第3話 荷馬車に揺られて
待ち合わせていた丘のふもとに到着すると、四台の荷馬車と四頭の騎馬が待っていた。荷馬車は薬草摘みにきた女性が乗ってきたもので、騎馬は護衛の冒険者たちが乗ってきたものである。
丘のふもとを通る街道は、幾つもの丘や小さな森を迂回するように、緩やかな蛇行を繰り返して伸びている。
路面には幾条もの
馬車に揺られながら、蔵之介が騎乗したロイに確認する。
「――――すると、ここがセーベル王国で間違いないんですね」
セーベル王国。
蔵之介たちを召喚したベルリーザ王国とは、山脈を国境線として国土を接する王国であり、蔵之介たちが当面の目的地として定めた国であった。
当面の目的地とした理由は二つ。
一つは国交が断絶して五十年余が経過しており、国情に疎く追手を差し向けるにしても、容易ではないだろうとの推測からだ。
もう一つは地理的な理由。越境するには山脈を越える必要があったからである。
「セーベル王国キース男爵領です。いま向かっているのは、国境の街であるバーゼルです」
ロイの言葉に蔵之介だけでなく、傍らで話を聞いていた三好と清音も安堵の表情を見せた。
「それを聞いて安心しました。森で迷ったのではないかと、不安だったんですよ。何しろ、これまでは建物の中で、魔導書ばかり読んでいましたからね」
「先生はしばらくバーゼルに滞在するんですか?」
蔵之介にロイが聞いた。
「そのつもりです」
蔵之介たちは自分たちがこの世界の常識に疎いことをごまかすため、研究所にこもって魔法の研究をしてきた学者であると身分を偽ることにした。
そして用意した嘘をすらすらと口にする。
「しばらく滞在して、世の中の常識や乗馬、馬車の操車など、旅に必要な知識と技術を習得しようと思っています」
どちらも旅にでる前に準備するものなのだが、それすらも『世間知らずの学者』ということでロイたちは納得していた。
多分に命の恩人という補正もある。
だがそれ以上に、蔵之介たち三人の相手に警戒心を抱かせない風貌や穏やかな言動が大きな理由であった。
「情けないお話ですが、旅にでて初めて分かりましたよ」
蔵之介が面目なさそうに曖昧な笑みを浮かべると、助手という設定の
「そうなんですよー。あたしたちって本当に世間知らずで、常識とかが完全に欠落しているんです」
「まずは常識ですな。世界各地の遺跡を調べて回るのはその後になりますなあ」
快活に笑う三好の横で清音が引きつった笑みを浮かべる。
返答に困って苦笑いするロイの隣で、遠慮のないハンナが明るく笑った。
「自分がどんなに凄い魔術師なのか、先生が分かっていなかったのも納得したよ。世間知らずの学者先生だったんだねー」
「こ、こらっ。ハンナ、先生に失礼だろ」
「す、少しは、礼儀をわきまえろ!」
ロイとグレンが顔を青ざめさせ、ルディがハンナを睨んで言う。
「姉さん、少しは口を慎んでくれよ。俺の方が恥ずかしくなるじゃないか」
「なんだい、ルディのくせに。あんた最近生意気に――」
ハンナの言葉を遮って、
「いやー、お恥ずかしい。世界中を回って遺跡を調べて回る。そう意気込んで研究所を飛び出してきましたが、世の中のことを何も知らずに苦労しています」
「まったくですな。人間、学問だけではダメだとつくづく思いますわ」
蔵之介と三好が揃って笑いだした。
するとハンナも釣られて破顔する。
「ほら、先生たちはあんたらと違って心が広いんだよ」
してやったり、という様子のハンナの頭をロイが押さえる。
「すみません、先生。こいつバカなんです」
無理やり頭を下げさせると、げんなりした様子で一緒に頭を下げた。
「ロイさん、ハンナさん、頭を上げてください。私たちは気にしていませんよ。それに世間を知らないのは本当のことですから」
「ありがとうございます、先生。あの、分からないことがあったら何でも聞いてください」
再び謝罪するロイと馬を並べていた、グレンとルディも申し訳なさそうに頭を下げた。
◇
馬車に揺られて進むこと二時間余、荒れ地を開拓する人たちの姿がチラホラと見えてきた。
開拓者たちの様子を眺める蔵之介にロイが言う。
「農地開拓です。領主様の政策で農地の拡大を推奨しているんですよ」
「農地拡大政策?」
蔵之介の疑問に、荷馬車に同乗していた十代後半の少女と二十代半ばの女性が教えてくれる。
「開拓した農地の半分を、開拓者本人の所有する土地として認めてくださるんです」
「しかも、三年間は税が免除されるんですよ」
「へー、随分と良心的な領主さんですね」
感心したようにつぶやく清音に、少女と女性が顔を見合わせて言う。
「そう、ね。もう少し考えて欲しかったけどね」
「取り決めが中途半端だから、もめ事が絶えないのよ」
二人以外にも荷馬車に同乗している女性たちが、何か言いたそうな表情を浮かべていた。
そんな彼女たちと開拓者を見比べていた蔵之介が聞く。
「随分と大勢で開拓しているように見えますね?」
個人に対して所有を認める政策にもかかわらず、大勢が固まって開拓をしている様子に疑問が湧く。
「人を雇って開拓しても、雇い主の土地として認められるんです」
「なるほど、裕福な開拓者は大勢の人を雇って開拓をしている、とうことですか。それは一般の開拓者は面白くないでしょうなあ」
相槌を打つ三好に荷馬車に同乗していた女性たちがさらに言う。
「その程度なら良かったんですけどね。……鉄がでちゃったんですよ」
「鉄? 鉄鉱石ですか?」
蔵之介の疑問に二十歳くらいの女性が前のめりになって答える。
「そうなのよ。こことは街を挟んで反対側、西側の開拓地で鉄が見つかっちゃったのよ」
彼女のそのセリフを皮切りに馬車の中が突然姦しくなった。
「鉄鉱脈が見つかった西側は大騒ぎよ。よそから開拓者や商人がわんさと押し寄せてきたの」
「鉄鉱石の採掘業者や商人が集まってくるだけならいいけどさ、街中で暴れるならず者や素行の良くない冒険者、ゴロツキみたいな傭兵団まで集まってきちゃったのよ」
「同じ街にはいて欲しくない連中ね」
「補償金を提示して、鉄鉱脈は領主が買い上げれば良さそうに思えますが?」
蔵之介が疑問を口にした。
「それがそうも行かなくなっちゃったのよ。隣のバーンズ伯爵の息のかかった開拓者や商人が入り込んできて、男爵様との交渉に応じないの」
蔵之介の疑問に答えた女性が天を仰ぐ。
「しかも、他の開拓者まで伯爵の後ろ盾をもらって、抵抗しているんだから始末に負えないわよ」
「それは大変ですね」
もめ事の予感しかしない彼女たちの話に、蔵之介は当面の拠点を変えようかと思案しだした。
その傍らで、相手が自分よりも格上の伯爵だから、何もできずにいるのかと疑問に思った清音が聞く。
「ここの領主は何もしていないんですか?」
「男爵様も手を焼いているみたいだよ」
「男爵様のとこの騎士や衛兵だけじゃ足りなくて、傭兵や腕利きの冒険者を集めているって話もきくよね」
同意を求めるように隣の女性に視線をむけた。
隣の女性は首を横に振ると
「表では穏やかに交渉しているように見せかけているけど、裏じゃ汚いことをやっているって噂だよ」
「噂?」
清音が反応すると、女性も身をのりだして『内緒だよ』、と小声で話しだす。
「男爵様もよそ者の冒険者や傭兵を雇って、鉄鉱脈を掘り当てた開拓者たちを、追い出そうと嫌がらせをしているって噂があるのよ」
「うわー、大人って汚いですねー」
清音がどこかで聞いたセリフを口にした。
「開拓者同士が裏でならず者を雇って嫌がらせしているとか、商人が雇ってやらせている、って噂もあるけどね」
「開拓者側もバーンズ伯爵の後ろ盾を得て冒険者や傭兵を雇っている連中もいるのよ」
「わー、泥沼じゃないですか」
清音の言葉に『そうなのよ』と大きくうなずく女性たち。
「お陰で街にはならず者があふれちゃってさ。空気が悪いったらありゃしない」
女性たちの口はますます軽くなる。
「開拓民同士で争うなら、あたしらに迷惑がかからないように争って欲しいよね」
「怪しいよそ者もたくさん入ってきたしね」
蔵之介が微妙な表情を浮かべると、
「あ、先生たちは別よ。他のよそ者とは違っていい人だもの」
オークから救出したことと、相応の腕があることを示した結果に蔵之介は内心でほくそ笑む。
「ありがとうございます」
その後も女性たちと打ち解けた清音が聞きだす情報に耳を傾けていると、前方に高い防壁と大きな門が見えてきた。
「先生、あれがバーゼルの街です」
女性たちの口が回りだすと、いつの間に距離を置いていたロイが馬を寄せて教えてくれた。
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