮かんだアイコンを操作する。

 コールが一度だけ蔵之介の頭で鳴る。

 

「蔵之介さん! 蔵之介さんですよね? どこで何をしているんですか!」


 蔵之介の姪、相馬琴乃そうまことのの声が頭の中に響いた。



――――――――


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