第21話 脱走準備

 月明りの下、伊勢蔵之介いせくらのすけが不敵な笑みを浮かべた。


「紋章魔法っていうのは便利な魔法ですよ。ただし、この世界の人たちはその便利さをしらない」


「不可視と時限装置、それに収納の紋章魔法ですか。便利を通り越して恐ろしくなりますな」


「知らないっていうのは、気の毒ですよね」


 三好誠一郎みよしせいいちろうが脱出計画の内容を、心のなかで反芻はんすうして言う。


「練兵場の外にある森を抜けて脱出。我々が通過してから、霧と炎で目くらまし、ですか」


「ええ、我々が通過した後に、です」


「霧と炎が時間差で突然発生したら、きっと驚くと思います」


 興奮した西園寺清音さいおんじきよねの声が夜の闇に響く。


「伊勢さん、頭いいです! やっぱり琴乃ことののいとこ伯父だけあります!」


「他言無用だからね、西園寺さん」


 ――――蔵之介が三好と清音に脱出計画を打ち明けたのは昨夜のこと。


 脱出計画を話し合ってからの動きは速い。

 蔵之介と三好は、早朝から行動を開始していた。


「こちらでございます」


 蔵之介と三好を案内をしてきた神官はそう言うと、同行した衛兵に身振りで指示をだした。

 四人の衛兵が歯を食いしばって、渾身こんしんの力で重厚な扉を開ける。

 

「随分と重そうですね」


 蔵之介の問いかけに、答える衛兵はいなかった。 

 扉が開くと一台のバスが視界に飛び込んでくる。


「バスはそのままでしょうな?」


 三好が神官に聞くと、神官が深々と頭を下げて言う。


「もちろんでございます。勇者様の私物に、手をだすような不心得者はおりません」


 蔵之介たちは彼らが召喚された場所。神殿の最深部にある召喚の間にきていた。


『バスのなかに忘れ物をしたので、取りに行きたい』。この申し出は上機嫌のルファにより、二つ返事で了承された。


 取りにきたのは工具とバッテリー。

 表向きの話である。


 本当の目的は別にあった。

 蔵之介の視線が、二メートル四方の召喚陣を捉える。続いて、召喚の間を隅々まで見回して記録する。


 次は軽油だ。

 蔵之介は内心でそうつぶやくと、次のターゲットであるバスに視線を向けた。


「準備は万端のようですな、刑事さん」


「ええ、バッチリですよ。さあ、バスのなかの物を、取りに行きましょうか」


 三好がほくそ笑み、蔵之介が口元を綻ばせた。

 蔵之介が神官たちはどうするのか、と問いかけるように振り向く。

 

「それじゃあ、私たちは部屋のなかに入るけど――」


「ご一緒させて頂きます」


 衛兵を入口に残して、蔵之介と三好は神官と一緒にバスへと歩を進めた。


 バスの前に到着すると蔵之介が神官を振り返る。


「バスのなかまで、一緒にきますか?」


「いえ、こちらで待たせて頂きます」


 若干頬を引きつらせた神官を残して、蔵之介と三好はバスのなかへと消えた。


 ◇


 伊勢蔵之介たち第三グループのメンバーは練兵場近くの森を歩いていた。

 同行しているのは、五人の指導員と護衛役の衛兵が十名。


 蔵之介は練兵場森の浅い部分を歩きながら、後ろを歩くハンス・ゲーリングに礼を言う。


「ハンスさん、すみませんね。我がままを聞いてもらって」


「連日、書庫で魔導書を眺めていては、気分も滅入るでしょう」


 前日、ルファ・メーリングに、やる気を見せたのが功を奏した。

『気分を変えて屋外で魔力感知の訓練をやりたい』、という蔵之介たちの願いは、あっさりと聞き入れられた。


「魔力感知の訓練も、こうして屋外でやることで、効果がでると嬉しいんだけどね」


 力なく笑う蔵之介にハンスが力強く言う。


「魔力感知の訓練は、精神面の影響も大きいです。気分を変えることで、良い結果につながりますよ」


「でも、どうして森なんですか?」


 指導員の一人が、蔵之介に疑問を投げかけた。

 蔵之介と清音の言葉が重なる。


「練兵場を使いたくなかっただけですよ」 


「ごめんなさい。練兵場が嫌だ、とか言っちゃって」


 申し訳なさそうにする清音に、指導員たちが慌てて答える。


「謝られるようなことでは、ございません」


「早々に訓練を再開されるサイオンジ様には、頭が下がる思いです」


 清音が天真爛漫てんしんらんまんな笑みを浮かべる。


「ありがとうございます。そう言って頂けると、少し気が楽になります」


 清音たちのやり取りから、蔵之介へとハンスが意識を向ける。

 度々集団を離れて森の樹々を見たり、触ったりする蔵之介に疑問を投げかける。


「先ほどから、何をされているのですか?」 


「植物が好きでね。私たちがいた世界の植物と随分違うなー、と思いながら観察していたんですよ」


 根元に座り込んでいた蔵之介が、立ち上がって大樹を見上げた。

 釣られてハンスも大樹を見上げる。


「珍しいですか?」


「珍しいというよりも、初めて見る植物ですから、こうして見たり触ったりするのは楽しいですね」


「我々の世界に興味を持って頂けるのは、嬉しいですが……」


 言葉を濁すハンスに、蔵之介が先をうながす。


「嬉しいですが?」


「練兵場からだいぶ離れましたし、そろそろこの辺りで如何いかがでしょうか?」


「そうですね。それじゃあ、始めましょうか」


 蔵之介たちは魔力感知の訓練を開始した。


 穏やかな陽射しが、生い茂る葉の間から地面に届く。

 倒木に腰を下ろしていたハンスの目に蔵之介が映った。木漏れ日の射す森のなかを、気ままに歩き回っている。


 注意をしようとハンスが腰を浮かせたとき、指導員の一人から声が上がった。


「ミヨシ様、如何されましたか?」


 開始後間もなく、三好がしきりに首を傾げる。


「いや、ちょっと……」


 三好が考え込むように答えた。その様子に指導員が期待に目を輝かせる。 


「どんな小さな変化でも構いません。気付いたらおっしゃってください」


「身体のなかに温かいものを感じたので、それを手のひらに集めるよう、意識しました」


 そう言って三好は自分の右手に視線を落とした。


「それで?」


 ハンスをはじめとした指導員たちが、三好の周囲に集まりだした。


「いま、右手の手のひらに何かが乗っている。そんな感じがします」


 三好の一言に、


「素晴らしい! 魔力を感知した途端、魔力を集められるなんて」


「さすが、勇者様です!」


 周囲の指導員が興奮しだし、土魔法と水魔法の指導員が三好に掴みかかる。


「ミヨシ様、土魔法を使ってみましょう」


「いいえ、ここは水魔法です。遺跡探索で水は欠かせません」


 ハンスが慌てて引きはがす。


「落ち着きなさい。どの魔法を試すかは、ミヨシ様に決めて頂きましょう」


 指導員と護衛の衛兵、全員の意識が三好に集まった。


 ◇


 三好は真先に水魔法を発動させ、次いで土魔法を発動させた。

 周囲が興奮するなか、


『発動したばかりで、暴走させる不安がある』


 との三好の主張を聞き入れる形で、蔵之介と清音は場所を移して、魔力感知の訓練をすることになった。

 三好の演技の上手さに感心しながら、蔵之介がハンスに言う。


「三好さんのところから、十分に離れました。この辺りでいいでしょう」


 蔵之介の声はハンスに届いていなかった。

 興奮冷めやらぬハンスの声が辺りに響く。


「素晴らしい! やはり、勇者様は違います。イセ様とサイオンジ様も、是非ミヨシ様に続いてください」


「はいっ。三好のお爺ちゃんが魔法を使えたんですから、私にもできそうな気がしてきました」


「その意気込みです」


 清音の溌剌はつらつとした意気込みに、ハンスたちも興奮気味に返す。


「サイオンジ様。貴重な魔石を、ルファ様から幾つもお預かりしております。魔力感知ができたら試してみましょう」


「まずは魔力感知ですね」


 そこには数十分前まであった、清音に対する気遣いは忘れられていた。




――――――――――


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