第2話 加勢

 破裂音に続いて肉片が吹き飛び、血しぶきが舞う。それを火魔法による爆発だと勘違いした女性がつぶやく。


「あんな火魔法、見たことない……」


 それは、その光景を目の当たりにした者たちの共通の思い。


 静寂せいじゃくが訪れる。

 悲鳴と咆哮ほうこうが消えた。金属のぶつかり合う音が止んだ。人間とオーク、双方の動きが止まった。


 圧倒的な戦力差を前にし、絶望に支配されていた空気が一変した。


 尋常でない攻撃魔法でオークを吹き飛ばして現れた見知らぬ男。伊勢蔵之介いせくらのすけに皆の視線と意識が集中する。

 期待と警戒の念が沸き上がる。


「加勢する」


「助かる!」


 即座に反応した三十代半ばの冒険者に問う。


「君が冒険者たちのリーダーか?」


「そうだ! 生きて帰れたら、俺たちが今回の依頼で貰えるはずの報酬は全てあんたにやる!」


 命が危険にさらされているときでも、報酬の取り決めだけはキッチリとしておくことに、半ばあきれ半ば感心する。

 報酬は必要ないと返そうとしたが、不自然な振る舞いになりはしないかと思い直した。


「報酬はそれで十分だ」


 即答する蔵之介に女性冒険者と若い冒険者が口をそろえて言う。


「あんた、いい人だね」


「本当だ、人が良すぎるぜ。もっとも、俺たちはありがたいけどな」


 歓迎の言葉とは裏腹に、冒険者たちの笑顔がぎこちない。

 無理に笑顔を作っているのがわかる。


「き、来た! 三匹だと、ふざけんな!」


 冒険者の一人が叫んだ。

 

「逃げろ、グレン! 三匹は無理だ!」


 リーダーの悲痛な叫び声が響き、続いて女性たちの間から悲鳴が上がった。

 再び絶望感が広がる。


 三匹のオークがフォーメーションを組んでグレンに向かう。

 先頭の盾と長剣を携えた個体が、盾を前面にかざして突っ込んでくる。続く槍と大剣を構えた二匹は、盾を構えた個体を頂点にして、三角形を形作るように位置していた。


 百五十キログラムを超える巨体が迫る。

 その迫力と威圧感にグレンの顔が青ざめた。


「ち、畜生!」


 突進してくるオークを迎え撃つため、グレンが盾を構えなおした。

 女性たちの間から、ヒステリックな悲鳴が上がる。

 

「まずは敵の数を減らして、不安を払拭するか」


 誰にも聞こえないようにささやくと、グレンに迫る三匹のオークに狙いを定めて右手を突きだす。

 次の瞬間、手のひらに浮かんだ紋章が攻撃魔法を生みだした。


 数十丁のショットガンが一斉に発射されたように、無数の小さな岩石が面となってオークをとらえる。


 ウエットな破裂音が轟く。

 最初に吹き飛ばしたオーク同様、かたまって移動していた三匹の上半身を一瞬で細かな肉片に変えた。


「う、そ……」


 飛び散る肉片と舞う血しぶき。人とオークの動きが止まった。

 再び静寂が辺りを支配する。


 圧倒的な破壊力の攻撃魔法。


 最初の一撃で理解できなかった者たちも理解した。

 援軍に現れた見知らぬ男が放つ攻撃魔法が尋常ならざるものだと。眼前の男が辺境の街で見かけるような、凡庸な魔術師ではないのだと。


「ボウっとするな! 魔物はまだ残っているぞ!」


 蔵之介の声が響く。

 弾かれたように若い冒険者が反応する。


「うわっ! す、みません!」


 続いてリーダーが叫び、女性冒険者とグレンの声がそれに続く。


「げ、撃退するぞ!」


「敵は六匹だよ! 慎重に対処すれば、あたしらだけでも勝てる数だ」


「か、勝てる! 勝てるぞ!」


 圧倒的な戦力差が瞬時に覆ったことで、余裕が生まれていた。

 四人は目を輝かせ、顔に精気をみなぎらせる。


 幾つもの甲高い金属が森の中に響く。


「無茶な戦闘は避けるんだ。敵を護衛対象に近づけないようにしてくれるだけで構わない」


 冒険者たちは防衛に徹して、オークへの直接攻撃は自分に任せるよう訴えた。

 だが、リーダーは笑顔で返す。


「そういう訳にもいきませんよ。俺たちにも少しは恰好を付けさせてください」


「ゴアァッ!」


 刹那、オークが断末魔の声を上げた。


「これで、後五匹!」


 オークを切り伏せた女性冒険の口元に、笑みが浮かぶ。

 間髪容れず、別の場所からオークのくぐもった叫びが上がる。


「ゴフッ」


 リーダーの斬撃がオークの喉首を切り裂いた。派手に血しぶきを上げてオークがくずおれる。


「残り、四匹!」


 リーダーが鼓舞するように声を轟かせ、もう一匹のオークが振り下ろした長剣を盾で受け流す。


「グレン、一匹はあたしが受け持つよ」


「すまねえ、ハンナ」


 二匹を相手にしていたグレンにハンナが駆け寄った。

 全員の戦闘状態を見回したリーダーが蔵之介に声をかける。


「魔術師さん。ルディの、うちの若いヤツの援護をお願いできますか?」


「承知した。すぐに片付けるよ」


 そう言ってルディに視線を向ける。


 オークのパワーを上手くさばけていない。

 成人男性を遥かに上回るオークの腕力に防戦一方となり、攻撃に転じるきっかけを見いだせずにいる。


 いまも重い一撃を盾でまともに受け、弾き飛ばされるようにして、地面に転がされたところだった。

 転がるルディを仕留めようと追いかけるオークに照準を合わせるようにして、蔵之介が左手を突きだす。


 先ほどのショットガンのような攻撃魔法を放つには角度が悪かった。


 直線上にオークと交戦中のグレンとハンナの姿が映った。

 神殿で放った攻撃魔法が蔵之介の脳裏をよぎる。


 収納魔法を併用して離れた空間に紋章を出現させ、術者を起点としない場所から放たれた攻撃魔法。

 この世界の常識から逸脱した魔法だ。


「力は示すが、必要以上に目立たないようにしないとな」


 蔵之介が小さくかぶりを振る。

 すると手のひらに浮かんだ紋章が、瞬時に別の紋章に書き換わった。


 ラグビーボール大の岩石が生成される。次の瞬間、高速で撃ちだされたそれは、ルディに剣を振り下ろそうとしていたオークの頭に命中した。

 頭を突然失ったオークがゆらりと倒れ込む。


「逃げた!」


 グレンと剣を交えていたオークが背中を向けて逃げだした。

 それを合図に残る二匹も脱兎のごとく走り出す。


「よし、撃退したぞ!」


「これで一安心だな」


 リーダーとグレンの声に続いて、薬草摘みをしていた女性たちが安堵の声を上げる。


「た、助かった、の?」


「オークが逃げて行っちゃったよ」


「助かったよー」


 涙を流して抱き合う者たち。腰を抜かして立ち上がれずにいる者たち。

 放心してその場から動こうとしない者たち。


 何れも安堵の表情を浮かべていた。


 冒険者のリーダーが蔵之介に歩み寄る。


「ありがとうございました。貴方に助けて頂かなければ全滅していたかもしれません」


「伊勢です。全員無事で良かった」


「失礼しました。私はロイです。ロイ・ベアード」


 蔵之介が差しだされた手を取ると、続いて彼の仲間である、グレンとハンナ、ルディの三人を紹介された。


「イセさんは、お一人で旅をしているのですか?」


 ロイの質問に護衛だけでなく、女性たちも興味を持って聞き耳を立てる。


「クラノスケ・イセさん、だって」


「ねね、独身かな?」


「一人旅なら独身の可能性あるよね」


「どんな娘が好みかな」


「あまり見ない風貌ね。どこの出身だろうね」


「名前も珍しいよね? 絶対に遠い国の人だよ」


 身体強化された聴覚により、聞き耳を立てるまでもなく、女性たちのささやき声は蔵之介に届いていた。

 そんなささやきを聞き流して、連れの者たちがいることと朝食の途中であることを告げる。


「――――私たちは朝食をすませてから移動します。なので、街へ入る手続きがあるなら、その方法を教えて頂けませんか?」


「遠慮しないでください。ゆっくり朝食を摂って頂いて構いません。街までご一緒しましょう」


 ロイの申し出に薬草摘みにきていた女性たちも同意をした。

 妙に愛想のよい女性たちに曖昧な笑みを返して言う。


「それでは一時間後にこの先の丘で落ち合いましょう」


 森を抜けて一キロメートルほど街道沿いに進んだところで落ち合う約束をして、西園寺清音さいおんじきよね三好誠一郎みよしせいいちろうの待つ野営地へと戻ることにした。

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