第13話 晩餐会

 キース男爵家の晩餐会に招待されたのは蔵之介たち三人だけだった。

 男爵家側の出席者は当主であるキース男爵、嫡男のジョシュア、第二夫人でジョシュアの母親であるカリスタ夫人の三人。


 ホストの席にキース男爵、男爵の右手側に蔵之介、三好、清音が並び、左手側にジョシュア、カリスタ夫人が並んだ。


「本日はお招き頂きありがとうございます。なにぶん他国の者でもあり、研究一筋でこのような席での礼儀を知らない無作法者です。失礼があったとしてもご寛容かんよう頂けると助かります」


 蔵之介がホスト席に座ったキース男爵にお辞儀をする。

 彼に続いて三好と清音が挨拶をし終えると、キース男爵が鷹揚にうなずく。


「こちらこそ、突然のことにもかかわらず足を運んで頂き感謝する」


 長期の闘病生活でやつれているのもあったが、五十五歳という実年齢とはかけ離れた容貌ようぼうである。

 知らない人が見れば六十代後半だと思うだろう。


 表情や仕草も老いを感じさせる。

 続いて嫡男のジョシュアが紹介された。


「ジョシュアだ」


 不機嫌さを隠そうともせずに短く挨拶をしたのは二十歳を過ぎたばかりの青年でこのキース男爵領の後継者でもある。

 病気で伏せっているキース男爵に代わり、彼の右腕であるダルトン卿と主導権争いをしつつも実質的に領地を治めていた。


 続いて紹介されたのは第二夫人のカリスタ夫人。


「彼女はジョシュアの母親で私の妻だ」


「カリスタです。今日は晩餐会へようこそ」


 愛嬌のある笑顔を浮かべる。

 挨拶が終わると飲み物と料理が運ばれ、表面上は和やかな空気のなか食事が進む。


「それにしても紋章魔法とは珍しい魔法を研究対象にしている。もしかして、お国では紋章魔法の研究が進んでいるのかな?」


 キース男爵が蔵之介に探りを入れるように聞いた。

 蔵之介は自分たちの国籍を明言しなかったが、必要以上に怪しまれたり勘ぐられたりしないよう、ここまでの会話でベルシュタイン帝国を想像できるようにほのめかしていた。


 思惑通りのキース男爵の反応に蔵之介は内心でほくそ笑む。


「研究のための資金をだして頂ける程度には盛んですね」


「紋章魔法の研究で他国を放浪できるほどの資金を?」


 キース男爵が目を細めた。


「あまり追求しないで頂けると助かります」


 わざと表情を強ばらせる蔵之介を見たキース男爵がわずかに口元を緩めた。

 しかし、二人のそんなやり取りにまったく気付いていないジョシュアが吐き捨てるように言う。


「紋章魔法の研究に資金を割くなんて、我が国では考えられないことだな」


「失礼だぞ、ジョシュア」


「そうですか? 我が国の人間なら誰もが思うことでしょ?」


「お世継ぎ様のおっしゃる通りです。これまで幾つかの国で研究をしていましたが、大概の国で同じような反応をされます」


 と蔵之介が鷹揚に笑う。


「息子が失礼をしたね」


「お気になさらずに」


「イセ様、研究対象は紋章魔法だけですの?」


 今度はカリスタ夫人が聞いた。


「いいえ、他の魔法の研究もしています。と言っても、資金を出してくれる上層部の顔を立てる程度です」


「しかし、紋章魔法とはいえよく他国の研究者が受け入れられるな」


 当然の疑問をキース男爵が口にした。


「ご協力頂けずに門前払いをくうことも多々あります。ですが、遺跡の発掘や調査に協力させて頂いたり、我々の持つ知識を提供させて頂いたりすることでご協力頂けることも少なくありません」


「魔法だったり、ちょっとした道具の作り方だったりと色々です」


 突然、会話に入ってきた清音がなおも話を続ける。


「幾つもの国の行政も見てきたから行政の助言ができます。それと、回復魔法が使えるので怪我や病気の治療のお手伝いをすることもあるんですよ」


 彼女のセリフに蔵之介と三好が内心で天を仰ぐ。


 清音の言葉にキース男爵が「それは嬉しい情報だ」、と即座に反応した。


「ご覧の通り、半年以上も病に伏せっている。今日、とは言わない。後日で構わないので診てもらえないだろうか?」


「確実に治るとお約束はできません」


一縷いちるの望みだよ」


 キース男爵が力なく笑う。


「承知いたしました。では、日を改めお伺いさせて頂きます」


「すまないが、よろしく頼む」


 キース男爵邸へと再訪を約束したところで、デザートが運ばれてきた。


 ◇


「美味しかったー」


 よほどデザートが気に入ったのだろう、食べ終えた清音が感嘆かんたんの声を上げた。

 そんな清音の反応を微笑ましそうに見ていたキース男爵が彼女に話しかける。


「ところでお嬢さん」


「はい!」


 予想外のことに清音が慌てて居住まいを正す。


「先ほど、行政の助言もすると口にしたね」


「はい」


 清音が助けを求めるように蔵之介を見た。

 だが、キース男爵はお構いなしに彼女に向かって言葉を続ける。


「お恥ずかしい話、我が領地は少々問題を抱えていてね。第三者の視点での知恵を借りたいのだよ」


「父上!」


「あなた!」


 ジョシュアとカリスタ夫人が同時に声を上げた。

 ジョシュアがさらに言い募る。


「こんな学者風情に領地のことを相談するなど反対です!」


「お願いできるかな?」


 だが、ジョシュアの言葉を無視したキース男爵は視線を清音から蔵之介に移す。

 キース男爵と蔵之介の視線がぶつかった。


「ご子息とダルトン卿が協力しあって、立派に差配していると聞き及んでいます。そのようなところに、よそ者が口を挟むのはどうかと思います」


「その噂は間違っているか、君が嘘を吐いているかだな」


 見透かすような視線を蔵之介に向けた。

 緊張した空気が流れる。


 三好と清音の息を飲む音が聞こえた。


「あなた、もう少しジョシュアを信用してください」


「絶対に上手くやってみせます! ですから、こんなどこの馬の骨とも分からないような連中に領内の恥をさらすのは止めてください」


「お前たちは黙っていなさい!」


 顔を青ざめさせて訴えるカリスタ夫人と、椅子を蹴って詰め寄るジョシュアを一喝いっかつして黙らせると、キース男爵は蔵之介の承諾を待たずに話しだす。


「当領はここ十年ほど不作がないばかりか、この五年は希にみる豊作が続いていてね、二年ほどまえから農地の拡大と移民の受け入れを政策に掲げて推進している」


 周辺の他領に比べても相当に裕福なことが知れる。


「素晴らしいことです」


 隣のバーンズ伯爵家が警戒しちょっかいをだしてくるのもうなずけると蔵之介も思った。


「思惑通り農地の開拓だけが行われるなら問題なかったのだが、開拓地から鉄鉱脈が見付かってしまったのだ」


 鉄は国力に直結する。

 鉄鉱脈があればそれを販売して現金収入も得られるし、大量の武器を自領で生産ができるようになる。


 さらに王家に献上することで出世をする可能性も高まる。


「発見された鉄鉱脈はかなりの量になる。採掘された鉄の何割かでも王家に献上すれば陞爵しょうしゃくも夢ではない」


 現在の男爵位よりも上の地位である子爵や伯爵を狙えるだけの鉄鉱脈が発見されたのだとキース男爵が言い切った。


「良いこと尽くめのように思えますが?」


「隣の領地が豊かになるのを喜ぶ領主はいないよ」


 苦々しく笑った。

 隣のバーンズ伯爵家があからさまな嫌がらせを仕掛けてきたのだ。


 バーンズ伯爵家以外もどこの領主の仕業とも分からないスパイが入り込んでおり、情報が漏れている。

 それだけならまだしも、採掘した鉄の何割かが行方不明なのだという。


「その件なら現在調査中です」


 ジョシュアが自分の落ち度を指摘された子どものような反応をした。

 ジョシュアを一瞥するとキース男爵が再び話し始める。


「昨年末から病で伏せっていてね。領内のことは嫡男のジョシュアと配下のダルトンに任せているのだが、二人の意見がことごとく対立している。いや、意見が対立するのは健全なことなのだが、己の主張を通そうとするあまり有効な政策にも異を唱える始末だ」


 キース男爵が力なく首を横に振る。


「それは大変ですね」


「君たちの噂は耳にしている」


「私も耳にしましたが大袈裟な噂が広がっているようです」


 自分たちも困っているのだと蔵之介が苦笑する。


「わずかな時間、話をしただけだが君たちが高い教養を身に付けていることは十分に理解できたよ」


「恐縮です」


「私のためでもなければ、息子のためでもない。領民たちのために協力してもらえないだろうか?」


 老人を感じさせる容貌と仕草だが、その目は力を失っていなかった。

 何よりもキース男爵が領民のことを願っているのだと蔵之介も理解できた。


 蔵之介がさりげなく三好を見ると、彼は背中を押すように小さくうなずく。

 そのまま清音へと視線を移す。


 清音もコクコクとうなずいた。

 この瞬間、蔵之介の心が決まった。


「分かりました、できる範囲でご協力させて頂きます」


「おお! ありがたい、それでは明日、使いの者をやろう」


 愕然がくぜんとするジョシュアとカリスタ夫人をよそに、キース男爵がワインで満たされたさかずきを目の高さに掲げた。

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