第24話 続会談、ミルドレッド・キース

 ミルドレッド嬢からの相談は、嫡男であるジョシュアが企てている謀反の証拠を掴み、彼の後継者としての地位を剥奪するために協力して欲しいというものだった。

 その後のことについては彼女もダルトン卿も触れない。


 ジョシュアが廃嫡されれば、後継者は自然とミルドレッド嬢となる。

 彼女は正室の長子であり、母親の実家は落ちぶれたとはいえ男爵家である。ひるがえってジョシュアの母親は第二夫人であり、母親の実家は裕福とはいっても平民だ。


 謀反の確たる証拠が揃わなくても、キース男爵が疑惑を抱くに十分な証拠がでてくれば、それだけで後継者はミルドレッド嬢となる。

 その背景にはキース男爵が最も信頼を寄せるダルトンが彼女の後ろにいるからだ。


 蔵之介が聞く。


「キース男爵は金鉱脈のことをご存じないと思いますか?」


「父は知らないと思います」


 ミルドレッドがそのことを知ったのも半年ほど前のことだという。

 きっかけは鉄鉱石の輸送をする馬車の数が帳簿よりも多いことに、ダルトン卿が気付いたからだった。


 彼が配下を使って調べさせた結果、帳簿に記載されていない馬車が隣のバーンズ伯爵領に入ったのを突き止めた。

 最初は採掘した鉄鉱石の量をごまかして、自由になる資金を作っているのだろうと考えていたが、調査が進むとバーンズ伯爵領に搬入されていたのが金であることが分かったのだという。


 これまで黙っていた清音がミルドレッド嬢に聞く。


「でも、どうして直ぐにキース男爵に報告しなかったんですか?」


「え?」


「ご領主様に納得頂くだけの十分な証拠が揃っていないからです。証拠が揃わぬ段階でジョシュア様を告発してはミルドレッド様の身に危険が及びかねません」


 不意を突かれた彼女が答えに窮しているのを見て取ったダルトン卿がミルドレッド嬢に代わって説明した。


「そうなんですねー。告発しなくてもキース男爵宛に匿名の手紙を一通だすだけで調査をするかと思ったんですけど、そう簡単なことじゃないんですね」


「匿名の手紙で調査をして頂けるかも疑問ですし、ことがことですから我々としても慎重になっております」


 外国人の学者にそこまで話しておいて、慎重になっている、とはとても思えないと内心で苦笑しながら蔵之介が聞く。


「金鉱脈のある採掘場にはダルトン卿でも入ることができないと言う理解でよろしいでしょうか?」


「近付くこともできません」


「つまり、我々に金鉱脈のある採掘場に忍び込んで証拠を掴んでこい、という依頼ですか」


 非合法の依頼であることを蔵之介が強調するように聞いた。


「危険は伴いますが報酬は約束いたします」


「もし、採掘場で我々が捕まった場合はどうなりますか?」


「そのときは私とお嬢様とでご領主様に助命嘆願じょめいたんがんいたします」


「えー! 命がけなんですか!」


 断りそうな勢いで引く清音にダルトンが言う。


「ご領主様は情のあるお方です。無闇に死罪を賜るようなことはありません。まして、あなた方は外国の要人です。死罪とするには国の了承が必要となります」


「お三方は要人として身分が保証されている上、死罪の手続きをするにも時間と手間が煩雑すぎます。最悪でも領内追放となるでしょう」


 たったいま、ダルトンが口にしたことはすべて彼の希望的観測、いや、こちらを言いくるめるための詭弁でしかない。

 キース男爵が全幅の信頼を寄せるほどの切れ者であるダルトンが、ここまで突っ込みどころ満載の言い訳をしないとならない状況を、適当に会話を挟みながら思案する。


「領内追放で済めばいいですが、国外追放となると私も研究に支障をきたします。研究者の立場で申し上げれば失う物が大きすぎます」


「先ほどから失敗することしかお考えでないようですが、成功した暁には報奨金だけでなく、研究のために必要な資材や資料も取り揃えさせて頂きます」


 蔵之介の意図を察した三好が蔵之介に代わってダルトン卿に言う。


「外国を旅していると色々な障害にぶつかることが多くて、どうしてもよくないことを想像してしまうんですよ」


「外国人どころか他領の者にも厳しい領主は確かにいますね」


 とダルトン。


 ダルトン卿はジョシュアを廃嫡ないしは失脚させる策略を進めていたのだろう。並行してミルドレッド嬢とのなかを深めていく。

 後者はともかく前者は、彼が口にしたように十分な証拠が揃っていない。


 計画が早まった理由は蔵之介たちの出現により、ダルトン卿にとって予想外のことが起きたからだ。

 キース男爵が相談という名目で採掘場の調査を蔵之介たちに命じると考えたからであろう。或いは、キース男爵のその思惑を察知したか……。


 ここまでの情報がすべてなら、キース男爵の名の下で蔵之介たちが採掘場の調査を行った方がダルトンにとっては都合がいいはずである。

 唯一のマイナスとしては不正を発見した功績を蔵之介たちに横取りされるくらいだろう。


 それにも関わらず相談を持ちかけてきた。

 ジョシュアの謀反の企みを暴くという目的に向けて真っ直ぐに伸びた一本の道筋をしめして、である。


 まるで自分たちの目を他に向けさせたくないようだ、との考えに至り蔵之介は内心で笑みを浮かべた。

 そのとき、不意に清音が聞く。


「採掘現場で不審者として捕まらずにその場で殺されるかも知れませんよね?」


 蔵之介と三好が意図して避けていた疑問だった。

 清音のその質問にダルトン卿が初めて渋い表情を浮かべる。


「おっしゃる通り、その点だけが唯一の危惧です」


「えー! それはあんまりですよー」


「何事にも危険はつきものですよ」


 清音に話しかけているが、ダルトンの注意が蔵之介と三好に向いているのは明らかだった。


「危険を選択する人って少ないですよね?」


「鉄鉱脈が発見されてからは、危険を承知で鉄鉱石を掘る人が増えています」


 ハイリスクハイリターンを選択する者が増えていると言った。


「だからってあたしたちにも危険と引き換えの利益を勧めるんですか? ダルトンさんみたいに思慮深い人までそう考えるなんてちょっと恐いです」


 蔵之介と三好は噴きだすのを堪えて言う。


「ダルトン卿はジョシュア様の謀反を未然に防ぎたいのでしょう。さらに言えば、キース男爵やミルドレッド様、領民のことを思いやっての提案だと受け取っています」


「そう言って頂けると助かります」


「なるほど、焦っちゃったんですね」


 胸をなで下ろしたダルトン卿に清音の言葉が突き刺さる。

 ダルトン卿が本日二度目の渋面を作った。

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