第5話 観光しよう

「それで、何から始めるんですか?」


 清音の問いに銀貨を皮袋に取り分けながら返答する。


「取り敢えず、買い物かな」


「わー! 買い物!」


「ファンタジー世界での買い物ですか。年甲斐もなくワクワクしてきますな」


 清音と三好が笑みを見せた。


「ですよね、ですよね! ワクワクしますよね!」


「街のどこに何があるのかも分からない状態だし、異世界観光をしながら必要そうなものを買おうか」


 蔵之介は楽しそうに話す二人に向かってそう言うと、三等分した銀貨を小さな皮袋に入れて二人に渡す。

 脱出計画の時点で、道中で稼いだお金は三等分するとの取り決めをしていた。


 それでも、いざ現金を手渡されると受け取るのが躊躇われたのだろう。

 二人とも銀貨の入った皮袋を受け取ろうとしない。


「そういう約束ではありましたが……よろしいのですか?」


「あの、何だか申し訳ありません」


 苦笑して蔵之介が言う。


「最初からそう言う取り決めだったじゃないですか。変に遠慮はしないでください。それにお金を分散して持っているのは、リスクヘッジの意味もあります」


 困ったように顔を見合わせる三好と清音に蔵之介が言う。


「脱出のときに宝物庫から持ちだした金貨や宝飾品、アイテム類にはできるだけ手を付けたくないんですよ」


 不用意に売却すればそこから足が付く可能性を説くと、三好が不思議そうに聞く。


「それでは何故持ちだしたんですか?」


 蔵之介は『協力者が必要となりますが』と前置きして言う。


「私たちのいる場所とはかけ離れた、どこか遠くで持ちだされた宝飾品やアイテムが見つかれば、かく乱くらいにはなるかと期待して持ちだしました」


 もちろん、生活に困るようであれば売却することも視野に入れていた。


 蔵之介の説明に納得した三好が、なおも口ごもる清音を見て言う。


「そういうことでしたら、このお金はありがたく頂きます」


「あ、ありがとうございます」


 三好の言葉に背を押された清音も皮袋を受け取った。


 二人が皮袋をポケットに収めるのを見届けた蔵之介が切りだす。


「さて、観光と買い物とは言ったけど楽しんでばかりもいられないよ」


 不思議そうに首を傾げる清音に、蔵之介が目的を噛み砕いて説明をする。


「観光はこの街の文化や生活習慣の把握と国や領地、街の状況を確認するため。買い物はどんなものが幾らくらいで売られているのかを知るためだ」


「おー、さすが伊勢さん。色んなことを考えていますね」


「当面の収入を得るための職探しも、した方がよさそうですな」


「そうですね。どんな職業があるのかも調べるようにしましょう」


 三好と蔵之介の会話に清音が反応した。


「異世界転移ファンタジーの定番の職業って勇者とか魔法使いですよね?」


「先ほどのロイさんたちの様な冒険者とかではないのですか?」


 清音が口にしたのは一昔前のファンタジー・ロールプレイング・ゲームの職業。

 三好の方はまだマシで、最近流行りの異世界ファンタジーででてくる一般的な職業だった。


 自分以上によく分かっていない様子の二人とこれ以上話をするよりも、琴乃を頼った方が得策だと考えた蔵之介が行動を起こす。


「ちょっと待ってください。琴乃と通信をするので」


 蔵之介はメッセージアプリのLIONを起動すると、すぐに琴乃を呼びだした。


 蔵之介:琴乃さん、いま大丈夫かな? 無理そうなら後にするよ。


 琴 乃:大丈夫です。何でしょうか?


 琴乃が通信可能な状態であることを二人に告げる。


「琴乃さんとの通信を確立完了」


「音声ですか?」


 清音の質問に蔵之介はバツが悪そうに苦笑して告げる。


「メッセージアプリの方だよ」


 脱出してすぐに琴乃と音声通話をつないだ状態で、清音や三好と会話を試みた。

 しかし、蔵之介の会話相手がどちらなのか判断できずに、三人を混乱させてしまったのを思いだす。


 蔵之介:脱出してから最初の街に到着したんだけど、何をしたらいいかな? 琴乃さん、こういうゲーム好きだったよね? アドバイスをもらえると助かるな。


 琴 乃:街! ファンタジーな街ですか?


 蔵之介:ファンタジーというか、中世ヨーロッパの田舎って感じかな?


 中世ヨーロッパに明るくないので、適当なことを言って先をうながそうとする。

 だが、琴乃は食いついて離れなかった。


 琴 乃:蔵之介さん、映像です! 映像を見せてください! ファンタジー世界の街と住人を見せてください!


 蔵之介:異世界の街並みや住民はこれから映像に収めるから、今夜にもそっちに送るよ。


 琴 乃:うっ、分かりました。絶対に、あちこちを見て回ってきてください。期待していますからね!


 蔵之介:話を戻そうか。それで、街に到着したばかりなんだけど。


 琴 乃:街に到着したら買い物ですよ、買い物!


 蔵之介:ありがとう。これから買い物をする予定だ。


 琴 乃:ああ、見たい。どんなものが売っているのか見たい。街行く人たちがどんな格好しているのか見たいです!


 蔵之介:たくさん録画しておくから期待してくれていいよ。


 残量を気にすることなく録画できるので常時録画状態なのだが、それを琴乃に伏せておいた過去の自分を内心で褒めつつ入力した。


 琴 乃:お願いします。


 蔵之介:それで、買い物をしながら宿屋に向かうつもりなんだけど、次は何をしたらいい?


 琴 乃:冒険者登録しましょう、蔵之介さん!


 蔵之介:冒険者登録?


 琴 乃:異世界ファンタジーの基本です。冒険者登録して、それを身分証明書代わりにするんです。


 蔵之介:身分証明書は手に入れたから、それはもう大丈夫。


 琴 乃:それでも冒険者登録しましょう。ね?


 画面の向こうで甘える琴乃を想像しつつ返す。


 蔵之介:冒険者登録して何かいいことあるの?


 琴 乃:お金を稼げます。


 蔵之介:生活費を稼ぐ術は必要だから、それについても聞こうと思っていたんだ。


「琴乃は何て言っていますか?」


「生活費を稼ぐために冒険者登録をした方がいい、って言っている」


「冒険者ですか……」


「先ほどのロイさんたちのように護衛をする訳ですな」


 二人の口調から乗り気でないのが伝わってくる。


 蔵之介:冒険者以外だとどんな職業があるのかな?


 琴 乃:蔵之介さんの紋章魔法と融合魔法を活かすなら、魔道具作成師とかも良さそうですね。


 蔵之介:その線で考えてみるよ。


「魔道具作成師なんかどうかな?」


「それだと刑事さんしかできませんな。私や娘さんでもできる職業は何か思いつきませんか?」


 蔵之介:西園寺さんや三好さんでもできる仕事って何かある?


 琴 乃:冒険者登録して、魔道具作成に必要な素材を集めるとかはダメでしょうか?


 蔵之介:それはいいアイディアだ。ありがとう。他には何か思いつかない?


 琴 乃:日本のものを仕入れて販売してはどうでしょう? 中世だったら塩とか高額で取引されてそうですよ。


 蔵之介:塩か、確かにこちらの食事は薄味だったな。後、香辛料も行けるかもしれないね。


 蔵之介は琴乃とのメッセージの内容を清音と三好に告げると、二人から意見が上がる。


「取り敢えず冒険者登録をする方向で、何をして糧を得るかも探りながら観光しましょうか」


「冒険者やるなら薬師の方がいいなあ」


 接触した職業の中から選択しようと頭を悩ます清音に『職業は他にもあるかもしれないよ』と語りかけ、


「では、当面の課題としてどんな職業があるのかも併せて調べる。ということでどうでしょう?」


 と三好と清音に同意を求めた。


「私はそれで構いません」


「何だか、冒険者が濃厚そうな気がしますー」


 二人から肯定の言葉が返ってきた。


 ◇


 大通り沿いの店や屋台で会話と買い物をしながら歩く三人を、街行く人たちが好奇の目を向けていた。

 それに気付いた蔵之介が、果物を売っている屋台の女性に聞く。


「さっきから街の人たちの視線を感じるんだけど、何か変かな?」


「そりゃあ、見るよ。お客さんは剣どころか短剣すら持ってないからね」


「この街じゃ皆が剣を持つの?」


 聞き返しながら、薬草を摘みにきていた女性たちや、ここまでにすれ違った街の住人たちを思いだす。


 なるほど、薬草摘み用の小型のナイフだけでなく短剣や弓矢を持っていた。

 街中ですれ違う人たちも長剣を持っていた。

 実際に周囲を見渡すと皆が何らかの武器を所持している。

 

「魔法のギフトに恵まれた方は敢えて持たないこともあるね。それでも、そうとは悟られないように、使いもしない武器を持ち歩くのが普通だよ。まして、魔術のギフトを持たない者が武器を持ち歩くのは当たり前さ」


「なるほど、三人とも剣も短剣も持っていないから、魔法のギフトを持っていると思われたんだ」


「違うのかい?」


 驚いたように聞き返す女性に蔵之介はニヤリと笑って返す。


「三人とも魔術のギフト持ちだよ。宣伝しているつもりはなかったんだけどね。ちょっと油断したかな」


「だったら、早めに武器を買った方がいいよ」


「ありがとう。おすすめの果物を幾つかもらおうか」


 女性と会話しながら果物を選んでいると、二十メートルほど先にある建物の扉がものすごい勢いで吹き飛び、二人の男が転がりでてきた。

 続いて女性たちの悲鳴が響き渡る。


「キャーッ!」


 一際大きな悲鳴を上げて、扉が吹き飛んだ店から女性が飛び出してきた。

 それを合図に辺りが騒然とし、人々はトラブルを避けるように近くの店や屋台に駆け込む。


「あんたたち、隠れな。こんなちゃちな屋台でも少しはマシだよ」


 果物売りの女性が蔵之介たち三人に屋台の裏に隠れるよううながした。


「ありがとうございます」


 真先に清音が屋台の裏に飛び込み、それに三好が続く。


「お言葉に甘えさせて頂きます」


「感謝します。屋台の裏から覗くのは大丈夫ですか?」


「それくらいなら大丈夫だよ。でも、トラブルを呼び込むような真似はしないでおくれよ」


 蔵之介は女性に感謝の言葉を述べて屋台の裏へと身を隠した。


【後書き】

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