第6話 ダルトン

 二人の男が転がりでてきた建物から三人の男たちが現れた。最初に転がりでてきた二人も十分に厳つい男だったが、後から現れた三人はさらに厳つい男たち。


「うわー、トラブルをまき散らしそうな人たちがでてましたよー」


「何だか荒事が好きそうな連中がでてきましたな」


「不味いね、あれは領主様が雇った傭兵団のヤツラだよ」


 清音と三好、果物売りの女性の言葉が重なった。

 蔵之介は二人には反応せずに果物売りの女性にロイや薬草摘者女性たちから仕入れた知識の確認をすることを選択する。


「傭兵団っていうと、開拓民が雇った冒険者に対抗するために領主が雇ったという?」


 正確には鉄鉱石が産出した土地を開拓した開拓民を追い出す目的で、領主が先に冒険者を雇って嫌がらせをし、これに対抗するために開拓民が冒険者を雇った。

 それが激化してついに領主側が治安維持の名目で傭兵団を雇い入れたと聞いている。


「あの転がっているのが農民側の雇った冒険者で、傭兵団が領主様の雇った連中だよ。どっちも迷惑な話さ」


「領主側と開拓民とで、どちらも譲らずに泥沼の状態ってことですか?」


「泥沼どころじゃないよ。いつ内乱になってもおかしくない、なんて言ってる連中もいるくらいだ。最初はそんなことないと思っていたけど、最近はそうでもないと思わされるよ」


 前半は迷惑そうな表情を浮かべ、後半は不安げな視線を傭兵たちに向けている。

 蔵之介が辺りの屋台を見回すと、同じように迷惑そうな表情と不安げな表情とが、ない交ぜとなった人たちであふれていた。


「一触即発の状況と言うことですか」


「ダルトン様がいるから内乱にならずに済んでいるようなもんだよ」


「ダルトン様って?」


「ご領主様の右腕で、今回の開拓計画の責任者さ。あの方だけはあたしら平民の味方だよ」


「伊勢さん、剣を抜きましたよ! 二対三です!」


「刑事さん、どうします? 助けに入りますか?」


 清音と三好の視線が蔵之介の上で止まった。


 ここまでの道中、蔵之介ほどではないが清音と三好も魔物との戦闘を経験している。

 ロイや薬草摘みの女性たちの話をから、身体強化だけでの戦闘であっても、清音と三好の二人が平均的な冒険者に後れを取るとは思えなかった。


 まして三好の土魔法と水魔法は訓練中に見た指導員たちよりも遥かに破壊力がある。

 それでも対人戦となれば慎重にならざるを得ない。

 

「ちょっと、無茶なことはやめなよ。攻撃魔法のギフト持ちだか何だか知らないけど、相手は傭兵だよ。あの三人だけじゃないんだ。後からおっかない連中が押し寄せてくるよ」


 蔵之介が反応するよりも早く、果物売りの女性が二人を止めた。

 傭兵団のメンバーともめると、傭兵団そのものを敵に回すことになると知って三好が渋い顔をする。


「敵に回すには相手が悪すぎると言うことですか?」


「傭兵団は何人くらいいるんですか?」


 三好と蔵之介の疑問が果物売りの女性に投げかけられた。


「百人ちょっといるよ。相手が悪いなんてもんじゃないよ。開拓民が音を上げないで、持ちこたえられているのが不思議なくらいさ」


 そのとき、鋼がぶつかり合う甲高い音が響き、続いて女性の悲鳴が幾つも上がった。

 瞬く間に辺りが騒然となる。


 剣撃の音が連続して鳴り響いた。

 見ると傭兵の一人が冒険者二人を相手に圧倒している。残る二人の傭兵団員は薄ら笑いを浮かべて静観していた。


「うわー、あの傭兵さん強いですよ!」


「傭兵が強いというよりも、あの二人の冒険者が弱いんでしょうな」


 三好の言うように、蔵之介の目にも二人の冒険者の身体強化が不十分であるように映った。

 身体強化が不十分に見えたのは傭兵もだ。


 実戦はともかく、単純に魔力による身体強化を図ったときの能力を比べれば、剣を振り回している傭兵よりも清音の方が上だと蔵之介にも思える。


「この街では冒険者と傭兵の喧嘩はどう裁かれんるのでしょうか? やっぱり怪我を負わせたり、誤って殺したりしたら重罪ですよね」


「喧嘩で怪我をさせるのはともかく、殺したらどこの国だって重罪じゃないのかい?」


 蔵之介の質問に果物売りの女性が驚いたように言い返した。


「怪我程度は大目に見てもらえるってことですか?」


「手足を切り飛ばしたりすれば問題だけど、大怪我じゃなければ当人同士の問題だよ」


 その程度で済むなら、眼の前の冒険者二人を助けるか。

 蔵之介がそう思ったとき、道の向こう側からもの凄い勢いで騎乗した騎士が駆け込んできた。


「そこまでだ! 双方引けー! それ以上の争いは私が許さん!」


 その騎士の姿を見た瞬間、傭兵の顔色が変わった。


「あ、傭兵が引きましたよ」


「対照的に冒険者はホッとしているようですな」


 清音が駆け込んできた騎士と傭兵との動きを目で追う傍ら、三好は住民の様子を含めて俯瞰するように見ていた。

 安堵の色を見せる果物売りの女性に蔵之介が問いかける。


「あの騎士が、先ほどの話にでてきたダルトン様の配下ですか?」


「あれがダルトン様だよ。ご本人だ」


 果物売りの女性の声が弾む。


 蔵之介はダルトンに改めて視線を向けた。

 領主の右腕と聞いていたのでもう少し年上を想像していたが、騎馬から飛び降りたダルトンはどう見ても三十歳を過ぎた程度にしか見えなかった。


「随分と若いですね」


 ダルトンに何か言われて、三人の傭兵がすごすと引き下がる。

 同様に冒険者の二人も引き下がった。


「傭兵団は領主が雇ったんですよね? その傭兵団をどうして領主の右腕であるダルトン様が止めるんですか?」


「さあ、難しいことはあたしには分かんないよ。でも、ダルトン様があーやって精力的に動いてくれるお陰で大ごとにならずに済んでいるんだよ」


「まったくだ。ダルトン様には幾ら感謝しても感謝しきれねえよな」


 突然、隣の屋台で雑貨を売っていた人懐こそうな男が、蔵之介たちの会話に割り込んできた。

 見れば、同じように屋台の裏に隠れていた者たちが次々と姿を現す。

 誰もが安堵した顔をしている。

 

「ダルトン様は平民の味方ということですか? 領主の右腕なのに?」


「俺もそこいらは分からねえんだ。でも、今回みたいな小さいもめ事ででてくることは珍しいけど、大きいもめ事はでてきて解決してくれるんだよ」


「そうそう。それも平民の立場に立って解決してくれるんだ」


「そうなんですね。平民の立場に立ってくれる人が、ご領主様の側にいるというのはありがたいですね」


 蔵之介の知識や常識から考えると矛盾することが多く、二人の言うことをうのみにはできなかった。

 それは三好も一緒のようで、蔵之介と二人して顔を見合わせる。


「おお! しかも喧嘩両成敗ですよ。どっちも平等に追い払っています」


「これで一件落着だね」


「ダルトン様がきてくださって助かったよ」


「本当、凄い人ですね」


 走り去るダルトンの背に清音が感激の視線を向ける。

 そんな彼女に果物売りの女性が言う。


「あんたらも感謝しな。下手したらこっちまで、とばっちりを食うかもしれなかったんだよ」


「はい。目一杯感謝しちゃいますよ」


 果物売りの女性と雑貨やの男性との会話に夢中になっている清音をよそに、三好が蔵之介にささやく。


「刑事さん、どう思いますか?」


「怪しいですね。もし本当に領民のために頑張っているとしたら、領主から疎まれるでしょう。それがないと言うことはグルの可能性があります」


「さすが刑事さん、端から疑ってかかっていますね」


「我々がダルトン様とやらのことを疑っているのは、西園寺さんには内緒にしましょう。それと、落ち着いたころにあの店に事情を聴きに行きましょう」


 蔵之介の言葉に三好がうなずいた。

 首肯する三好から、清音との会話に夢中になっている果物売りの女性に声をかける。


「ところで、武器屋はどこにあるかご存知ですか?」


「武器屋なら、たった今扉を壊された建物が武器屋だよ」


 冒険者と傭兵がでてきた建屋を、酒場だとばかり思いこんでいた蔵之介が苦笑いを浮かべてお礼を言う。


「ありがとうございます。なるほど……」


 三好と目が合うと、蔵之介が苦笑して話を続ける。


「これは手間が省けたと思うことにしますよ」


 肩をすくめる蔵之介に三好が口元に笑みを浮かべて言う。


「武器屋の後は、ダルトン様と直接接触しますか?」


 三好がリスクの高い解決策を提示する。


「ダルトンさんと一度接触して詳しい話を聞くのはリスクが高いでしょう。かといって裏でコソコソ嗅ぎまわるのはそれ以上にリスクがある。どれか選べというなら、早々にここを立ち去るのが利口な気がします」


 口ではそう言ったが、ダルトンと接触することになるのだろう、と蔵之介は予感めいたものを感じていた。

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