第10話 宿屋にて
宿泊の手続きを済ませた三人は、蔵之介の部屋に自然と集まっていた。
清音は窓際に移動させた椅子に腰かけて街の様子を興味深げに眺め、三好は買ったばかりの剣を確認している。
部屋でくつろぐ二人に蔵之介がぼやく。
「何で私の部屋なんですか?」
「女性であるあたしの部屋に男性を入れるわけにはいかないじゃないですか」
「刑事さんに仁徳があるから自然と人が集まってくるんですよ」
蔵之介が中途半端に伸びた髪を
「まあ、いいですけどね」
「それで、どうするんですか?」
三好が本題を切り出すと、清音が面白くなさそうに聞く。
「ダルトンという人と会うんですよね?」
武器屋では関与する気満々だった清音がヘルミーナとの会談の途中から、すっかり興味を失っていた。
その様子に蔵之介と三好が視線を交わして苦笑する。
「まず、ヘルミーナさんたち冒険者の言うことを鵜呑みにはできません」
「なーんか、嫌な感じの女の人ですよね」
蔵之介の言葉に清音が不機嫌そうな顔で同調した。
「また随分と嫌ったものですな」
「だって、あたしのこと子ども扱いするんですよ」
子ども扱いされたことに相当腹を立てていたのは分かっていたが、それを口に出してしまうあたり、考えていた以上に子どもなのだと蔵之介は内心で苦笑する。
「ダルトンと言う方とは会います。約束ですからね」
「出来れば晩餐会とかに招待して欲しいですよね」
「久しぶりの異世界の食事ですな」
国境を抜けて森を移動する間、調味料や若干の食材を琴音経由で現代日本から取り寄せ、森で狩った鳥やイノシシをメインの材料に調理をしていた。
「三好のお爺ちゃん、料理上手じゃないですか」
「妻に先立たれた寂しい老人です。料理くらいしか趣味がなかっただけですよ」
三人のなかで唯一まともに料理が出来る三好が照れたように言う。
「謙遜しないでください。野生の鳥やイノシシを食材にしてあれだけの料理ができる人は少ないと思います」
そう言う蔵之介に自分のことを棚に上げた清音が言う。
「伊勢さんはもう少し料理ができると思っていました」
「独身の男の料理だ」
「信じられません。琴乃がいたというのに独身とか言っちゃうんですか?」
『琴乃が可哀そう』、と訴える。
「引き取ったときには琴乃さんは料理が出来たからね。それに、ああ見えて琴乃さんは料理が上手なんだよ」
「知ってます。琴乃とは中学からの親友ですから!」
「そう言えば、よく食べに来ていたね」
「食べに行ったんじゃありません。料理を習いに行っていたんです」
蔵之介が記憶を手繰ったが料理を習っている姿は思いだせない。脳裏に蘇るのはどれも美味しそうに食べている姿だけである。
「そうだったんだ。いま、初めて知ったよ」
「手作りの釜戸じゃなく、IHコンロやオーブンがあれば、あたしだってちゃんとお料理できるんですよ」
と誇らしげな清音を前に、料理に関しては物覚えが悪いようだな、と蔵之介と三好が納得したようにうなずく。
「と言うことで、
「頑張ってみましょう」
二人のやり取りを微笑ましそうに見ていた三好が、『話を戻しましょうか』、と話題をダルトンとの会談に戻す。
「それで、ダルトンさんには協力しないつもりで話に臨むのでしょうか?」
三好のその一言で蔵之介が表情を変えた。
「話は聞きますが、いまのところ協力するつもりはありません」
「少なくともヘルミーナさんたちの話を聞いただけでは首を突っ込まない方が良さそうでしたな」
「あの女の人、伊勢さんを利用することしか考えていませんよ。次は何をしてくるか分かりませんから気を付けてくださいね」
「心配してくれてありがとう」
「軽く流さないでください。油断したらハニートラップを仕掛けてきますよ、ああいう性悪女は!」
女の人から性悪女に変わった。
「刑事さんなら軽くあしらうでしょ」
「ハニートラップに掛かるようなことはないよ」
「引っ掛かったら琴乃に報告します」
「それは怖いな」
「弱点を探るなり、適当に当たりを付けて仕掛けてくることもないとは言えませんな」
「伊勢さんの弱点は琴乃だから大丈夫ですよ」
異世界の住人が現代日本にいる琴乃に手出しが出来ない、と笑顔を浮かべる清音に心配そうな視線を向けた三好が蔵之介に言う。
「最大の弱点は、ですな」
琴乃に手を出すことは出来なくても、清音がターゲットになる事は十分に考えられる。
「ええ、十分に気を付けます」
「そもそも、領主から協力要請があったわけでもありませんし、領主の考えを直接聞いたわけでもありません。臣下の一人にすぎないダルトンから協力を要請されたところで協力する必要性はありませんよ」
蔵之介の言葉に三好が考え込むようにつぶやく。
「領主の考えですか……」
「やっぱり責任者が『こうするんだ!』、って示さないとダメですよね」
「鋭いですな、娘さん」
「黒幕が誰なのか三人で予想しますか?」
悪そうな顔をした蔵之介が口元を綻ばせた。
すると、三好が即座に同調する。
「面白そうですな」
「え? 黒幕なんているんですか?」
「いたら、面白いかな、と思っただけだよ」
「あー。伊勢さん、意地悪な顔になっていますよー」
「一本取られましたな」
「否定はしません。ちょっとした悪趣味な楽しみです」
そう言って蔵之介が黒幕となりそうな人物を列挙する。
隣の領主であるバーンズ伯爵。
キース男爵。
キース男爵の片腕であり、開拓民から絶大な支持を受けているように見えるダルトン。
黒龍傭兵団のイグナーツ・クライゼン団長。
裕福な商人や開拓者たちの誰か。
この街の有力者の誰か。
この街の冒険者の誰か。
「――――いま、予想される黒幕の正体はこんなところでしょうか」
「はい、はい! この街の冒険者の誰かだと思います!」
「どうしてそう思うんですか?」
三好が笑いをこらえながら聞いた。
ヘルミーナ憎し、から来ているのは容易に想像できた。
「領主を弱体化できるチャンスなんて滅多にありませんよね? この機会を利用してわずかな自治権でもいいので手に入れようとしているんだと思います」
「娘さんらしいですな」
「いやー、ある意味純粋だなー」
「何だか嫌な感じですよ、二人とも」
膨れてそっぽを向く清音を見てひとしきり楽しそうに笑った三好が自分の考えを口にする。
「私はここの領主、男爵が怪しいと思っています」
「ほう!」
蔵之介が興味深げに声を上げると、そっぽを向いていた清音がピクリと反応して、視線を蔵之介へと向けた。
「ここまで動きがありませんからな。いくら隣の伯爵が恐ろしいと言っても同じ国内の貴族です。一方的に損失を被ると分かっていて黙っているとは思えません」
「いい推理ですね」
「探偵小説は随分と読み漁りました」
口元に笑みを浮かべる三好に、やはりニヤリと笑みを浮かべた蔵之介が聞く。
「だったら、一番怪しくない人物が犯人とは考えなかったんですか?」
「この街の冒険者の誰か、ですか?」
三好が『それはないでしょう』、と笑い飛ばす。
「伊勢さんは誰だと思うんですか?」
「いまのところダルトンさんですね」
「いまのところ?」
清音が不思議そうな顔でオウム返しにつぶやいた。
「実はダルトンさんの裏に未だ登場していない黒幕がいるんじゃないかと思っています」
「例えば?」
「興味深いですな」
清音と三好が身を乗りだした。
「別の領地の領主とか国の重鎮とかですね。或いは……、領主の跡取り息子が領主失脚を狙って裏で糸を引いているとかでしょうか?」
「うわ! よくそんな悪いこと考え付きますね」
驚く清音を蔵之介が楽しそうに見ていた。
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