第17話 西の開拓地(2)

 蔵之介たち三人は黒龍傭兵団こくりゅうようへいだんのイグナーツ団長の案内で、西の開拓地でも最大と目されている鉄鉱脈のマーティン採掘さいくつ場へと足を踏み入れていた。


「鉄鉱脈の採掘現場というのを初めて見ましたが随分と広いのですね」


 蔵之介は高さ三メートルもある天井を振り仰ぐ。

 その視線の先には洞窟内の岩盤が崩れてこないよう、頑丈な木材で組まれた支えがあった。


 傍目はためにも十分な補強がされている。

 彼らの傍らを鉄鉱石の積まれた手押し車を押す鉱夫たちが通り過ぎていく。


 鉱夫たちは誰もが上半身裸でほこりまみれだった。

 環境としては劣悪なのが一目で分かる。


「この採掘場は何でマーティン採掘場なんですか?」


 洞窟を進みながら清音が聞いた。


「この鉄鉱脈を発見したのがマーティンだからです」


 開拓民の一人、マーティンが発見した採掘場で彼の名前で登録されたから、マーティン採掘場、なのだと説明した。

 その回答に清音が疑問を投げかける。


「あれ? この採掘場の持ち主はキース男爵じゃありませんでしたっけ? それともキース男爵がマーティンさんから借りているんですか?」


「キース男爵が買い取ったのです」


「こんな大きな採掘場をご領主様に買い取ってもらったなら、マーティンさんは今頃、悠々自適の生活でしょうね」


 清音の屈託のない笑顔にイグナーツの顔が一瞬曇る。だが、蔵之介も三好も気付かぬ素振りで彼の次の言葉を待った。


「いいえ、マーティンは西の開拓地で農地を切り拓いています」


「うわー、堅実う。結婚するならそういう男の人が理想ですよねー」


 清音の顔をマジマジと見ながらイグナーツが言いにくそうに口にする。


「いえ、後日談があるんですよ」


「後日談?」


「マーティンはキース男爵から受け取った資金を元手に、さらに大きな鉄鉱脈を発見しようと鉱脈の調査に全額を投じてしまい、すべてを失いました」


 奥さんと子どもばかりか、実の両親も愛想を尽かせて故郷へ帰ったそうだ。

 文字通り、すべてを失って農地開拓をしている。


「バカですね」


 間髪を入れず率直な意見を口にした彼女にイグナーツがたじろいだ。


「そう、でしょうか?」


「そうですよ」


「賢いとは言い難いですが、男なら夢を追いたくなる気持ちも理解できます」


「独身ならそれもありだと思いますけど、奥さんや子どもがいるのに足元をおろそかにして夢を追うのはちょっと……」


 清音の言葉にイグナーツが苦笑いを浮かべて同意する。


「私も彼の行動は賛成しかねます」


「団長さんは堅実派なんですね」


 傭兵団の団長が堅実かは疑問が残るが、清音のお陰でイグナーツが領主側にとって不利益なことでも包み隠さずに話す人間であることが分かった。

 そこまで会話が進んだところで清音がハタっと気付いたように聞いた。


「もしかして、家族が生活するのに十分な額でご領主様に買い取ってもらえなかったから、マーティンさんはまた鉄鉱脈を探したとか?」


「え……」


 イグナーツが絶句した。

 よくぞ聞いたものだと感心する蔵之介に三好が耳打ちする。


「そろそろ止めたほうが良くありませんか?」


「そうですね、タイミングを見計らって会話に入るようにしましょう」


 と蔵之介が応じた。


「そうなのですか?」


 もう一度清音が聞くと、気を取り直したイグナーツが答える。


「そんなことはありません。十分な金額です。ご領主様が買い取られた額は町の人たちなら知っているはずです」


 マーティンが開拓者たちに酒をおごりながら金額を吹聴していたのだと付け加えた。


「そのときの買い取りの責任者はジョシュアさんですか?」


 蔵之介が会話に割って入った。

 すると、イグナーツはどこかほっとしたような表情で答える。


「西の開拓地は当初からジョシュア様が責任者でしたので。ですが、鉄鉱脈の買い取りに関しては額が大きいこともあって男爵様が金額を決定されています」


「それはいまもですか?」


 語尾が現在進行形であることに気付いた蔵之介が確認するように聞き返した。


「責任者とは言っても領主代行ですので」


 蔵之介はかなり突っ込んだことを聞いたつもりだったが、彼の予想に反してイグナーツは躊躇ちゅうちょなく答えていた。

 清音との会話で適度に混乱でもしたのだろうか、と思いながら話を変えてみる。


「ここは農地開拓地域と聞いていましたが、農地の開拓よりも鉄鉱脈の採掘に力を入れているようですね」


「ご領主代行の判断です」


 農地の開拓と鉄鉱脈の開発。

 どちらが重要かは比べるまでもないでしょう、とイグナーツは笑った。


 確かにその通りだと蔵之介も思う。

 野心が多少なりともある貴族なら陞爵しょうしゃくのチャンスをむざむざ逃しはしないだろう。


 今夜あって話をしてみないと分からないが、キース男爵も鉄鉱脈の採掘には賛成なのだろう。

 そしておそらくはダルトンもだ。


 仕えるキース男爵家が子爵や伯爵へ陞爵しょうしゃくすれば、彼も騎士爵から準男爵へ出世する道が見えてくる。

 その辺りのことも含めて確認する必要がある、蔵之介は思案していた。


 ◇


 マーティン採掘場を出ると時間は昼に差しかかろうとしていた。

 蔵之介は小さな採掘場ならあと一、二カ所は見学できそうだと考えてイグナーツに聞いた。


「昼食を摂ったら小さい採掘場を見学したいのですが構いませんか?」


「ご案内するので声を掛けてください」


「さすがにそこまで甘えられません」


「いいえ、むしろご一緒させて頂きたいのです」


「見られたり聞かれたりしたら不都合なことでもありますか?」


「まさか、そんなことはありませんよ」


 そう言うとニヤリと笑ってイグナーツが話を続ける。


「と言いたいところですが、鉱夫たちのなかにはジョシュア様をこころよく思わない者もいます。そのような者たちと貴方を接触させたくない、というのが本音です」


 そう言って快活に笑った。


「それは困りました」


「然程お困りのようにも見えませんが?」


「実は今夜、キース男爵と会談する予定なのですが、その席で間違いなくジョシュアさんとダルトン卿について言及があると思っています」


「かも知れませんね」


 イグナーツの口振りから、彼も今夜の会談のことを知っていると確信した。

 知っていてダルトン派との接触を邪魔するということは、現時点でジョシュア派が不利だと彼も感じているのだろう、と思う


「譲れませんか?」


「譲れませんな」


 笑顔を張り付かせる蔵之介と、やはり笑顔を崩さないイグナーツが互いに視線を交わす。

 彼の反応に蔵之介は矛先を変えることにした。


「では、午後は小さな採掘場を見学させて頂きながら、隣国との関係について色々とうかがいたいのですが、それもお困りになりますか?」


「バーンズ伯爵家の間諜かんちょうや息のかかった開拓者たちの動きとその対応について、と言うことなら何も問題はありません」


 バーンズ伯爵家の名前すらボカして聞いた蔵之介が面食らった。


「それは助かります」


 昼食後に会う約束をして蔵之介とイグナーツが握手をして別れた。

 イグナーツの背中を見送りながら三好がささやく。


「入手するのが最も困難だと思っていた、バーンズ伯爵家関連の情報がすんなりと手に入りそうですな」


「どこまで本当のことを話してくれるかは分かりませんけどね」


 蔵之介も口ではそう言いながらも、イグナーツが嘘を吐くことはないだろうとどこか確信めいたものを感じていた。



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        あとがき

■■■■■■■■■■■■■■■ 青山 有


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