第6話 晩餐会

 蔵之介がメイドに案内されて食堂へと到着すると、男子高校生三人組と三好、清音の五人は既に席についていた。


「イセ様、ご案内が最後になってしまい申し訳ございませんでした」


 上座に座っていたルファ・メーリングが立ち上がって伊勢蔵之介いせくらのすけの方へと歩いてくる。

 優雅に歩く彼女に蔵之介がほほ笑むと、一条一樹いちじょうかずき立花颯斗たちばなはやとが面白くなさそうに蔵之介を睨みつけた。


「遅れてきておいて、一言もないのかよ。荷物運びのくせに随分と態度がでかいな」


「まだ自分の立場が分かっていないんじゃないの? 俺たちと同じ勇者のつもりかもよ」


 続いて大谷龍牙おおたにりゅうがが蔑むような視線を向けて鼻で笑う。


「俺たちとは違って前途多難そうだもんなあ。気の毒に」 


 蔵之介はそんな彼らの言葉を適当に聞き流し、三好誠一郎みよしせいいちろう西園寺清音さいおんじきよねを見る。

 三好は苦笑いを浮かべ、清音は暗い顔をして下を向いていた。


 自分が来るまでの間も三好と清音に対して、嫌味や蔑みの言葉が投げかけられていたことが容易に想像できる。


「イセ様、こちらへどうぞ」


「ありがとうございます」


 メイドから案内を引き継いだルファが蔵之介を三好が座る正面の席へと誘導する。

 蔵之介が案内された席は正面に三好が座り、その右隣に清音が座っていた。


 蔵之介が席に着くと彼等よりも上座に座った神官たちが、意味ありげな視線を向けているのに気付く。


 早々に勇者にランク付けをしたようだな。

 席順を見た瞬間に蔵之介はそう思ったが、それが間違いでないことを神官たちの態度から確信した。

 

 上座であるホスト席にはルファ・メーリングが座り、彼女のすぐ手前となる左右の席には高位と思われる年配の神官二名が座っている。


 高位の神官に次いで、ルファ・メーリングに最も近い場所に座っているのが一条一樹と立花颯斗。

 一条一樹の隣に大谷龍牙が座っていた。


 彼ら三人との間に五人の神官を挟んで、蔵之介と三好誠一郎、西園寺清音が座っている。

 

「皆様、お揃いになられましたね。――――」


 ルファが立ち上がって挨拶を始める。

 形式通りの挨拶が終わると食事が進み、自然と雑談から質問へと移っていった。


「――――やっぱり元の世界に帰る方法はご存じないんですよね?」


 そう聞いた蔵之介は、ここまでの会話と見せられた魔法の数々で、この世界が異世界であると確信していた。


「誠に申し訳ございません。身勝手な事は重々承知しております」


 沈痛な面持ちで切り出したルファだったが、視線を一樹たち高校生三人に移すと急に力強い口調へと変わる。

 

「代わりと言っては語弊ごへいがございますが、勇者様方が住まわれていた世界では決して望めないような待遇をお約束いたします」


「ルファさん、俺たち三人はこっちの世界で生きていく決心をした」


 ルファの視線に一条一樹が響くように応え、立花颯斗と大谷龍牙が一条一樹に続く。


「力を手にしたからは、次に望むのは夢だろ! 男ならやっぱり夢を追わないとな」


「勇者として期待されているならそれに応えるよ」


 ルファは満足したようにうなずくと、視線を三好に向けた。


「私も天涯孤独の身。元の世界で心配してくれる人もいません。こっちの世界で生きていくのもいいかもしれませんな」


 これで元の世界に帰りたいと願っているのが自分と清音だけなのだと分かった。


「何度も申し上げましたが、皆様はとても大切な方々です。無理をお願いするつもりはございません」


 ルファはそう言って視線で清音に問う。


「帰りたいですが、帰れないんですよね? なら、選択肢はありません。協力します」


 清音の言葉にルファが喜色を示し、続いて蔵之介を見る。

 

 ルファたちの下に長居するつもりはなかったが、右も左も分からない状況で飛び出すような軽はずみなことをするつもりもなかった。

 最終目的は琴乃のところに、元に世界に帰ること。

 そのために必要な情報を集める。


 少なくともルファたちの下に留まって、元の世界に帰るための有用な情報を入手するのは困難だと思っていた。


 俺たちが必要で召喚したんだから、絶対に邪魔するよなあ。

 内心でそうつぶやいて、ほほ笑むルファに向けて友好的な顔をする。


「気持ちを整理する時間を頂けて感謝いたします。一方的に召喚されたことに対する怒りはありますが、ここで生きていくために最善の努力をするつもりです。それが遺跡発掘、ひいてはアーティファクトの獲得だというならそのための努力はいたしましょう」


「ありがとうございます。これでホッとしました」


 本当にほっとしたのだろう、ルファが周囲の様子を気にすることなく大きく息を吐いた。


「我々の身分と生活はどのように保障されるのでしょう?」


 続く蔵之介の言葉にルファがほほ笑んで言う。


「皆様の身分は貴族と同列です。見返りも元の世界では望めない程のものを用意いたしましょう」


「そう願います。何しろ世界中の国が遺跡発掘に力を注ぎ、アーティファクトの獲得を夢見ているみたいですからね」


 明確に語らないルファに対して、呼んだのはお前らだが、俺たちを欲しているのはお前たちだけじゃない。

 蔵之介は言外にそう語った。


「もちろんでございます」


 即答するルファを援護するように、遺跡発掘で実績を残せるつもりになっている三人が口を挟む。


「何にもしないうちから報酬の話? やだなあ、大人って」


「品性下劣なやつはこれだから始末におえない」


「報酬って実績に応じてもらえるもんでしょ? そんなのは後でいいよ」


 視線こそルファへ向けていたが、敵意は明らかに蔵之介に向けられていた。

 蔵之介は苦笑いをしてルファに言う。


「早速ですが、紋章魔法がどんなものか、実際に紋章を見てみたいのですが、書物をお貸しいただけませんか?」


「初級の書物ならございます」


「初級?」


「初級魔法は日常生活で使うような、簡単な魔法が発動する紋章を集めたものです」


「その書物はかなり高価なものなのですか?」


「いえ、一般的な紋章魔法の本です。そこに書かれている紋章を消費して魔法を使います。国内でも紙や木簡もっかんに書かれたものが多数流通しております」


「ではそれをお貸しいただけますか?」


「後ほど初級の魔導書をお部屋に届けさせます。その魔導書はイセ様に差し上げますのでご自由にお使いください。なくなりましたら、新しい魔導書をご用意させて頂きます」


「なくなる?」


「はい、そこに書かれている紋章を消費して実際に紋章魔法がどのようなものなのかお試しください」


「それは助かります。ありがとうございます」


「とは申しましても、イセ様には収納魔法を自在にお使いになれるようになって頂きたいと願っております」


 荷物運びか、内心で反射的に思うと、高校生三人組の間からもバカにするように『荷物運び』の単語が飛び出した。

 そればかりか、神官たちまで蔑みの視線を向ける。


 この場の異世界人で唯一人、蔑みの視線を向けていないルファが言葉を続けた。


「収納魔法は長期の遺跡発掘に欠かせません。大量の食糧や武器・防具を容易に持ち運ぶことができます。収納魔法を使える魔術師がいるかいないかで計画が根底から変わります」


「どこかの国の勇者も収納魔法を持っていたのですか?」


「持っていらっしゃるとの情報はありません。長期の発掘の場合、空間魔法か収納魔法のギフトを持った者を同行させます」


 その言葉から収納魔法の所有者が勇者である必要がないことが知れる。


「遺跡発掘だけでなく民間の商人なども欲しがりそうなギフトですよね、空間魔法」


 軍隊の方が欲しがりそうだとのことは口にしない。


「はい、あらゆる方面に需要がございます。ですので、イセ様には紋章魔法や融合魔法といった代わる者がいるようなギフトよりも、有用な収納魔法を伸ばしていただく方がよい結果につながるでしょう」


 紋章魔法と融合魔法をあっさりと切って捨てた。


「ルファさん、俺たちにも魔法の本を貸してもらえないかな?」


 立花颯斗がルファと蔵之介の会話に割って入った。

 一条一樹と大谷龍牙がそれに続く。


「そうだな、やっぱり魔法には興味がある」


「俺たちも早く魔法を使ってみたいな」


 三人の言葉に周囲の神官たちの顔色が変わった。


「大変申し訳ございませんが、カズキ様、ハヤト様、リュウガ様の魔法は非常に強力です。専属の指導員が到着するまでは魔法の使用をお控えください」


「それは残念だな」


「そんなに強力なんだ」


 得意げな表情を浮かべた立花颯斗と大谷龍牙が、蔵之介と三好、清音の三人をバカにするように視線を向けた。

 一条一樹が追い打ちを掛ける。


「荷物運びのオッサンと欠落者二人じゃ、勇者として役に立たないんじゃないのか?」


「カズキ様、それは違います。異世界から招かれた勇者様であるというだけで、我々よりも優れた力をお持ちです。ギフトの種類や一つくらいの欠落など問題ではございません」


 ルファの言葉に一条一樹があからさまに不機嫌な表情を見せた。

 彼の表情を確認すると、ルファは口元を綻ばせてルファは言葉を続ける。


「ですが、カズキ様を初めとしたお三方が飛びぬけて優秀なのは確かです」


「だよね」


 機嫌よく反応した立花颯斗に微笑みかける。


「皆さんが、イセ様やミヨシ様、サイオンジ様と訓練をご一緒されるのは効率的ではございません。年齢的にもイセ様やミヨシ様と組むのではやりにくいでしょう」


「荷物運びと欠落者二人。上位魔法の一つも持っていないんじゃ足手まといにしかならないぜ」


 ここぞとばかりに一条一樹がそう言うと、立花颯斗と大谷龍牙が続く。


「ルファさん、パーティーは俺たち三人で組んで、収納魔法なんかの荷物運びは他の人、例えば騎士とかにお願いできないかな」


「さっき、収納魔法は決して少ない訳じゃない、って言ってましたよね」 


「イセ様もミヨシ様も、カズキ様の命令で動くのではやり難いでしょう」


 神官たちの間では一条一樹がリーダーという位置づけだと明言した。

 ルファが蔵之介と三好から清音に視線を移す。


「サイオンジ様を加えた三名で一つのパーティーとして訓練をされては如何でしょうか?」


 ギフトを使いこなせるかも分からない、他の判断力も未知数。

 高校生という若さであるゆえの未熟さは考慮されていなかった。

 

 あるのは純然としたギフトの力。


 ルファの提案には答えずに蔵之介が質問を投げかける。


「リーダーは経験豊富な騎士団の方がされ、我々はそれに従うのだと思っていました」


「勇者様に指図などできようはずがありません」


 本心は違うだろうが、上辺では勇者の扱いは高位の神官たちよりも上だと明言した。

 それでも三好が遠慮がちに言う。


「年は取っていますが、皆さんのお役に立つような経験はなにもありません」


「経験は確かに大切ですが、勇者様方のギフトはそれを補って余りあるものがございます」


「経験なんてのは俺たちならすぐに追いつくさ」


 ルファが答えると一条一樹がすぐさま反応した。

 その根拠のない自信をルファと高位の神官たちがさらに持ち上げる。


「カズキ様、まさにその通りです。勇者様方であれば同じ時間、同じ経験をしても得るものは数倍に値しましょう」


「ギフトの数も質も我々とは違いますからな」


「何といってもお三方は突出していらっしゃる」


 晩餐会に列席した神官たちが次々とカズキたち高校生三人組を褒め称えた。


 神官たちの声に紛れて三好が蔵之介に向けてつぶやく。


「若い勇者を持ち上げるためならともかく、経験を才能で補えると本気で考えているなら危険ですな」


「高校生を持ち上げるにしても、そこが浅過ぎます。我々が考えている以上に、行動理念や常識がギフトに依存したものかもしれませんよ」


「どっちにしも長居はしたくないですな」


「ええ、まったくです」


 とぼけた表情の三好に蔵之介が口元を綻ばせて答えた。

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