第8話 イグナーツ・クライゼン

 三好と蔵之介の二人が、一階で騒動を起こしている者たちの視線から身を隠すように後退りながらささやきあう。


「巻き込まれましたな」


「まだですよ。武器を買ったら知らん顔してでて行きましょう」


 しゃがみ込んで手すりの隙間から階下の様子を覗き見ていた清音が、達観したような三好と一縷の望みにすがろうとする蔵之介を交互に見ながら聞く。


「それで、どっちの味方をするんですか?」


「武器を買ったら裏口なり窓なりから退店するよ」


 関わり合いになるつもりはないと言い切る蔵之介に、店内を見回していた三好が白髪頭をかきながら言う。


「この歳で二階の窓から飛び降りるというのは遠慮したいですが、裏口はなさそうですな」


 それはどこか諦めにも似た感情が滲み出ていた。


 そんな会話をしていたのはおよそ一分前。

 武器の会計を済ませた蔵之介たちの耳に女性が発した驚喜の声が届く。


「いた! あなたたちよね? 凄腕の魔術師ってあなたたちでしょ!」


 冒険者を引き連れてきた若い女性に、蔵之介たち三人はあっさりと見つかってしまった。


 蔵之介と三好の二人が、さっさと武器を購入しようと店の奥に移動したのが失敗だった。

 成り行きが気になって覗き込む清音を放置したのが敗因だった。


 もともと、この武器屋に魔術師の学者が入ったという情報を元に店内に探りを入れに来たのだから、明らかに異国風のいで立ちの清音が目に止まればそこから芋づる式に探し当てられるのは想像に難くない。


「伊勢さん、見つかっちゃいました」


 清音の悪びれる様子のない声を聞いた蔵之介が天井を仰ぎ、傍らでは三好がそんな二人の反応を楽しそうに見比べる。


「刑事さん、覚悟を決めて一階へ降りましょうか」


「三好さん、楽しんでませんか?」


 笑いを堪えている三好に蔵之介が力なく言う。


「そうですな。久しぶりに人に会ったので少し浮かれているかもしれん」


 三好は話をはぐらかすと、『それに』と続けた。


「ここで下に降りていけば無用な争い事を未然に防げます。刑事さんも娘さんが一緒でなければ降りて行きましたよね?」


 蔵之介が争い事と関わり合いになりたくない理由の最たるものに清音を危険にさらしたくないという思いがあった。


 彼女は姪の琴音と同じ女子高生である。

 清音を日本に連れ帰るつもりでいる蔵之介からすれば、彼女に万が一のことがあってはとの危惧があった。


 そればかりか、ここまでに経験した魔物との戦闘でも、蔵之介が清音に凄惨な光景を見せないように配慮していたことを三好は気付いていた。

 三好に心の内を見透かされていると感じた蔵之介が軽く頭を振る。


かないませんね」


「大丈夫です。刑事さんが思うよりも娘さんはずっと強いですよ」


 蔵之介は背を向けたまま軽く左手を挙げて三好のつぶやきに応えると、そのままゆっくりと階段を降り出した。

 傭兵団と冒険者、双方の視線が蔵之介に注がれるなか、蔵之介が冒険者を引き連れてきた二十代半ばの女性に向けて言う。


「話を聞くくらいは構いませんが、好戦的な方々との関わり合いは出来る限り避けるようにしているんですよ」


「好戦的? 勘違いしないで。好戦的なのも乱暴なのもこいつらの方よ!」


 女性は自分たちに向けられた言葉と察してすぐに反論した。


 だが、彼女に指さされた黒龍傭兵団の団員たちは特に反論するでもなく苦笑いを浮かべただけである。

 団長のイグナーツ・クライゼンに至っては剣を抜いた冒険者を前にしているにも関わらず、階段の途中にいる蔵之介に向かって軽く会釈してくるほどの余裕を見せていた。


「ですが、剣を抜いて険しい顔しているのは貴女と貴女のお仲間だけですよ」


「え?」


 自分たちが剣を抜いていることに初めて気づいたように、女性は自分の手にある剣を見て驚きの表情を浮かべた。

 続いて、バツが悪そうに剣を収める。


 彼女と一緒に入ってきた冒険者たちもそれに倣って剣を収めた。


 冒険者たちは好戦的というよりも、力の差が歴然とした黒龍傭兵団の団長と二人の団員を前にして半ばパニックになって剣を抜いていた。

 対する黒龍傭兵団は彼らのことを歯牙にもかけていない。


 その様子に蔵之介は迂闊に冒険者側に味方するのは危険だと判断した。

 誤解と思い込みによる不幸な経緯の積み重ねの可能性が高そうだ、との考えが胸中をよぎる。


 蔵之介が一階に到着すると、階段の近くにいたイグナーツ・クライゼンが手を差し出した。


「私は黒龍傭兵団団長のイグナーツ・クライゼン。貴方が噂の学者先生か?」


「噂が、どんなものなのかは知りませんが、先程この街に着いた学者というのは私たちです」


 二階の手すりの間から階下を覗き込んでいる三好と清音を仰ぎ見た。

 イグナーツ・クライゼンも蔵之介の視線を追って二人を見ると、彼が報告を受けた学者であることを確信する。


「老人の助手を連れた子連れの学者先生と聞いている。噂の学者先生で間違いないだろう」


 イグナーツは清音が聞いたら怒り出しそうなセリフをさらりと口にした。


「子連れと言うのは誤報だな。彼女はれっきとした大人の女性で私の助手ですよ」


 蔵之介の言葉にイグナーツはすぐさま謝罪の言葉を述べると、


「もっとも、丸腰で凄腕の魔術師、という噂の方が広がっているようだがな」


 蔵之介が想像した以上に要らぬ噂が広がっているのだと、図らずもイグナーツの口から知ることとなった。

 それでも儚い抵抗を試みる。

 

「武器を買ったんで、そっちの噂は忘れてくれると嬉しいんですけどね」


「小さな街だ。よそ者の噂はすぐに広がる。ましてそれが、風貌ふうぼうも出で立ちも珍しい上、凄腕の魔術師となれば尾ひれ背びれが付くことはあっても、忘れられることはないだろうな」


 とイグナーツが面白がるように返した。


「イグナーツ団長、そろそろ後ろのお嬢さんと話をしてもいいですか? でないと、また剣を抜き兼ねないんでね」


「そうだな。我々も自分たちの目的を果たすことにしよう」


「では、これで失礼させてもらいます」


 店への謝罪の方が先決である。そう言い切ったイグナーツの横を通って、蔵之介が冒険者たちの方へ向かった。

 イグナーツがその背中に声をかける。


「我々はこの街の治安維持の手助けをするため、この地域一帯を治めるキース男爵に雇われている。我々の手を煩わせるようなことはしないでくれることを願うよ」


「私はこう見えても荒事とは無縁の学者ですよ」


 背中を向けたままそう返す蔵之介に、


「公正な人間だと信じよう」


 イグナーツが口元に笑みを浮かべて言った。 




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        あとがき

■■■■■■■■■■■■■■■ 青山 有


『必中必殺の聖者 無敵のデバッグキャラで異世界の悪を討つ』

https://kakuyomu.jp/works/1177354054893976148


新作です。

こちらもどうぞよろしくお願いいたします。

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