第18話 夜の中庭
それを境に一条一樹が所属する第二グループと
訓練だけでなく、日々の生活もである。
「三好さん。今後のことについて、少し相談をしたいんです。誰もいないところで、話ができませんかね?」
「どこに行っても、監視の目はありますからなあ」
「こうして食事しているときが、最も警戒が手薄になるかあ」
小さくため息を吐く蔵之介に、出入口付近で控えているメイドを、チラリと見た三好が苦笑して言う。
「食事中も監視付きですが、特に書庫が酷い。べったり張り付かれて隙がありません」
「色々と試してみましたが、三好さんと西園寺さんに最低一人が張り付く。私の場合は二人が張り付くようにしていました」
蔵之介も二人のメイドに視線を走らせたが、特に聞き耳をたてている様子はなかった。
そのまま三好にささやく。
「西園寺さんが怪我をした。その知らせが届いたときだけです。一瞬ですが監視が一人になりました。それ以外は二人です」
改めて蔵之介の観察力に三好は舌をまく。
「警戒されているようですな。やはり刑事さん、というのもあるのかも知れませんな」
日本の刑事を警戒するのは、日本の犯罪者くらいだ。
蔵之介は内心で苦笑する。
「西園寺さんを交えて、三人だけでゆっくり話す機会が欲しいですね」
「三人だけですか? 難しそうですなあ」
食事の手を止めて思案しだした三好に、蔵之介が腹案を明かす。
「明日退院する予定の西園寺さんに、一芝居打ってもらいましょう」
◇
翌日。
夕食前、蔵之介がルファ・メーリングに相談を切りだした。
清音のことである。
蔵之介の話に、ルファが不安げな顔をする。
「――――そうですか、サイオンジ様が勇者を辞退されたいと……」
「辞めたいというか、やっていく自信をなくしています」
「やはりカズキ様との、訓練場での一件でしょうか」
それ以外ないだろ。
蔵之介が内心で毒づく。
「私としても元の世界で知り合いでしたし、こちらでも同じグループです。
「分かりました。そう言うことでしたら、サイオンジ様のお力になってください」
「ありがとうございます。何とか西園寺さんを説得してみせます。彼女が復活したら、我々第三グループもすぐに訓練を再開します」
「あら、イセ様。書庫はもう、よろしいのですか?」
魔力感知の訓練をせず、書庫に入り浸っていたことを、ルファがやんわりと指摘した。
「目が覚めました。いつまでも書庫に
ほほ笑むルファに蔵之介が小声で言う。
「彼らには内緒にして下さいよ。いい大人がムキになっているなんて知られたら、それはそれで恥ずかしいので」
「分かりました。内緒にしておきましょう」
ルファは楽しげにほほ笑んで、付け加える。
「イセ様。くれぐれもサイオンジ様に、無理強いをするようなことはお控えください」
「もちろんです。彼女も内心では勇者として認められたい。そう思っているのは確かです。それを引きだす手伝いをするのに留めます」
「それをうかがって安心いたしました」
夕食後に蔵之介と三好、清音の三人だけで会話する時間の確保に成功した。
◇
夕食を終えた蔵之介、三好、清音の三人は神殿の中庭を歩いていた。
周囲に人の気配がないことを確認して、蔵之介が切りだす。
「これ以上この国にいるのは危険です。そもそも勇者召喚なんて、身勝手なことをする連中を信用できません。私はこの国から脱出しようと思っています――――」
蔵之介はそう言うと、続いて彼のギフトについて語りだした。
収納魔法、紋章魔法、融合魔法、これらを既に使えること。
さらに融合魔法により日本と連絡が取れるようになったこと。
限定的ではあるが物資のやり取りに成功したことを告げた。
「
「西園寺さん、静かにお願います」
「あ、ご、ごめんなさい」
「『信じられない』というのが正直なところです。ですが、刑事さんが私たちに嘘を吐くとも思えません。信じましょう」
「私も伊勢さんを信じます。私は……あの三人と一緒にいたくありません。伊勢さんや三好のお爺ちゃんと一緒に脱出したい。日本に帰りたい……」
清音が噛み締めるようにつぶやいた。
その傍らで考え込むような表情を浮かべていた三好が聞く。
「刑事さん。一つ確認させてください。我々のことを、警察に知らせて頂けたのですか?」
「いいえ、警察には知らせていません」
「なぜ?」
三好が軽い驚きを見せた。
「知らせて、その後どうするんですか?」
「そ、れは……」
「警察はこちらの世界に一切手出しができません。仮に連絡が取れることを、物資のやり取りができること知らせたとします」
押し黙る三好を見つめて一拍おく。
「すぐに国の上層部に報告が行き、この国との貿易を考えるでしょう。輸入品は魔法と資源。輸出品はそれこそ山のようにある。その橋渡しをするのは私です。とても元の世界に帰る方法を探すどころではなくなるでしょうね」
もちろん、双方向での往来を求めて研究が進むことも十分に予想できた。
「そうなると、この国にとっても日本にとっても、伊勢さんは大切な人になりませんか?」
「他国からすれば、目障りなことこの上ないでしょう。それこそ暗殺の対象になりそうですな」
清音の楽観的な考えを三好が一蹴した。
穏やかな風に揺れる草木の微かな音だけが聞こえる。わずかに訪れた沈黙を、蔵之介のささやきが破る。
「本来、この国からの脱出も私一人で行うつもりでした」
「そんな」
清音が小さく抗議の声を上げた。
「外の世界が、この神殿内よりも安全だという保障はないからね。日本に帰れる当てもない。外の世界で生きていく当てもない。そんな状況で無責任に『脱出しよう』なんて、声を掛けられる訳がないでしょう」
「確かにそうですな。ここで神殿側に協力すれば、生きていけそうでした」
三好が安全を過去のものとして口にした。
泣きそうな顔をした清音に蔵之介が優しく言う。
「私は大人だからね。提案するということは責任が生じる。西園寺さんは未成年です。一緒に脱出するなら全力で守るよ。その代わり、私の指示に従ってもらいます」
「さっきも言いました。私は日本に帰りたいです。伊勢さん、言うことを聞きますから連れて行ってください」
蔵之介が静かに首肯して、三好へと視線を巡らせた。
「刑事さん。同意するにしても、責任が生じると思っています。私も大人ですから、自己責任で刑事さんと一緒に脱出をします」
三好が右手を差しだす。
蔵之介がその手を取った。
「よろしくお願いします」
続く三好の言葉に蔵之介と清音が声を上げる。
「ただ、元の世界に戻るかは分かりません」
「え?」
「うそ?」
「正直、元の世界にあまり未練がないのですよ。昨年妻を亡くしています。子どもはいません。親兄弟も、です」
困った表情を浮かべて、三好が白髪頭をかく。
「天涯孤独の身というと寂しく聞こえますが、何のしがらみもない身です。安全な場所でのんびり余生を過ごせれば、それが異世界であっても文句はありません」
「え、えーと」
「何と言っていいか……」
反応に困っている清音と蔵之介に向けて三好が言う。
「そうそう。三つ目のギフトが読めないって言いましたが、あれは嘘です。何となく面倒そうなギフトだったので読めないことにしていました」
清音を思いやってのことではなかったのか?
蔵之介が内心でそう思いながらも、三好の次の言葉を待った。
――――――――――
いつもお読み頂きありがとうございます。
もっと大勢の読者に届けたいとの思いがあります。
より多くの読者に知って頂くためにもページ下部の『★で称える』や『フォロー』で応援を頂けますと幸いです。
作者のモチベーション向上にも繋がります。
是非ともよろしくお願いいたします。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます