第11話 訓練開始
男の名はハンス・ゲーレン。蔵之介たち第三グループの指導員のリーダーである。
「では、勇者様方には体内にある魔力を感知して頂く訓練から始めたいと思います」
ハンス・ゲーレンが訓練の開始を告げた。
彼が次の言葉を口にする前に三好が挙手をして言う。
「訓練を始める前に、幾つか教えてもらってもいいですか?」
「どのようなことでしょうか?」
「この世界の人たちはギフトを使えるようになるまで、どれくらいかかるものでしょうか?」
三好に清音が続いた。
「一般の人たちのことを教えてもらえると嬉しいです」
ハンス・ゲーレンは少し困ったように他の指導員たちと視線を交わす。
だが彼同様、困った表情しか返ってこない。ハンスは諦めたように三好に視線を向けた。
「勇者様方のように成人してから訓練を始める者はこの世界にはいません。私たちは幼少のころから訓練を始めますので参考になるかどうか」
「それでも構わないから教えてください」
三好の言葉にハンスが『分かりました』、とうなずく。
「訓練を始めるのは四、五歳が一般的です」
「うわー、随分と早くから訓練するんだー」
ハンスは感心する清音に、ほほ笑むとさらに話を続ける。
「魔力を感知できるようになるまで、およそ一年から二年。実際に魔術を使えるようになるのは、そこからさらに半年から一年を必要とします」
蔵之介は魔力の感知すらできない状態で、収納魔法と紋章魔法を使ったことに内心で首を傾げた。
「小学一年生で魔法が使える子がクラスに何人かいる感じなんだ。すごーい」
「予想以上に日数がかかりそうですな」
清音が他人事のように感心し、三好が魔術習得の困難さに渋面を作る。
そんな二人をよそに蔵之介が聞く。
「紋章魔法は誰でも使える魔法ですから、魔力を感じるようになればすぐに使えるんですか?」
「それほど単純ではありません。やはり紋章紙に魔力を通すことを憶えなければなりませんから、同じくらいの日数が必要となります」
なるほど、それであっさりと紋章魔法の魔導書をくれたのか。
まさか、何の訓練もせずに使えるとは思っていなかったのだろうと、口にはださずに納得する。
「それは残念です。紋章魔法くらいならすぐに使えるんじゃないかと期待したんですけどね」
何れにしても、危険なことは避けよう。
蔵之介は既に収納魔法と紋章魔法を使えることを黙っていようと心に決めた。
「ですが、第一グループの勇者様方は遅くても五日で魔法を使用できるようなっています」
第一グループの勇者。先に召喚された三人の高校生たちを指していた。
ハンスの言葉に三好が苦笑いを浮かべる。
「遅くて五日ですか。記録を更新しそうですな」
「ですよねー。私もそう思います。三好のおじいちゃん、競争しましょう」
「娘さんと競争かあ、訓練にも張りが出るな、こりゃ」
今度は二人の会話に指導員たちが苦笑いを浮かべた。
◇
指導員の言う通りに体内の魔力を意識すると、すぐに魔力を感じることができた。
なるほど、これが魔力か。
蔵之介は自信の身体のなかに、これまで感じたことのない力を感知する。
「体内の魔力を感知できたら、次は何をするんですか?」
「まずは体内の魔力を感知することに専念してください」
次のステップを確認する蔵之介に、彼が既に魔力を感知できているとは想像もしていないハンスが即答した。
「そう言わずに教えてくださいよ。単なる興味の範囲ですよ。勝手なことはしませんから。約束します」
さらりと嘘を吐く。
勝手なことなどできると思っていない指導員たちが、互いに苦笑いを浮かべて視線を交わす。
ハンスも苦笑して説明を続けた。
「体内の魔力が感知できましたら、次は感知した魔力を身体中に循環させます。それこそ指先までです」
「で、次は」
蔵之介はそう言いながら感知した魔力を指先まで巡らせること試みる。
「その次は身体を循環させて魔力を身体の一点に集中させます。例えば手のひらや指先です」
「その後は?」
「そこから先は魔術の具現化になります。各魔術師の指導の下、訓練に励んで頂きます」
蔵之介がその先を聞こうとする矢先、
「これ以上の説明は魔力の感知ができてからでお願いします」
ハンスが話を締めくくった。
だが、ハンスの言葉など聞こえなかったように清音が問いかけた。
「私のギフトは魔法とはちょっと違うみたいなんですけど?」
「サイオンジ様のギフトはちょっと特殊です。その辺りのご説明は夜の座学にてお話させて頂きます」
「夜ですね、分かりました」
他者と違い特殊なギフトで不安だったのだろう、安堵したように清音が返事をした。
裏腹にハンスが大きなため息を吐いて言う。
「では、体内の魔力を感知する訓練を再開してください」
され、それじゃ、早速訓練を始めるか。
蔵之介は内心でそうつぶやくとギフトパネルからメッセージアプリを起動させる。
会話や普通に訓練している振りをしながらLIONを自在に使って琴乃さんと連絡をとる。
内心で訓練内容をつぶやく。
蔵之介 : 琴乃さん、顕微鏡が欲しいので手が空いたら連絡ください。
琴 乃 : いま、大丈夫です。顕微鏡は家にあるやつでいいですか? それとも新しく買いますか?
蔵之介 : 家にあるやつで構わないよ。
琴 乃 : 分かりました。顕微鏡を取ってくるので、またあの黒い円を用意しておいてください。
「では身体の中心部分、おなかの辺りに意識を集中してください」
「はい」
ハンスの言葉に清音は返事をすると目を閉じて意識を集中する。
三好も同じように目を閉じた。
「目を閉じた方がいいんですか?」
蔵之介も訓練をしている振りを続ける。
「いえ、特に閉じる必要はありません。そのままで大丈夫です」
琴 乃 : 蔵之介さん、持ってきました。顕微鏡を投げ入れても大丈夫ですか?
蔵之介 : 大丈夫だ。
蔵之介の短い返答の後、ストレージに顕微鏡のアイコンが現れた。
蔵之介 : 琴乃さん、ありがとう。届いたよ。
琴 乃 : 次は何をすればいいですか?
蔵之介 : 取り敢えずは待機。好きなことをしていていいよ。
琴 乃 : はい。では何かあったらLIONにメッセージを入れるかTELをお願いします。
蔵之介は琴乃との通信を維持したまま、ストレージ内の顕微鏡をギフトパネルへの融合を試みる。
スマートフォンのときと同様、ストレージ内にあった顕微鏡のアイコンが消えた。そして、ギフトパネルに現れる顕微鏡のアイコン。
蔵之介の心臓が早鐘を打つように早まる。
心臓の音が耳に響く。
顕微鏡の融合に、蔵之介は少年のような胸の高鳴りを感じていた。
蔵之介は高揚する自分を抑えて、三好と清音の様子を確認した。二人ともまだ目を閉じたまま体内の魔力感知を試みている。
周囲にいる指導員たちは蔵之介たちのことを観察するように見ていた。
一人の指導員と蔵之介の目が合う。
「どうしました? 体内の魔力を感知できましたか?」
およそ、魔力など感知していないだろうといった口調で聞いてきた。
「いえ、よく分かりません」
「焦る必要はありません。落ち着いて身体に流れる血液を意識してみてください」
「あ、やっぱり血液のイメージなんですね」
突然清音が声を上げた。
「娘さん、魔力を感知できたのか? 凄いじゃないですか」
「やだなあ、三好のおじいちゃん。違いますよ、私がそんなに早く魔力を感知できるようになる訳ないじゃないですかあ」
「じゃあ、何で突然声を上げたんですか?」
ギフトパネル内の顕微鏡機能を操作しながら蔵之介が清音に聞いた。
「アニメです。深夜アニメで主人公が魔法を憶えるシーンがあるんですよ。そこで身体の中の魔力を感知するのに体内を流れる血液をイメージしていたんです」
「ほう」
「なるほど」
訓練を中断した三好と顕微鏡機能を操作する蔵之介が同時に反応した。
「それで、同じだ! って思ったら声を上げていました」
清音は照れ隠しのように舌をだすと、子どものような笑顔を浮かべた。
「では、私も体内の血液をイメージしてみましょうか」
蔵之介はそう言って、顕微鏡機能を使ってストレージ内に収納してある観葉植物の観察を開始した。
「やってみましょう」
「へへへ、じゃあ、三人で再開しましょう」
蔵之介が小さく息を呑む。
ギフトパネルに表示された数千倍に拡大された観葉植物に微生物が写しだされていた。
昆虫は弾かれるが微生物は通過した?
少なくとも生命のあるなしでないことは確かだった。
蔵之介は昨夜の実験を思い出していた。
観葉植物を送ってもらった後、付着していた虫を単独で転送してもらおうとしたが失敗だった。
虫は黒い円に弾かれた。
観葉植物をストレージから取りだした後も、この微生物が生きているかが大きなキーポイントになる。
蔵之介は訓練をする振りを続けながら、ギフトパネルのメモ機能にそのことを書き加えた。
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