第23話 会談、ミルドレッド・キース

「いま用意させている紅茶は少し酸味が強いもので、好き嫌いが分かれてしまうの。お口に合うか心配だわ」


「お気になさらずに」


 蔵之介の言葉の意図は伝わらなかったらしく、儚げな見た目をあっさりと裏切ったミルドレッド嬢のマシンガントークが続く。


「あら、それはだめよ。お客様に我慢して紅茶を飲んで頂いたりお菓子を食べて頂いたりするのは私の本意ではないもの。好みでないときは直ぐに言ってね。別のお茶とお菓子を用意させるから」


 蔵之介が紅茶の香りを楽しむ素振りを見せた後で紅茶に口を付けた。


「とても美味しい紅茶です」


「イセ様は紅茶の楽しみ方をご存知なんですね、嬉しいわ」


 同好の士を見付けた喜びでミルドレッド嬢の顔が綻ぶ。

 そして、まだ紅茶に口を付けていない三好と清音にも、紅茶の香りと味を楽しんで欲しいと勧めた。


「それでは失礼して」


「いただきます」


 ティーカップを手に取った三好と清音の挙動をミルドレッド嬢が食い入るように見詰めた。


「美味しい紅茶です」


 と三好。


「わあ、ミルクと合いそうな紅茶ですね」


 清音が笑顔でクッキーに手を伸ばした。

 そんな二人の反応に、ミルドレッド嬢が再び破顔する。


「そうなの! 貴女とは紅茶とお菓子のお話ができそうで嬉しいわ」


 ミルドレッドはそう口にすると、ハタと気付いたように呼び鈴を鳴らしてメイドを呼んだ。


「私ったら気付かずにごめんなさいね。いまミルクを持ってこさせるわ」


「あ、いえ、そんなつもりで言ったんじゃありませんから」


「あら、いいのよ。子どもなのですから遠慮なんてするものじゃないわよ」


 若干、頬を引きつらせた清音と明るい笑みにミルドレッド嬢が会話する傍ら、蔵之介がダルトン卿に再び視線で訴える、話を進めてくれ、と。


「ミルドレッド様、そろそろご相談を始められては如何でしょう」


「あら、ごめんなさい。久しぶりのお客様でつい嬉しくって、私ったら夢中でおしゃべりをしてしまったようね」


 照れ笑いを浮かべるミルドレッド嬢にダルトンが耳打ちすると、彼女は小さくうなずいて直ぐに話を始めた。


「父と兄にはお会いになりましたよね?」


 昨夜の晩餐会で会話をしたこと、キース男爵とはここへくる直前に二度目の会談をしていたことを話した。


「兄のことをどう思われましたか?」


 ミルドレッド嬢が「このクッキーはお口に合いましたか?」、とでも聞くように質問をした。


「どうと言いますと?」


「率直に言って、兄は領主には向いていないと思いませんか?」


「まだ一度しかお目にかかっていません。それも晩餐会の席です。それに私がどうこう言うようなことでもないでしょう」


「採掘場をご覧になったそうですし、現場の者たちともお話になったとか。それに昨夜も兄から勧誘があったとうかがっております」


 ミルドレッド嬢はおうぎを広げて一拍おくと話を再開する。


「領民からの評判も色々と耳にされているのではありませんか?」


 蔵之介が無言でミルドレッドを見詰めていると不意にダルトンが口を挟む。


「ミルドレッド様に期待を寄せる領民はとても多く、こうして館のなかからでることがなくても様々な情報が集まって参ります」


 それは取りも直さず、世継ぎであるジョシュアを見限った人たちが、如何に多いかの証左であると仄めかした。

 だが、蔵之介はそうは受け取らない。


 彼が調べた限り、領民が期待を寄せているのはミルドレッド嬢ではなくダルトン卿だった。

 領民たちの口の端にも上ったが、彼らが真に望んでいるのはダルトン卿とミルドレッド嬢の結婚である。


 名目上はミルドレッドが男爵となるが統治はダルトン卿が行う、というものだった。

 ダルトン卿も蔵之介たちがそこまでの情報を得ているのは承知しているだろう。承知した上でその未来のために協力して欲しいとミルドレッドを通じて話している。


 蔵之介はそう理解した上で聞く。


「ミルドレッド様はジョシュア様を廃嫡はいちゃくし、ご自身が世継ぎとなり、何れはこのキース領を受け継ぎたいとお考えなのですね」


「そうなったらいいな、と思っています」


「失礼ですが領地経営の勉強をされていらっしゃいますか? 私の目からはミルドレッド様よりもジョシュア様の方が経験も積み、後継者として一枚も二枚も上手に思えます」


 歯に衣を着せずに言った。


「あたしもそう思いますわ」


 ミルドレッド嬢があっさりと認めた。

 拍子抜けした蔵之介に彼女が言う。


「領主の資質とは領民に対する優しさや思いやりだと考えています。領地運営の諸事はそれを得意とする信頼できる者に任せればいいと思いませんか?」


「一理ありますね」


「幸運なことに私が全幅の信頼を寄せる方は、領地運営に長け、心優しく領民たちからの支持もあります」


 薄らと頬を染める彼女に聞く。


「それがダルトン卿ですね」


「ええ」


「いえ、ミルドレッド様のご期待に添うにはまだまだ力不足です」


 頬を染めてはにかみながら嬉しそうに肯定するミルドレッド嬢とあくまでも臣下の姿勢を崩さないダルトン卿の声が重なった。

 キース男爵が信頼する有能な家臣と嫡女ちゃくじょであるミルドレッド嬢が結婚。


 現男爵が引退した後は、長男とは言え傲慢な庶子に代わって嫡女が後を継ぐ。

 有能な家臣であるダルトン卿が妻であり主であるミルドレッド嬢を助けて領地の運営をする。


 傍から見れば理想的な未来だ。

 ダルトンに野心家としての疑いを抱いていても、ジョシュアが後継者となる未来よりもよほどマシに思えた。


 だが、それに自分たちが積極的に手を貸すのは間違っているとも思える。

 そんなことを思案していた蔵之介に、ミルドレッド嬢が彼の予想もしていなかったことを告げる。


「兄は採掘場で金鉱脈が見付かったことを父に隠して私腹を肥やしています。おそらく、父を追い落とすためにその資金を使うつもりでしょう」


 金鉱脈から相当量の金が既に産出され、ジョシュアの下にまとまった資金が集まっているのだと説明された。


「つまり、ジョシュア様の準備が整いつつある、ということですか?」


「そうお考え頂いてよろしいかと」


 蔵之介の突っ込んだ質問に答えたのはダルトンだった。

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