第12話 それぞれの事情

 第二グループの勇者である、一条一樹いちじょうかずき立花颯斗たちばなはやと大谷龍牙おおたにりゅうがの指導員の間からどよめきと歓声が上がった。


「なんだかあっちが騒がしいですよ」


 すっかり集中力の切れていた西園寺清音さいおんじきよねが真先に反応した。

 続いて伊勢蔵之介いせくらのすけ三好誠一郎みよしせいいちろうも第二グループへと視線を向ける。


「魔力感知ができるようになったのか?」


「だとしたら、大したものですな」


 一樹が得意げな顔でルファ・メーリングに何か話しかけていた。


「皆さん、訓練に集中してください」


 蔵之介たち三人にそう注意をしたハンスも、一樹たちの第二グループの様子が気になるようだ。

 第二グループの方をチラチラと見るハンスに、清音が薄笑いを浮かべて言う。


「そうは言っても気になっちゃいますよ」


「娘さんの言う通りだな。これは気になって訓練に集中できそうにないな」


 清音に同意した三好は快活に笑う。

 その横で蔵之介がハンスに向かって提案を切り出した。


「どうでしょう、ちょっと休憩にしてもらえませんか? その間にハンスさんには、彼ら第二グループの進捗を確認してきて貰えると助かります」


「ですが――」


 なおも何か言おうするハンスの言葉を遮る。


「ここは集中力が切れている私たちを助けると思ってお願いしますよ」


「分かりました。イセ様がそうおっしゃるのでしたら」


 ハンスはそう言うと、他の指導員二人を伴って第二グループの方へと走って行った。


 ある程度の距離が離れたところで、清音が大きなため息を吐いて肩を落とす。


「はあぁぁ。午後も魔力感知の訓練をやるのかあ、気が滅入るよー」


 しゃがみ込む清音に三好が力強く言う。


「魔力感知ができないと何も始まらないようだし、ここは諦めて三人で頑張ろうじゃないか。なあ、娘さん」


「三好のお爺ちゃんは元気だよねー。私はもうクタクタですよ」


「若い娘さんが何を言っているんだっ」


 清音は励ます三好から視線を外し、蔵之介に助けを求めた。


「伊勢さんも疲れましたよね。初日だし、午後は休みにしてもらいましょうよ」


「そうだな。ちょうどハンスさんも戻ってきたし、午後は違うことをさせて欲しいと、お願いしていようか」


「さすが、琴乃の自慢のいとこ伯父さんですね」


「西園寺さん、いま何を……」


 清音のセリフに蔵之介が言葉を詰まらせると、三好が不思議そうに聞いた。


「刑事さんと娘さんは、昔からのお知り合いだったんですか?」


「はい、旧知の仲です」


 それ程の仲ではないが清音が遠慮なく言い切った。


「刑事さん?」


 三好は言葉を詰まらせている蔵之介を怪訝そうに見る。


「え? ええ、知り合いです。西園寺さんは、私の姪と中学のときからの友人なんですよ」


「そうでしたか」


「姪じゃなくて、いとこ姪ですよね?」


 小首を傾げる清音のセリフに、蔵之介が息を呑む。


「いとこ姪? 俗にいう、いとこ違いのことかな?」


 三好が清音に聞き返す。


「そう、それです。琴乃のお母さんが伊勢さんの従妹なんですよ」

 

「そうでしたか」


 蔵之介にはセリフに続く三好の快活な笑い声がどこか遠くに聞こえた。


 自分と琴乃の血縁関係は表面上、伯父と姪になっていたはずだ。

 琴乃の母である静香の両親が幼い静香を残して他界したとき、蔵之介の両親が静香を引き取った。


 蔵之介が小学校三年生の夏、一つ年下の従妹は妹となった。


 秘密にしていた事実が、思いもよらない人物から不意に暴露された。

 清音である。


「西園寺さんは、私と琴乃さんがいとこ違いだって何で知っているの?」


「琴乃から教えてもらいました」


 清音の口から衝撃の事実が告げられた。

 だが、冷静になってみれば琴乃が教える以外で清音が知るはずがない。


「いつから琴乃さんは知っていたんだろうね」


 蔵之介が探るように聞く。


「さあ、私が琴乃から教えてもらったのは中学一年のときだったと思いますよ」


 まだ、琴乃の母が健在だったときだと清音が告げた。

 

 漏洩ろうえいもとは静香かっ。

 蔵之介は心の中で頭を抱えた。


 ちょっとまてよ。琴乃さんは伯父と姪ではなく、いとこ違いだと知って、伯父と姪の振りを続けていたということか?

 心の中でそう叫び、二重の意味で頭を抱える。


「伊勢さん大丈夫ですか?」


「刑事さん?」


 頭を抱えてしゃがみ込んだ蔵之介を、清音と三好が心配そうに覗き込む。


「大丈夫です。問題ありません」


 蔵之介は強がって立ち上がると、戻ってきたばかりのハンスに声をかけた。


「ハンスさん、第二グループでは何が起きていました?」


 話しかけると同時に、ギフトパネルにあるメッセージアプリのLIONを起動する。


 蔵之介 : 琴乃さん、ちょっといいかな?


 琴 乃 : 何でしょう。


 蔵之介 : うん、少し話がしたくてね。


 琴 乃 : お話ですか? 電話に切り替えるのでしょうか?


「イチジョウ様とタチバナ様のお二方が魔力感知に成功しました」


 ハンスが即答し、三好が感心したように言う。


「ほう、それは大したものだ。やはり若い人は呑み込みが速い」


「三好のお爺ちゃん、それは私にあてつけています?」


 清音が頬を膨らませる横で、蔵之介はLIONの操作を続ける。


 蔵之介 : いや、このままメッセージアプリでやり取りしよう。


 琴 乃 : 分かりました。


 蔵之介 : 時間は大丈夫? 何か中断しているようなら、終わらせてからでもいいよ。


 琴 乃 : 大丈夫です。ちょうど手が空いていたところです。


 よし、退路は断った。

 蔵之介がほくそ笑んだ。


「わあ、伊勢さん不敵な笑み。もしかして伊勢さんも魔力感知に成功したんですか?」


「え? 本当ですか?」


 清音の言葉にハンスが驚きの声を上げた。


「まさか、違いますよ。あの高校生三人は有言実行で凄いなあ、って感心していただけです」


 焦りを苦笑いでごまかす。


「なんだあ、残念」


「そう、ですよね。幾ら何でも早すぎますよね」


 清音が口をとがらせ、ハンスが胸を撫で下ろした。

 そんなハンスを気の毒そうに三好が見つめ、隣の清音が遠慮なく聞く。


「ハンスさん、何だかホッとしているようですが、なんでですか?」


「え、いいえ。そんなことはありませんよ」


 今度はハンスが苦笑いを浮かべた。


 蔵之介 : いまさ、西園寺さんと会話していたんだ。


 琴 乃 : 清音と? ですか?


 蔵之介 : そう、西園寺さんと三好さんという運転手の方と会話していたんだ。


 琴 乃 : ???


 なかなか本題に入れずにいた蔵之介が琴乃のメッセージに内心で苦笑いをする。


「娘さん、それ以上は聞かないで上げましょう」


「なんでですか?」


「西園寺さん、もし第一グループや第二グループと肩を並べるような逸材がこのグループにいたら、指導員の交代もあり得るんじゃないかな?」


 蔵之介の言葉に清音が驚きの表情になる。

 ひるがえってハンスをはじめとした五人の指導員たちは気まずそうに視線を交わす。


「そうなんですか?」


 清音がハンスに聞いた。

 傍らの三好は第二グループのようすを確認するように視線を逸らす。

 蔵之介はチャンスとばかりにメッセージの入力を再開した。


 蔵之介 : 私が琴乃さんのことを『姪』って呼んだら、『いとこ姪ですよね』って聞き返したんだ。理由を知っていたら教えてくるかな?


「そうです。イセ様のおっしゃる通りです。私たちに限らず、勇者様方の指導員として力不足、不適任と判断されれば交代となります」


 ハンスが素直に認めた。


「そうなんだ」


 清音は少し考えこむと


「ハンスさん、午後の訓練メニューなんですけど、座学にして欲しいな、って思うんだけどだめですか?」


 どこか甘えるような、からかうような口調。

 だが、ハンスに向けられた瞳は自分の優位を確信していた。


 蔵之介 : 琴乃さん? おーい、琴乃さーん。


 琴 乃 : ちょっと急用を思い出しました。このお話の続きはまたの機会にしましょう。


 琴乃はそうメッセージを残してメッセージアプリを終了した。


 言い訳を考える時間を稼ぐつもりだな。

 蔵之介は直感的にそう思った。


 そして内心で溜息を吐く。

 退路を断ったつもりだったが……甘かったかあ。


 冷静になって考えれば、異世界と元の世界とでのメッセージ通信。退路もへったくれもない。

 蔵之介も三好に続いて第二グループへと視線を向けた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る