第11話 晩餐会への招待

 蔵之介たちは泊っている宿屋の向かいにある食堂へと来ていた。


 夕食時ということもあり店内は満席。

 そこかしこからヒソヒソとささやく声が聞こえていた。


「冒険者と鉱夫が多いようですな」


「傭兵が見当たらないところを見ると、お互いに棲み分けが出来ているようですね」


 蔵之介の言葉に清音が軽い驚きを示す。


「冒険者と傭兵団とでバチバチにやり合っているのかと思っていました」


「食事時まで喧嘩していたら身も心も疲れ切ってしまいますよ」


 と三好。


「そう言われるとそうですね」


 納得した清音がさらに続ける。


「やっぱり食事は落ち着いて静かに食べたいですよね」


「いやー、普段はもっと騒がしいんじゃないかな」


「でしょうな」


「さっきから感じていた異様な雰囲気は気のせいじゃなかったんですね」


 三人の間に沈黙が流れる。

 改めて周囲に注意を向ければ、お客たちばかりかウェートレスまでもがチラチラと彼ら三人に好奇の視線を向けていた。


「知れ渡っているな……」


 蔵之介が不意につぶやくと清音と三好が間髪容れずに反応する。


「原因は伊勢さんですね」


「人助けとは言え少々やり過ぎましたな」


 森の中でオークの群れに襲われていたこの街の住民を助けたのだが、助け方に問題があった。


 この世界の住人たちが知る魔法スキルからは大きくかけ離れた攻撃魔法でオークの群れを一蹴したのだ。

 それも蔵之介たった一人で、である。


 助けられた住民たちの目に映ったのは圧倒的な破壊力――、その場に居た者たちすべてが一瞬で畏怖するほどの攻撃魔法だった。

 さらに術者を起点とせずに発動する、この世界の常識から大きく逸脱した魔法まで飛びだしたのだ。


 オークを撃退するだけならそこまでの攻撃魔法は必要ないことは蔵之介も理解していた。

 よそ者である自分たちを容易に受け入れてもらうためにも、魔法に長けていると思われた方が得策だと考えた結果である。


 だが、思惑以上の効果があった。


「反省しています」


 と蔵之介。


「もっとも、武器の一つも携帯していなかったのは迂闊だった、と今更ながらに思いますな」


「森の中で出くわした魔物や猛獣も、魔法だけで何とかなっちゃいましたからね」


 三好と清音から力のない笑いが漏れた。


「唯一武器を使用したのがイノシシを解体したときくらいですからね」


「刃に脂が付いてなかなか難しいものでしたな」


 城から逃亡する際に宝物庫から持ちだしたナイフでイノシシの解体をしたことを思いだしてほほ笑む蔵之介と三好。

 それとは対照的に清音がゲンナリとした顔で訴える。


「食事中なんですから、やめてくださいよー」


 蔵之介たちの噂に尾ひれはひれが付いたもう一つの理由が丸腰にあった。


 生活圏付近に魔物や盗賊が存在する世界である。

 人々は自衛のために武装する。護衛に守られた貴族の令嬢ですら護身用の武器を携帯していることが常だ。


 魔物の生息域を武装せずに旅するなど強力な攻撃魔術を持った魔術師くらいである。

 そしてこの国では攻撃魔法の使える魔術師の希少性は非常に高く、比例して地位も高くなっていた。


 加えて異国の学者でもあるという触れ込みだ。

 噂が広がるのに材料は事欠かなかった。


「武器は一通り揃えたので、次は服装を何とかしましょう」


「確かに、これでは目立ちますな」


 自身が着ている日本製の服を見て三好が苦笑いした。


 上はカットシャツにパーカーを羽織り、下はチノパン、足元はトレッキングシューズといういでたちだ。

 蔵之介も似たようなものだ。


 清音に至ってはトレッキングシューズこそ履いていたが、上はブラウスに下は膝丈ほどのフレアスカートである。

 どれも琴乃に頼んで日本から取り寄せたものだ。


 当然、服装だけでも十分に目立っている。


「この街の人たちに出来るだけ近い服装をしましょう」


「賛成です」


「え!」


 蔵之介の提案に清音がギョッとした顔をした。

 すかさず蔵之介と三好が顔を見合わせる。


 彼らを召喚したベルリーザ王国を脱出してから服を調達する術がなかったというのもあるが、彼らが日本から取り寄せた服を着ているのはこの世界の服――、特に肌触りに慣れなかったというのが最たる理由だった。

 下着がその筆頭だ。


 蔵之介の能力を使って日本で売られている様々な製品が取り寄せられると知ったとき、清音が真っ先に取り寄せたのがシャンプーとリンス、下着だった。


「とは言え、下着は日本製にしたいですな」


「見えないところは日本製で大丈夫でしょう」


 それを思いだした三好と蔵之介が外から見える範囲を取り繕う方向に話を誘導すると、


「そ、そうですよね! そうしましょう! 素晴らしい考えだと思います!」


 清音が勢い込んで賛成した。


「では、明日は朝から服を買いに行きましょうか」


 ◇


 翌日の買い物帰りの昼下がり、蔵之介と清音、三好の三人が連れ立って大通りを歩いていると、清音が居心地悪そうにつぶやく。


「なーんか、まだ視線を感じるんですよね」


 あまりに目立つ、という理由で三人は日本の服からこの街で購入した服へと着替えていたのだが人々の視線は相変わらずである。


「服を買い揃えたくらいじゃ、ごまかせませんでしたか」


 明らかに異なる容貌というのも注目を集める理由の一つであったが、それ以上に「腕利きの魔術師である異国の学者一行」、という噂が広がっていたのが最たる理由であった。

 その事実から目を逸らすように蔵之介が苦笑いを浮かべて言う。


「この街の人たちの容貌は西欧人に近いですから、我々が浮いてしまうのは仕方ないでしょ」


「手遅れと言うことですね」


 現実から目を逸らす蔵之介と三好の会話に清音が割って入った。


「さすが娘さん。そのことに気付きましたか」


「隠しておきたかったけど無理だったかー」


「二人ともあたしのことバカにしてますよね?」


「琴乃と同じ年の女性として扱っているつもりだよ」


「若い人は背伸びしがちですからな」


「もういいです!」


 頬を膨らませた清音が早足で先行する。

 次の瞬間、前方から走ってきた馬車が清音の方へと急に向きを変えた。


「危ない!」


「キャー!」


 清音が悲鳴を上げるよりも早く蔵之介が早く反応した。

 馬車と清音との間に割って入ると前面に重力障壁を展開する。


 周囲の人たちからも悲鳴が上がるなか、清音の行く手を塞ぐようにして馬車が停まった。


「西園寺さん、下がって」


「娘さん、こっちへ」


 遅れて追いついた三好が清音を自身の傍らへと移動させる。


「どういうつもりだ」


 展開した重力障壁を解除した蔵之介が御者を睨み付けた。

 無言でいる御者に代わって馬車から降り立った執事風の男が蔵之介に語り掛ける。


「私はこの地を統治するキース男爵家で家令を務めるレイトンと申します。本日は男爵様から、こちらの書状をお渡しするようにと仰せつかって参りました」


 深々とお辞儀をして蔵之介に書状を差しだすが、それを受け取る素振りも見せずに蔵之介が言う。


「私に用件を伝える前に彼女に一言あっても良いのではありませんか?」


 蔵之介が左手で清音のことを示すとレイトンは小さく鼻を鳴らして、


「驚かせてしまいましたか。これは失礼いたしました」


 清音に向かって深々と頭を下げた。

 口調と仕草は丁寧だが誠意はまったく感じられない。


 無言で眉をしかめる蔵之介にレイトンが言う。


「彼はベテランの御者です。十分な距離もございました。間違ってもお連れの女性に怪我を負わせることはありません」


 過剰に反応し過ぎだと言外に語った。


「私たちはそちらの御者の技能を知りません。見れば馬も大きく立派だ。それが急に方向を変えて自分に向かって来れば恐怖心を覚えるのは当然だとはお考えになりませんでしたか?」


 蔵之介が思慮の浅さを指摘するが気にする様子もなく書状を再び差しだす。


晩餐会ばんさんかいの招待状でございます」


「ご領主から晩餐会に招待される理由が思い当たらないのだが?」


 これ以上何を言っても無駄だと判断した蔵之介がレイトンの差しだす書状を受け取りながら聞いた。


「私も理由は存じ上げておりません」


「これに書かれているのでしょうか?」


「書状の中身についても存じ上げません。私はそちらの書状をクラノスケ・イセ様へお届けするよう仰せつかっただけですので」


 ダルトンからの夕食の招待があるだろうことは冒険者ギルドとのやり取りから想像していたが、領主からの晩餐会への誘いは想定外だった。

 今後のことを考えると領主からの招待を断るのは得策でないと判断した蔵之介がレイトンに告げる。


「ご招待、謹んでお受けします。そうお伝えください」


「それでは今夜の晩餐会でお待ち申し上げております」


 そう言って馬車に乗り込むと土煙を立てて馬車が遠ざかって行った。

 遠ざかる馬車から手にした書状に視線を移したタイミングで清音と三好が話しかけた。


「嫌な感じの人でしたね」


「家令と言ってましたな」


「家令って使用人のなかで一番偉いんじゃありませんでしたっけ?」


「少なくとも態度だけは偉そうだったね」


 蔵之介が面白くなさそうに漏らす。


「ダルトンさんから夕食のお誘いが来ると思ったらそれを飛び越して領主ですか」


「夕食会へ向かうまでに出来るだけ情報を集めましょう」


 買い物をしながらダルトンに関する情報を積極的に集めていた彼らであったが、領主に関する情報は少なかった。


「もう一度買い物に行きますか?」


「そうですね、少なくとも領主の晩餐会に参加しても失礼のない服くらいは調達したいですね」


 蔵之介が手にした招待状に再び視線を落とす。

 そこには今夜の晩餐会の時間と「クラノスケ・イセ様ご一行」と記されてるだけであった。

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