第12話 晩餐会へ

 この地の領主であるキース男爵の晩餐会へ向かう馬車のなか、青いドレスに身を包んだ清音が言う。


「迎えの馬車を手配してくれたダルトンさんに感謝をしないとなりませんね」


「まあ、そうだね」


 蔵之介が歯切れの悪い返事をした。


 キース男爵の家令であるレイトンから今夜の晩餐会の招待状を受け取ったが、そこには晩餐会の日時だけが記されているだけだった。

 当然、馬車の手配などもされていない。


「キース男爵の有能な右腕、という噂に間違いはないようですな」


「まあ、気配りはできるようですね」


 三好の誉め言葉に対してもどこか含むような蔵之介の言葉に清音が不満そうな声を上げた。


「他人の親切には素直に感謝すべきです」


「会ったらお礼を言うことにするよ」


「そうですよ。あのレイトンとか言う嫌な家令とは大違いです」


「街での評判もダルトンさんとレイトンさんでは雲泥の差でしたな」


 街で集めた情報を思い出した三好が苦笑交じりで清音に同意した。


 ダルトンの評判は誰に聞いても悪口が出てこないのに対して、レイトンの評判はすこぶる悪かった。


 元メイドや現役メイドの叔母、出入りの商人たち。

 皆の話を総合するとレイトンが身分に対して厳格であり、他者に対しては無関心で思いやりに欠ける人間であることが分かった。


 比べてダルトンは真逆である。

 ダルトン自身、騎士爵の爵位を持っているにも関わらず平民にも気軽に接し、誰に対しても公明正大な人間であることがうかがえた。


「迎えの馬車がなかったら、この靴で街中を歩かなきゃならなかったんですから」


 急遽、琴乃に頼んで日本から取り寄せた水色のドレスのスカートを軽く持ち上げ、ハイヒールを履いた脚を軽く動かした。

 街中はシューズで到着してからハイヒールに履き替えれば済む話だよな、などと考えながらドレス姿の清音をぼんやりと眺めていると、清音が嬉しそうに聞く。


「琴乃のドレスを借りたんです。あたしもこういう恰好をすると大人っぽく見えるでしょ」


「ピアノの発表会で着てたやつだ」


 見覚えがあるドレスだと記憶の糸を手繰っていた蔵之介の脳裏に中学生のときの琴乃の姿が蘇った。

 そして、琴乃の裁縫の腕に感嘆の声を上げる。


「あの短時間でサイズを直したのか」


「琴乃、頑張ってくれました。もう、感謝、感謝です」


 はしゃぐ清音の姿を微笑ましそうに見ていた三好が蔵之介に話しかける。


「結局、日本から取り寄せた服になってしまいましたな」


「まあ、予想はしていましたけどね」


 新品の服を調達しようと服屋に駆け込んだのだが、この街で服を新調しようとすると、仕立屋に頼んでのオーダーメイドとなるか、針仕事の上手な知人に直接お願いするかになる。


 つまり、街で流通している服は古着ばかりとなる。

 結果、琴乃経由で日本から晩餐会用の服を調達することになった。


「何だか窮屈そうですね」


 清音が蔵之介を見ながら楽しそうに笑う。


「似合わないかな」


「格好いいですよ」


 普段からスーツを着ている蔵之介だったが今着ているのは滅多に着ることのないスリーピースである。


「一枚多いだけなのに落ち着かないものだな」


「似合っていますよ、刑事さん」


 そう口にした三好はバスの運転手の制服を着ていた。

 琴乃に頼んで三好の分のスーツも用意すると申し出たのだが、「慣れた服が一番です」とこの世界に召喚されたときの制服を選んだ。


「確かに慣れた服が良かったかもしれません」


 三好の選択が正解だったと慣れないスリーピースに身を包んだ蔵之介がぼやく。


「えー、スリーピースの方が素敵ですよ」


「ありがとう。西園寺さんもそういう恰好をすると大人びて見えるね」


 琴乃が中学生の時に来たドレスであることは伏せる。


「ですな。年頃の娘さんに見えますよ」


「本当ですか?」


 嘘である。


 普段よりも大人びて見えるのは確かだが、普段、中学生に見えるのが高校生くらいに見える、というのが正直な感想だった。

 当然、大人である二人はそんなことを口に出さない。


「そのドレスに合いそうなネックレスだけど、どうかな?」


 サファイアのネックレスを蔵之介が差しだす。


「え? いいんですか?」


「宝物庫にあった宝石をネックレスに加工してみたんだ。攻撃に反応して重力障壁を自動展開する機能も付いている」


「わあ! ありがとうございます」


 喜ぶ清音に聞こえないよう、三好が小声で聞く。


「大丈夫なんですか?」


「足が付かないように元の宝石の形状を残さないように加工してあるので大丈夫でしょう」


「よけいな心配だったようですな」


「いいえ、見落としがあるかもしれません。これからも気付いたことは言ってください」


「えへへへー。どうです? 大人の女性に見えます?」


 ネックレスを身に付け、子どものようにはしゃぐ清音。

 すかさず大人二人が持ち上げる。


「さっきよりも大人びて見えるよ」


「やっぱり年頃の娘さんというのは磨くと輝くものですな」


「ありがとうございます! お世辞でも嬉しいです」


「お世辞じゃありませんよ」


「やだなー、三好のおじいちゃん。言葉のあやですよー。お世辞だなんて思ってませんから」


 上機嫌でそう言うとネックレスを嬉しそうに眺め出した。


 ◇


 馬車の窓から眺めていた景色が変わる。

 夕闇の中に浮かぶ景色が木造の小さな建物が無造作に立ち雑然としたものから、石造りの家が整然と立ち並ぶ街並みのへと変わった。


「そろそろだな」


 蔵之介がつぶやくと清音もすぐさま窓から外をうかがう。


「正面に大きなお屋敷が見えます」


「かなり大きいですな」


「念のため遮音しゃおんの結界を張ります」


 蔵之介が二人にジェスチャーで静かにするよう示すと、そう言って空中に紋章を描きだした。

 紋章を見つめたまま黙り込む二人に向けてほほ笑む。


「もう大丈夫ですよ」


 蔵之介の言葉に息を詰めていた清音が大きく息を吐きだした。


「前に使った消音の紋章とは違うんですか?」


「消音は音が出ないようにする魔法だから違うね。今回使ったのは、遮音魔法と結界魔法を組み合わせた魔法で、音を外に漏らさないようにするものなんだ」


「つまり、ここの会話が外に漏れることはないと言うことですな」


「そうなります」


「またバリエーションが増えました?」


「神殿で録画した紋章魔法の書物を読みまくったからね」


 ベルリーザ王国を脱出した時よりも使える紋章魔法が各段に増えたのだと告げた。

 声が漏れないと安心した清音が普段と変わらない声で話を再開する。


「想像していたよりも大きなお屋敷ですね」


「向こうに見えるのが今年完成したという離れでしょうか?」


「とても追いやられた人が住むようなお屋敷じゃないですよねー」


 夕闇に浮かび上がる離れは母屋と変わらぬ大きさに見える。

 街中ではキース男爵の長女が正妻である母親とともに離れに追いやられた、と噂されていたが清音の言うように傍目の待遇は良さそうに思えた。


「追いやられたとは言え貴族の正妻とその令嬢ですから、我々では想像もできないような待遇なんでしょう」


 清音と三好の会話に耳を傾けながらも、蔵之介の視線が拡張工事中の敷地へと向けられる。


「敷地の拡張工事も予想以上に大掛かりなものだから、キース男爵の羽振りはかなりいいようだね」


 新たな農地の開拓とそれに伴う開拓民の流入。

 そこへ開拓地の一部から鉄鉱脈が発見されたのだから羽振りがいいのもうなずけた。


「新たな農地が開拓され領民が増えては隣の領主たちは面白くないでしょうね。まして鉄鉱脈が発見されたとあっては大人しくしていられないのも分かります」


「目障りなのは豊かなお隣さん、ということですか」


「相当厄介なことになってそうです」


 隣の伯爵家が開拓民や鉱夫に息のかかっている者を紛れ込ませているという噂や、冒険者や傭兵にまで配下の者を送り込んでいるという勘ぐりもあながち的外れではなさそうだった。


「厄介事に巻き込まれそうなんですか?」


「片足を突っ込んでますな」


 清音の疑問に三好が即答する。


「そんな気はしてましたー」


 半ば諦めたような口調の清音が救いを求めるように蔵之介を見た。


「揉め事に顔を突っ込むつもりはないよ」


「さすが、伊勢さん!」


「頼りにしていますよ、刑事さん」


「とはいえ、確約は出来ませんよ。何しろ、我々を引きずりこもうと多方面が画策しているんですから」


「弱気ですな」


「難しそうなんですか?」


「まあ、なるようになるでしょう」


 蔵之介が天井を仰ぎ見た瞬間、馬車が屋敷の門を潜った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る