第13話 王国随一の蔵書
魔力感知の訓練に飽きたので、午後は気分転換をしたい。
「集中力が切れた者がいます。気分転換を兼ねて午後は魔導書を見て回りたいのですが、いいでしょうか?」
蔵之介は
ルファの視線が蔵之介から清音、
そしてハンス・ゲーリングに視線を止めた。
ルファが厳しい視線と穏やかな笑顔をハンスに向ける。
「魔力感知の訓練を続けるのは困難でしょうか?」
「勇者様方は、魔導書がどのようなものなのか、実際にご覧になりたいそうです」
青ざめた顔でそう口にするハンスに、ルファが無言で先をうながす。
ハンスは泣きそうになりながら先を続ける。
「その後、我々の発動する魔法を見学。十分に集中力を回復してから魔力感知の訓練を再開されるそうです」
ハンスはルファの質問に答えることなく、蔵之介たちの用意したセリフを告げた。
ルファもハンスが蔵之介たちにいいように動かされていることを理解した。
小さなため息を吐き、
情けない。
そう言いたげな表情だ。
気の毒に。
蔵之介も部下のいる身だ。ルファの気持ちを察することができた。
「分かりました。魔導書を閲覧することを許可します」
安堵するハンスから蔵之介に視線を移す。
「勇者様方のお考えを尊重するのも大切でしょうから」
微笑みかけるルファに蔵之介も満面の笑みでお礼を言う。
「ありがとうございます」
ルファが改めてハンスを見た。
「ハンス・ゲーリング。午後の予定を変更して、勇者様方に書庫のご案内をお願い致します」
「畏まりました」
ハンスが承知の返事と共にルファに向けて深々とお辞儀をした。
◇
◆
◇
そんな会話を交わしたのが、小一時間前のことだった。
昼食を終えた蔵之介たちは午後の魔力感知の訓練を変更し、ハンス・ゲーリングたち指導教官と共に、魔導書が収められている書庫へときていた。
ざっと見回した書庫の広さは、蔵之介の地元にある図書館の三倍ほど。
書庫の中央にある大テーブルに蔵之介たちを案内すると、
「ご覧になられたい本がありましたらお申し付けください。私たちがお持ちいたします」
ハンスがそう言うと、彼の背後に控えていた四人の指導員たちが首肯した。
「大丈夫ですよ、自分たちで適当に見て回りますから」
蔵之介に続いて清音と三好が言った。
「そうですよ、何だか悪いじゃないですか」
「のんびりと見て回るのも気分転換になります。本当にお気遣いなく」
笑顔の三人にハンスが必死の形相で返す。
「見て回る際も、お一方に一人ずつの指導員が付き添わせて頂きます。ルファ様から『くれぐれも不備のないように』、と念を押されておりますので」
聖教教会側も書庫に蔵之介たちを野放しにするほど不用心ではなかった。
ハンスの目に鬼気迫るものを感じた蔵之介と三好が承諾し、
「そうですか。ではお手数ですがよろしくお願いいたします」
「申し訳ないが、よろしく頼みます」
「伊勢さんと三好のお爺ちゃんがそう言うなら、私もそうします」
清音が残念そうに肩を落として二人に
そして照れ臭そうに笑みを浮かべる。
「でも、何だか監視されているみたいですね。緊張しちゃうなあ」
清音のセリフにハンスたち指導員は複雑な笑みを浮かべ、蔵之介と三好は清音に温かい視線を向けた。
蔵之介の視線が、不思議そうに首をかしげる清音からハンスに移る。
「比較の対象がないので分かりませんが、ここに収められている魔導書の数というのは、多い方なんでしょうか?」
「もちろんですっ。王国随一の蔵書量を誇ります。さらに魔導書の質に措いても他の追随を許しません」
「へー、王国で一番なんですね。それで、他の国と比べるとどうなんですか?」
誇らしげな表情を見せるハンスに、退屈そうな表情をした清音が聞いた。
「他国と比べても有数の蔵書量ですし、質に至っては世界で五本の指に入ります」
「ふーん、他の国と比べると蔵書量は有数にまで落ちちゃうんだ」
清音のセリフがハンスの心を
ハンスの表情が強ばり、一瞬言葉を詰まらせた。
「……魔導書は質です。数が多ければいいというものではありません。我が国では、魔導書を厳選しております」
「わあ! 厳選しているんですね。すごーい」
感心したように朗らかな笑みをハンスに向けると、ハンスが再び誇らしげな表情を浮かべた。
しかし、続く清音のセリフに、
「それで、量だけじゃなく、質も世界で五指に入るくらい高いんですね」
その誇らしげな表情が、瞬時にして固まる。
「娘さん、そこら辺でやめてあげましょう」
三好が笑いを堪えて清音に言うと、清音が不思議そうに三好を見上げる。
「私、何かしました?」
「そろそろ魔導書とやらを見て回りたいと思っただけなんだがね」
三好は
「すまないが、私の案内役はどなたですかな? できれば、土魔法と水魔法に関する魔導書のところに案内をお願いします」
四人の指導員たちを見回すと楽しそうにそう告げた。
「ミヨシ様のご案内は私が」
そう言って、二十歳前に見える若い女性が進みでた。
「これはまた、若い娘さんだな。よろしくお願いしますよ」
女性は一瞬ハンスと視線を交わすと、小さくうなずいて三好と一緒に別の通路へと消えて行った。
まずは一人。
蔵之介が心の中で人数を数え始めた。
「ハンスさん、私も見学してきますね。担当の方はどなたですか?」
清音がそう言ってハンスから三人の指導員へと勢いよく向き直る。
「バルマーと申します。私がサイオンジ様にご一緒させて頂きます」
焦げ茶色の髪をした整った顔立ちの青年がお辞儀をした。
「じゃあ、世界で五番目の書庫の探検に行きましょうか」
清音がバルマーに笑顔で言う。
二人目。
蔵之介が心の中で数えていた人数が増える。
「サイオンジ様、誤解があるようですので――」
ハンスが何かを抗議しようとするのを遮って、蔵之介がハンスに聞く。
「ここにある書物はかなり貴重なものなんですか?」
「そ、そうですっ。ものすごく貴重なものです」
「では、ここで一番貴重な魔導書を見せて頂けますか?」
「え?」
ハンスが固まった。
「あれ? ルファさんは『閲覧を許可します』と言っていましたよ」
「そう、ですね。いや、しかし――」
「別に燃やしたりしませんよ」
「当たり前です」
ハンスはわずかに苛立ってそう言うと、すぐに申し訳なさそうな表情へと変わる。
「その……ある程度以上の魔導書は、鍵の掛かった書棚にあって、私にはそれを空ける権限がありません」
「それは今後のことを考えると厳しいなあ。書棚の管理者を指導員に加えてもらった方がいいかもしれないな」
蔵之介は落胆したふりをしてそう言うと、ハンスから視線を外して他の二人の指導員へと向った。
「では、どなたかルファさんのところへ行って、許可を取って頂けませんか?」
すると視線を外したハンスから声が上がる。
「分かりました。閲覧できるように取り計らいましょう。ヘルガ、ルファ様に許可を頂いてきてくれ」
これで監視の目が二人になったか。
蔵之介が心の中でほくそ笑む。
ギフトパネルを操作して、メッセージアプリを立ち上げた。
蔵之介 : 琴乃さん、怒っていないよ。
蔵之介 : さっきのことはまた夜にでも話し合おうか。
蔵之介 : ちょっと頼みたいことあるので、連絡を頂戴。
さあて、ここでどれだけの紋章魔法を写真に収められるかな。
蔵之介は琴乃からの返信を待ちながら、少年のように心を躍らせていた。
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