第20話 異世界の空の下に
「――――紋章魔法の紋章は幾つかの例外を除いて、遺跡から発見された古代魔法です。発見された紋章を各国が独自に研究・解析し、使えるようにしたのが、この初級魔導書にある紋章です」
そして無造作にページをめくる。
「この魔導書に描かれている紋章に魔力を流して魔法を発動させます。ただし描かれた紋章毎に、定められた方法で魔力を流さないと発動しません」
「えっと、よく分かりません」
曖昧な笑みを浮かべた
「簡単に言うと、この世界の人は初級の紋章魔法しか使えないけど、私は初めて見る紋章魔法を使える。ということです」
「実にシンプルな説明ですな」
今度は
「私が紋章魔法を自在に使える、ということを理解してもらえれば十分です」
「なぜそんな事ができるんですか?」
三好の質問に即答する。
「さあ、私にも分かりません。強いて理由をさがすなら、『勇者』だからでしょうか」
「それって、すごいですよね? 書庫にある魔導書を、全部持って逃げ出せば、紋章魔法が使い放題じゃないですか」
三好と蔵之介が吹き出した。
「娘さんは随分と大胆なことを言いますなあ」
「持って逃げる必要はないよ。全部記録したからね」
「記録?」
「え?」
三好と清音の疑問に『他言無用ですよ』、と言い添えて蔵之介が答える。
「ギフトパネルとスマホを融合したと話しましたが、その機能で写真撮影や録画が自在にできます。いまのところ、保存領域の残量を気にする必要はなさそうです」
「それで、記録済みという訳ですか」
首を傾げる清音を置き去りにして、三好が『何とも、便利なギフトですな』と付け加えた。
「この世界の人には、想像もできないような、使い方をしていると思いますよ」
蔵之介が
「組み合わせ、ですか。一つしかギフトを持たない人たちには、できない発想でしょうな……」
「我々を召喚した魔法陣。もう一度見ないと分かりませんが、恐らく紋章魔法か、それに類するものだと予想しています」
「じゃあ、あの魔方陣を逆に使えば帰れるかもしれませんね」
目を輝かせる清音に蔵之介が残念そうに言う。
「新しい紋章を作りだしたり、紋章の効果に変化を加えたりすることはできないんだ」
「無理ですかあ」
清音が肩を落として、大きなため息を吐いた。
そんな彼女を元気付けようと、蔵之介が明るい口調で言う。
「将来的には、できるかもしれないけどね」
「将来的には?」
すぐさま聞き返した三好に、蔵之介が言う。
「ここを脱出したら、世界各地の紋章魔法を調べて回るつもりです。日本へ帰る空間を開く紋章であったり、西園寺さんが言ったように、効果を逆転させたりする紋章が、見つかるかも知れませんから」
「あたし、伊勢さんに付いていきます。異世界を旅して周りましょう」
「私もご一緒させてください。安住の地を見つけるまで、ですけどね」
三好がそう言ってほくそ笑んだ。
「複雑な心境ですよ。早く安住の地を見つけて欲しいと思う反面、長く一緒に旅をしたいという思いもあります」
「何をおっしゃいます。早いところ、いとこ姪さんのところへ戻ってください」
「普通に『姪』でお願いします」
三好にそう告げながらも、
今夜辺り聞いてみようと考えていると、清音の声で現実に引き戻された。
「伊勢さん。それでどうやって、脱出するんですか?」
「私もそれが気になっていました」
清音と三好。
二人の期待に満ちた視線が蔵之介に向けられた。
◇
「――――という具合に、脱出方法は至ってシンプルです。重要なことは事前準備と、それを悟られないことです」
「何だか伊勢さんのお話を聞いていると、本当に簡単に脱出できる気がしてきました」
「そう上手く行くでしょうか? 相手にだって知恵はありますよ」
楽観する清音とは対照的に、三好が不安を口にした。
不敵な笑みを浮かべて、蔵之介が返す。
「大切なのは初動です。初動を誤らせることができれば、脱出は成功します」
「そこまで言い切られては、信用するしかありませんな」
蔵之介にしても本当に自信がある訳ではなかった。
不確定要素が多く不安も大きい。
それでも不安を伝えては失敗につながる、と考えてすべてを内に秘める。
「すごい自信ですねー。やっぱり、経験ですか?」
清音のセリフが蔵之介に突き刺さる。
過去の苦い経験が脳裏をよぎった。
「そうだね。捜査でも初動で失敗すると、取り返すのが大変なんだよ」
三好が苦笑する。
「娘さん、それくらいにして上げてください」
「え?」
キョトンとする清音をよそに三好が言う。
「準備も含めてほとんどすべて、お任せしてしまうことになりますな」
「今回キーになるのが紋章魔法ですから、仕方がありませんよ」
そう言うと、蔵之介が一拍おいて口を開く。
「とは言っても、土魔法と水魔法が使えるんですよね? それの伸び如何では、協力してもらうかもしれません」
「そのときは是非おっしゃってください」
「伊勢さん。あたしも五感共有を、使えるように頑張ります」
必死に役立とうとする清音を、蔵之介と三好がほほ笑まし気に見る。
「西園寺さんは無理をしないで。まずは、魔力感知を頑張ろうか」
「はい」
清音の明るい返事に続いて、緊張した様子で三好が聞く。
「それで、脱出はいつ頃を考えていますか?」
「そうですね。色々と仕返しをしたい、との思いもありますが……」
何種類かの呪いの紋章魔法が、脳裏に浮かんでは消える。
次いで、三人の高校生、
最後にルファ・メーリングの美しい顔が浮かんだ。
「仕返し、ですか」
「誰にですか?」
三好が口角を吊り上げ、清音が不思議そうに疑問を投げかけた。
清音の反応に、蔵之介と三好が再び吹き出す。
「我々大人は汚れているみたいですね」
「まったくですな」
目を丸くして二人を見る清音をよそに、蔵之介が話を再開する。
「仕返しの方は、まあ適当に嫌がらせをするとして」
「それでも、やるんですね、仕返し」
同意するように首肯する三好に、蔵之介がニヤリと笑う。
「色々と確認しておきたいことや、やり残したことがあります。二日は欲しいですね」
召喚された神殿にあった魔法陣が脳裏に浮かぶ。
続いて、指導員の一人が口にした、宝物庫にあるという様々な魔道具の情報を、記憶の淵から引き揚げた。
「召喚の魔法陣を見ておきたいのと、宝物庫のお宝を頂けないかなあ、と」
蔵之介が悪そうな笑みを浮かべた。
三好がそれに応える。
「バスがまだ神殿にあります。明日の朝一番で、車内に置き忘れた道具を取りに行きたいと、ルファさんに申し出ます」
「是非、お手伝いさせてください」
「宝物庫の方は、すぐには思い浮かびませんな」
「なあに、そっちは幾つか腹案があります」
蔵之介と三好が楽しげに会話していると、突然清音が二人に話しかけた。
「あの、あたしにも分かるように、お話をしてくれませんか?」
「刑事さん、よろしくお願いします」
三好が大きく一歩退いた。
「さて、どこから話そうか――――」
蔵之介が清音に、要約しての説明を始めた。
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