第14話 帰路

 晩餐会を終えた蔵之介たち三人は帰りの馬車のなかにあった。馬車は訪問するときと同様、ダルトンが手配したものである。

 馬車が動きだすとすぐに会話が始まる。


 蔵之介の紋章魔法により遮音された空間は会話が外に漏れることがないので、三人とも声を潜める素振りもなかった。


「結局、協力することになりましたな」


「領民のため、と言われたら断りきれません。何よりも、キース男爵が領民のことを憂いているのは本心だと感じました」


「それで、どう協力しますか?」


 キース男爵に代わって領地経営をしているのは息子のジョシュアでそれを片腕であるダルトンが補佐していた。

 問題は、協力し合わないとならないその二人が、反発し合っているということだ。


「詳しい話を聞いてみないと何とも言えませんが、難しそうです」


 蔵之介が苦笑いを浮かべる。

 二人が単に反発し合っているだけならともかく、そこへ開拓民同士の確執と何やら企んでいる隣国のバーンズ伯爵が関与してきていた。


 さらに彼らの代理として傭兵や冒険者、果ては開拓民に扮した怪しげな連中までもが絡んでいるのだから始末が悪い。


「何だか、キース男爵が可哀想になっちゃいました」


 ため息を吐くと、清音は一気にまくし立てる。


「あのジョシュアとかいう息子! 態度は悪いし、利己的だし、父親の病気の心配よりも自分が主導権を握れるかどうかしか考えないように見えましたよ。伊勢さん、絶対にあんなやつの味方なんてしないでくださいね!」


「少なくともキース男爵が健在ならここまで複雑にはならなかっただろうね」


 苦笑する蔵之介に三好が聞く。


「そのキース男爵ですが、彼の病気が治れば問題の半分は解決しそうに思えるんですが、どう思いますか?」


「大きな改善になるのは間違いないでしょう」


 深々とうなずいた。


「いいですね、それ! キース男爵の病気を治して親不孝者の息子の未来を閉ざしてやりましょう!」


 ダメ息子の未来を閉ざすだけならこのまま放置しておくのが最も近道なのだが、残念ながら蔵之介の選択肢にそれはなかった。


「治せそうなんですか?」


「録画した紋章魔法の魔導書を再生して見直してみますが、何ヶ月も寝込むほどの病気を治す魔法が書かれている魔導書はなかったように記憶しています」


 ベルリーザ王国の図書館にあった魔導書は全て録画してあったし、神殿を脱出してからは寸暇を惜しんで録画した魔導書を読み漁った。

 少なくとも紋章魔法の魔導書のなかに心当たりはなかった。


 蔵之介としても救える命は救いたい。

 祈るように彼を見つめる清音に優しく言う。


「見落としがあるかも知れないからね。もう一度調べてみるよ」


「ありがとうございます」


 清音が顔を輝かせた。

 そのとき、馬車が突然止まった。


「遮音の魔方陣を解除します」


 蔵之介は即座に二人に告げて遮音の魔方陣を解除した。

 同時に、外部の音を聞き取るために集音の魔方陣を馬車の内部から外へ向けて展開する。


「何かありましたか?」


 三好が馬車の内部から御者席へ向けて聞くが、御者からの返事はなかった。

 三人が互いに視線で合図をし合う。


 狭い馬車のなかということで素早く短剣を構えて馬車の外の音を拾うことに集中した。

 聞き覚えのある声が外から聞こえてくる。


「分を弁えぬやからに忠告をするだけだ。貴様はそのまま動くな」


 御者に向けた指示はジョシュアの声だった。

 馬車が用意されている間、見当たらなかったのは不機嫌になり見送る気分でなかったのだろうと思っていたがそこまで子どもではなかったようだ。


 馬車の扉が外から開けられると、そこには騎乗したジョシュアと徒歩の若い従者がいた。


「これはジョシュア様、どのようなご用件でしょうか?」


 蔵之介が馬車から降りながらジョシュアに軽く会釈する。


「忠告しに来てやった」


「この件から手を引けと?」


「父上が依頼をした以上、私が手を引かせられないということすら分からないようだな」


 ジョシュアは「これだから平民は困る」、と益々不機嫌そうな顔をする。


「では、分かるようにお話し頂けますか?」


「俺の配下に入れ」


「ジョシュア様とダルトン卿に協力して、領内の揉め事を解決し、バーンズ伯爵の息のかかった者たちを排除して欲しい、という依頼だと思っておりましたが、もしかして違うのでしょうか?」


 勿論、キース男爵もみなまでは口にしていない。

 今日のところはそれを匂わせただけだ。


 だが、明日の詳しい話では間違いなくそこまでの話になる。或いは、それ以上の話になるだろう、と予測していた。


「ダルトンには協力をするな」


 ジョシュアがはっきりと口にした。


「最終決定者は責任者であるジョシュア様ではないのですか?」


「いいから言われた通りにしろ」


「この場でお約束はできませんが、頭の片隅に留めておきましょう」


 蔵之介の対応にジョシュアの苛々いらいらが募る。


「幾らだ? 幾ら用意すれば俺の配下になる?」


「明日、キース男爵様のお話を伺ってからでないと判断できかねます」


 言葉は丁寧だが蔵之介が一歩も引く気がないのは傍目にも明らかだった。


「では、これだけは約束しろ! 明日、父上との話し合いが終わったら私を訪ねてこい」


 ジョシュアは「いいな!」と言うと、蔵之介の返事も聞かずに馬に拍車はくしゃを入れた。

 若い従者が慌ててその後を追いかけた。


「馬車をだしてくれ」


 蔵之介は御者にそう言いながら馬車のなかへと戻っていった。

 馬車に戻ると同時に、集音の紋章魔法に遮音の紋章魔法を上書きする。


 それを待って三好が口を開いた。


「交渉もまともにできないボンボンとはダルトン卿も頭が痛いことでしょうな」


「頭が痛いのはキース男爵の方だと思いますよ」


 と清音。

 本当に頭が痛いのは領民の方だろうな、と蔵之介は思いつつもそれは口に出さずに別の話を切りだす。


「明日の夜、キース男爵と会話をする前にもう少し町で情報を集める必要がありそうですね」


「冒険者ギルドへの聞き込みと町中での買い物ですな」


「何だか、買い物ばっかりしてますね」


「それもありますが、鉄鉱脈が見付かったという西の開拓地に行ってみようと思います」


「揉め事の震源地ですか」


「わー、恐そう」


 まったく怖がっていない。むしろ、どこか楽しそうなひびきをはらんでいた。

 それを三好がからかうように指摘する。


「楽しそうですな、娘さん」


「いやだなー、三好のおじいちゃん。これでも怖がっているんですからね」


 キャッキャッと清音が笑うと、再び馬車が停車した。


「今度は誰だ?」


 蔵之介がため息を吐いた。

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