第1話 異世界の住民との遭遇

 樹々の隙間を抜けて降り注ぐ朝の陽射しが、幾条もの光の帯を作りだしていた。

 森に降り注ぐ陽射しの中にバスが浮かび上がる。


 バスの中に射し込む柔らかな光。

 それはベッドの上で寝返りをうつ、西園寺清音さいおんじきよねの顔を照らして彼女の覚醒をうながす。


「ん、んんっ……」


 気怠けだるい声を漏らし、ベッドの上で肢体をくねらせた。

 陽射しを避けるように左腕をかざす。


「まぶしい、よう……」


 低血圧の清音が活動を拒否する身体に鞭打って、ベッドの上に身体を起こす。

 衝立代わりのカーテンを開けると、バスの後部から全容が見渡せた。

  

 改造されたバスの内部が寝ぼけ眼の彼女の目に映る。

 もともと付いていた椅子は運転席を残してすべて取り払われ、神殿から持ちだしたベッドがたてに三台並んでいた。


 前方部分に伊勢蔵之介いせくらのすけのベッドが置かれ、中央に三好誠一郎みよしせいいちろうのベッド。

 衝立代わりのカーテンを挟んで、最後方に清音のベッドが設置されていた。


 バスがまともに走れる道がない異世界である。

 移動手段としての利用を早々に諦め、雨露をしのぐ宿泊施設として利用することにした結果がこれだ。


 ベッドの上に膝立ちになった清音が窓から外を覗くと、三好が既に朝食の用意を始めていた。

 それを見て急いでベッドを降りる。 


「ふぁー、おはようございますー」


 清音がバスの後部扉から姿を現した。


「おはよう、西園寺さん」


「おはようございます」


 蔵之介と三好の声が重なる。

 ブラウスの前がはだけた状態で、眠そうに目をこすっている清音を見た二人が顔を見合わせて苦笑する。


「伊勢さんも三好のお爺ちゃんも早いですねー」


 蔵之介と三好の声が再び重なる。

 

「あー、西園寺さん。ブラウスのボタンが全開だよ」


「若くはありませんが、伊勢さんも私も男なんですよ。それなりに目の毒になるんで、気を付けてくれると助かりますなあ」


「キャーッ! ご、ごめんなさいー!」


 二人に指摘され、自分の恰好に気付いた清音が、慌ててバスの中に飛び込む。

 その様子に、三好と蔵之介が再び顔を見合わせた。


「やれやれ、まだまだ子どもですなあ」


「いやー、うちの姪も割と隙だらけですよ。高校三年生なんて、あんなもんじゃないですか?」


「こ、子どもじゃありませんよ。う、うら若き乙女に失礼なことを言わないでください」


 耳まで真赤にした清音が、バスの中から抗議の声を上げた。


「うら若き乙女なら、もう少し恥じらいを持ちましょうか」


 快活な笑い声を上げる三好の隣で、蔵之介が独り言を言う。


琴乃ことのさんも大概無防備だけど、ノーブラでフラフラしているのは見たことないなあ」


「刑事さん。可愛い従妹姪いとこめいさんに、また叱られても知りませんよ」


 三好の言葉に苦笑いを返す。


「そうですね。触らぬ神に何とやら。私は朝食ができるまでの間、周辺の偵察をすることにします」


 蔵之介は三好に朝食の支度を任せて、ストレージからドローンを取りだした。


 バスの中では耳まで真赤にした清音が、ベッドの上を転げまわる。


「いやー、いやー! お嫁にいけないー」


 魔力で強化された聴覚が、聞きたくもない外の会話をとらえていた。

 一人、自己嫌悪に陥る清音。


「バカバカ、あたしのバカ! こ、琴乃にもこんなこと話せないよー」


 そんな彼女をよそに、外にいる男二人は淡々と自分たちの仕事を進める。


「さあて、処女飛行だ。上手く飛んでくれよ」


 蔵之介の手を離れたドローンが上昇する。

 特に操作をしている様子は見当たらない。


「便利ですなあ。昨夜届いたモノをそのまま、ではないのでしょう? 魔道具ですか?」


「ええ、そうです。届いた直後に紋章魔法を付与して魔道具にしました。ギフトパネルに融合することができたので、私の意志で操縦可能です」


 さらに消音の紋章魔法を付与したこと。

 可視と不可視の切り替えも自在にできるようにしてあることを告げる。


「随分と遠隔から操作できるんですな」


「限界がどのくらいなのかも含めて、これから色々と実験します」


 攻撃魔法が撃てるように改造したドローンを、十台くらい自在に飛ばせたら格好いいだろうな。

 自分の周りを飛び回る不可視のドローンから、各種攻撃魔法が撃ちだされる様を夢想してだらしなくニヤケる。


 ドローンに搭載したカメラがとらえた映像が蔵之介を現実に引き戻した。

 ギフトパネルの一つに、森を俯瞰した映像がリアルタイムで映しだされる。


「おおー。これは空を飛んでいるみたいで面白いな」


 蔵之介のその言葉に、バスの中から興味深げに覗いていた清音が反応した。


「あ、あたしもやってみます」


 バスから飛びだした清音が、近くにあった倒木に腰かけて上空を飛ぶ小鳥を見つめる。

 瞬時に小鳥の視覚を共有して歓声を上げた。


「わー! 気持ちいー!」


 この五日間、ギフトの能力を向上させるため、訓練を続けてきた。

 なかでも清音の五感共有の向上は目覚ましい。


 蔵之介は清音の五感共有が速やかに発動したことを確認すると、ギフトパネルに映しだされているドローンからの映像へ意識を移した。


 ギフトパネルに樹々が不自然に揺れ、鳥たちが一斉に飛び立つ様子が映る。

 

「また魔物か?」


 ドローンのカメラがとらえた映像に違和感を覚えた蔵之介が、その正体と突き止めようとドローンを降下させる。


 急速に地面が近づく。

 生い茂った樹木の隙間から動くものが見える。


 村娘風の若い女性に続いて、冒険者風の男たちの走る姿が映った。

 続いて彼らを追う魔物。


「人だ! この先で人が襲われている!」


 神殿を脱出してから五日。

 初めて遭遇する住民は魔物たちから逃げ惑う人々だった。


 五感共有を解除した清音と朝食の支度の手を止めた三好。二人の視線が『どうするのか?』問うように蔵之介へ向けられた。


「助けましょう!」


 即座に断言する蔵之介に、清音が尊敬の眼差しを向ける。


「わ、やっぱり刑事さんですね」


「弱みに付け込むようで気が引けますが、恩を売る絶好の機会ですな」


「え……」


「予定通り、ある程度の力を持っていることも示しましょう」


「ええーっ」


 驚く清音に蔵之介が笑顔を向ける。


「ふらりと現れたよそ者よりも、魔物から助けてくれた腕利き。という方が今後の活動がし易いからね」


「恩を感じれば、多少は便宜を図ってくれるでしょう」


 蔵之介と三好のセリフに清音が若干引き気味に言う。


「そんな、命の危険にさらされている人たちなのに……」


「世の中、綺麗ごとだけじゃ渡っていけないからねえ」


「危ないところを助けるのは本当なんですから、そんなに気に病むことはありませんよ」


「うわー、汚い。大人の汚い部分を垣間見た気がするー」


「魔物をけしかけてから助けよう。という案もありましたが――」


 三好の言葉を遮って、蔵之介が言う。


「幾ら何でもやりすぎだろう。ってことで、却下にしたよ」


「いやー、聞きたくなかったー」


 頭を抱えて叫ぶ清音を横目に蔵之介が言う。


「三好さん、ここで西園寺さんを守ってください」


「お一人で大丈夫ですか?」


 必要なら三人で救助に向かおうかうと、言外に提案した。


「確認できる範囲で、オークが十一匹です。昨日倒した数よりも、二匹多いだけですから問題ないでしょう」


 そう言って蔵之介は魔力による身体強化を図ると、もの凄い速度でオークたちと交戦している冒険者たちの下へと駆けだした。 


 ◇


 魔物と交戦している人間たちの上空にドローンを待機させ、それを目印に森の中を疾走する。

 蔵之介とオークとの距離が急速に縮まる。


「冒険者風の男女が四人と……」


 金属と金属がぶつかり合う、甲高い音が森の中に響き渡る。続く人の悲鳴と怒声に魔物たちの咆哮ほうこうが交じる。

 待機させたドローンをわずかに移動させた。


「村人が十五人。こちらは、すべて若い女性か」


 ギフトパネルに映るドローンからの映像には、逃げ惑う若い女性たちが映っていた。

 冒険者の切羽詰まった叫び声が蔵之介の耳に届く。


「ロイ! すまねえ、そっちに一匹行っちまった!」


「バカヤロー! しっかり足止めをしやがれ!」


 すり抜けてきたオークに冒険者の一人が剣を突き立てる。

 

 樹木の隙間から血しぶきを上げるオークの姿を、蔵之介が肉眼でとらえた。

 冒険者の一人がオークの分厚い皮下脂肪を貫いて、長剣を左胸に深々と突き刺している。


「よし! 仕留めたぞ!」


「まだ一匹じゃないのさ! 数が多いんだから囲まれたら終わりだよ!」


 女性冒険者の指摘通り、彼らの退路を断とうと、回り込む動きをみせる個体があった。


「こんなところでオークがでるなんて初めてだぞ!」


「薬草採取の護衛のはずじゃなかったのかよ」


 悪態を吐く二人の若い冒険者を叱りつける声が轟く。

 壮年の冒険者と女性の冒険者だ。


「口じゃなく手を頭を動かせ!」


「無駄口をたたくやつは早死にするよ!」


 冒険者たちの声に交じって女性の悲鳴が上がる。


「キャーッ!」


 先頭を走っていた女性の前に大剣を手にしたオークが躍りでた。


「しまった!」


「畜生! 回り込まれちまった!」


 女性の悲鳴と冒険者の悲痛な声をかき消すように、オークが勝ち誇ったように一際大きな咆哮を上げる。


「ゴアーッ!」


「イヤーッ! た、助けてー!」 


 採取した薬草が入ったカゴを迫るオークに投げつけて女性が転がるように逃げる。

 だがオークの足の方が速かった。


 剣の間合いに女性をとらえるとオークは容赦なく大剣を振り下ろした。


「ヒッ」


 短い悲鳴があちこちから上がる。

 一緒に逃げていた女性たちが、転がる女性から目を背ける。


 次の瞬間、破裂音を伴って突風が吹く。

 大剣を振り下ろそうとしていたオークが、腰から上を失って地面を勢いよく転がった。

 

 蔵之介が放った紋章魔法。

 ショットガンをイメージして放たれた無数の小石は、オークの上半身を無数の肉片に変えた。


 一瞬の静寂。

 女性たちと冒険者だけでなく、オークたちの動きも止まった。


 続く女性の悲鳴。


「ヒーッ!」


「もう大丈夫ですよ」


 蔵之介が緩い口調で悲鳴を上げる女性に語りかけた。


「だ、誰?」


 声を発したのは一人だけだったが、その場にいた者すべてが蔵之介を注視する。


「さて、と。派手に倒して私たちのことを印象付けるにしても、やりすぎには注意しないとならないよなあ」


 皆の視線が注目する中、蔵之介が独り言をつぶやいた。

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