第9話 開拓事情
武器屋で蔵之介たちを探し当てた女性冒険者の『人目につかないところで話がしたい』、との申し出を受ける形で彼女の指定する食堂へと向かう。
その食堂の二階にある個室に蔵之介と清音、三好の三人は通された。
上座の中央に蔵之介、その左右に三好と清音が座っている。
テーブルを挟んで、蔵之介の正面に武器屋で出会った女性冒険者。その両隣にやはり武器屋に来ていた男の冒険者が座っていた。
一人は二十代半ば、もう一人は蔵之介とあまり変わらない年齢に見える。
「改めて自己紹介をさせてもらうわ。ヘルミーナ・ヘスよ」
二十代半ばと思しき赤毛の女性冒険者が蔵之介に向けて右手を差し出した。
その右手を取りながら自己紹介をする。
「蔵之介・伊勢です」
蔵之介は自分を学者であり、研究の一環として研究室を飛びだしたばかりであること。
同行する三好と清音が助手であることを説明した。
ヘルミーナが驚いたように清音を見る。
「あら、そちらの可愛らしいお嬢ちゃんは学者先生の娘さんかと思ったわ」
「幼く見えますが、彼女は優秀な助手です」
清音が娘なら方々に自慢して回ったでしょうね、と蔵之介が誇らしそうに付け加えた。
すると、ヘルミーナは再び驚きの表情を清音に向ける。
「本当、見かけによらないのね」
清音が何か言い返すのを耐えるように口元を引きつらせた。
それを見た蔵之介が清音が何か言いだす前に、とヘルミーナをうながす。
「ヘルミーナさん、用件を手短にお願いできますか?」
ヘルミーナは『これはあくまで興味で聞くんだけど』、と前置いて聞く。
「失礼ですが、学者先生はどのようなご研究をされているのですか?」
「主に魔法です」
蔵之介が短く答えた。
「魔法と言ってもたくさんありますよね?」
「どこの国の出身かも含めてその辺りは詮索しないで頂けると、このあとも友好的にお話ができると思いますよ」
「では、最後にひとつ。遺跡やアーティファクトもご研究の対象なのでしょうか?」
クギを刺したにもかかわらず聞いてきたことに、蔵之介のなかで警鐘が鳴り響く。
「魔法が絡むので広い意味で言うなら対象なんでしょうね。ですが、専門外なのでその辺りのことは出来るだけ関わらないようにしています」
「刑事さんにも困ったものです。もう少し他のことにも目を向けてくれるともっと出世できたんですけどね」
三好がすかさず話を合わせた。
二人の反応に納得したのかヘルミーナはそれ以上聞いてこない。あまりの淡白さに不信感を持った蔵之介が聞く。
「またどうして、私の研究にご興味をお持ちになったんですか?」
「いえ、学者先生の方とお会いするのが初めてでしたので」
ヘルミーナは興味本位で聞いただけなのだ、と軽く笑って見せる。
再び蔵之介が彼女をうながした。
「それで相談とは何ですか?」
「あら、学者先生はせっかちなのね」
「このあとも予定が立て込んでいるんですよ。何よりも時間が惜しいものでね」
蔵之介のその言葉に三好が反応する。
「武器屋では『時間を取らせるつもりはない』とのお話しでした、そろそろ泊るところを探しに行きましょう」
三人がほぼ同時に腰を浮かせた。
慌てたのはヘルミーナと彼女の横に鎮座している冒険者たち。
「ちょ、ちょっと待ってください! お話しします! いますぐ本題に入りますから!」
彼女は慌ててそう言うと、蔵之介たち三人が椅子に座るよりも先にヘルミーナが話しを始める。
「実は私たち、いまとても困っているんです。そこで学者先生の腕を見込んで助けて欲しいんですよ」
「その説明では何をお困りなのかも分かりませんし、どのような助けが欲しいのかも見当がつきません」
にべもない蔵之介の対応にもヘルミーナは怯まない。
「いま、この街には多数の開拓者がやってきているのは知ってます?」
「噂話で聞いた程度には」
身を乗り出すヘルミーナとは対照的に、蔵之介が興味なさそうに答えた。
傍から見ていても温度差が激しい。
だが、ヘルミーナはそんな雰囲気に負けることなく話を続ける。
「開拓地は東側と西側があって、西側の開拓地で鉄の鉱脈が見つかったんですよ」
遺跡やそこから発掘される魔道具には遠く及ばないが、それでも国力を向上させるのには鉄が必要不可欠な要素なのだと語った。
「良いことじゃないですか」
「ところが、鉄の鉱脈を巡って領主側と領民側とで問題が起きてるんですよ」
普通に考えれば土地は領主のものだろうから、何の問題も起きそうにない。
まだまだ本題には遠そうだな、と感じながらも蔵之介は黙って話を聞くことにした。
「一つは鉄の鉱脈を巡る争い。これは開拓地の半分は開拓者に所有権を認めると領主が証書で約束しているんです」
「だったら話は簡単ですよね? 半分は領主、半分は開拓者で分け合えばいいじゃないですか」
清音が不思議そうな顔をすると、ヘルミーナは軽く頭を振る。
「ところが、開拓者のなかには――、ああ、面倒臭い! 鉄の鉱脈を探しに来ている人たちのなかには隣の伯爵領の商人や有力者もいるんです」
「噂では隣の伯爵の回し者もいるって話です」
ヘルミーナの隣に座った若い男が捕捉した。
あからさまに嫌悪を含んだ顔だ。
伯爵領から流入してきてた者たちを嫌っているようで、初対面である蔵之介たちに対してもそれを隠そうとしない。
「それで困るのはここの領主であって、皆さんではありませんよね?」
「あたしたちが困っているのは街の治安よ。最初は領主の衛兵。でもそれだけじゃ
「平たく言うと土地を巡る開拓者同士の争いの仲裁です」
再び隣の男がヘルミーナの捕捉をした。
彼女の言葉が足りないのは興奮したり緊張したりしているのだけが理由ではないようだ、と男の様子からうかがい知る。
更に男が補足するには、キース男爵領の開拓者と伯爵領から流れ込んできた開拓者たちとの間で争いが激化。
その結果、最初こそ仲裁程度だったが、いつの間にか傷害事件にまで発展したのだという。
「で、業を煮やした領主様が傭兵団を雇って治安維持を任せたんです……」
若い男が語尾を濁らせた。
それが黒龍傭兵団だと言う。
「あなた方と黒龍傭兵団の目的は一緒ですよね? なぜ、いがみ合っていたんですか?」
どちらかというと、一方的にヘルミーナたちが噛み付いていたように見えたがそれは敢えて口にしない。
「最初は――」
男が説明しようとするのを遮ってヘルミーナが力任せにテーブルを叩いた。
「領主様が欲をだしたんだ!」
拳がテーブルに衝突する音と彼女の叫びが重なる。
傍らにいた男たちが目を丸くするのにも気付かずにヘルミーナが話を続けた。
「領主様が雇った開拓者が鉄の鉱脈を探すのに黒龍傭兵団が力を貸している。開拓もしていない土地に立ち入り禁止区域を作って睨みを利かせるようになったんだ! いまじゃ、男爵領も伯爵領も関係なく開拓民を西側の開拓地から追いだそうとしているんだよ」
「一番悪いのは伯爵領から来た開拓者みたいですから、領外の開拓者に対して退去命令を出せばいいじゃいですか」
清音の言葉にヘルミーナが、『分かってないね、このお嬢ちゃんは』という表情で小さく頭を振り、
「下手なことをすると伯爵と戦争だ」
沈んだ声で言った。
「うわー、ぐちゃぐちゃですね。そうなると全員が悪者に見えちゃいますよ」
軽い口調の清音の発言にヘルミーナと冒険者の男たちが目を剥く。
そして清音に噛みつくようにヘルミーナが叫ぶ。
「でも、正義はあたしたちにあるわ。領主様との約束を信じて、夢を見て、故郷を後にしてここへ来た人たちが大勢いるのよ。開拓を認める証書だってある! 開拓者側にはなんの落ち度もないもの!」
「そうですね。でも伊勢さんは一方の話だけを聞いて判断するような愚かなことはしませんよ」
「あたしたちが嘘を吐いているでも――」
清音に掴みかかりそうな勢いで立ち上がるヘルミーナを傍らの男たちが抑えた。
立ち上がったままの彼女に蔵之介が言う。
「嘘を吐いているとは言っていません。彼女は、あなた方の視点からは見えない事実もあるかもしれないと言っているのです」
ヘルミーナが腰を下ろしたところで蔵之介が話を再開した。
「そもそも、あなた方は私たちに何をどう協力して欲しいのかさえ言っていませんよ」
事実、ここまではヘルミーナたちの視点での事情説明と自分たちの正当性を主張するだけである。
蔵之介がそのことを指摘すると、いままで一言も発しなかった年配の男が口を開いた。
「領主様の右腕であるダルトン様がこの問題を解決すべく腕に覚えのある人たちを集めています。学者先生には是非ともダルトン様とお会いになって頂きたいのです」
自分たちが勝手に動くわけには行かないのだと、ダルトンの指示で動いているのだ、と告げた。
「ここでもダルトン様、ですか」
三好がため息交じりにつぶやくと、蔵之介を挟んで清音が三好に話しかける。
「露店でも聞きましたね、その名前」
「若い騎士でしたな」
「爽やかそうなイケメンでした」
会話をする二人をそのままに、蔵之介が『もしかしたら、嫌なのが顔に出ているかもしれませんが』、前置くと嫌そうな表情で男に言う。
「この街にはもう少し滞在するつもりですから、会うだけは会いましょう。ただし、ご協力できるかは別の話だと言うことはご理解ください」
「それで構いません。では、日時を調整するので滞在先を教えて頂けませんか?」
「実は、それを決める前にここへ連れて来られたんですよ」
蔵之介の言葉に男が顔を引きつらせた。
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あとがき
□□□□□□□□□□□□□□□ 青山 有
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どうぞよろしくお願いいたします。
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『【改訂版】国境線の魔術師 休暇願を出したら、激務の職場へ飛ばされた』
を一部改訂して投稿しております。
こちらもお読み頂けますと幸いです。
【改訂版】国境線の魔術師 休暇願を出したら、激務の職場へ飛ばされた
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