第2話 異世界

 蔵之介くらのすけたちが通された神殿内の別室は一辺が二十メートルもあろうかという大広間だった。

 壁には華美な装飾を施した額に収められた肖像画が掛けられ、調度品は素人の蔵之介が見ても高級品と分かるものが揃えられている。


 部屋の中央には大理石を素材とした巨大な長テーブルが配置され、テーブルの上に置かれた燭台にともった炎を柔らかく反射していた。

 置かれた椅子は七脚。テーブルの左右に三脚ずつと上座に一脚。


「はあー、立派なものですなあ」


「本当ですね。絢爛けんらんという言葉がピッタリきそうです」


 運転手の三好誠一郎みよしせいいちろうと蔵之介が感心したように声を上げた。


「田舎者みたいにキョロキョロすんなよ。一緒にいる俺たちまで舐められるじゃねぇか」


 それを忌々しげに見ていた男子高校生の一人、一条一樹いちじょうかずきが吐き捨てるように言う。


「こんなときこそ悠然と構えてなきゃいけないのにな。ジジイやオッサンにはそういうの分かんないんだろ」


「二人ともそう言うなよ。俺たち若者と違って環境の変化に適応できてないだけだろ。ここは俺たちが大人の分もしっかりしようぜ」


 立花颯斗たちばなはやと大谷龍牙おおたにりゅうがの二人が続いた。


 彼らの言葉など聞こえていないような顔で先導するルファ・メーリングに、彼女のすぐ後ろを歩いていた蔵之介が聞く。


「両側の壁に掛かっている肖像画はどなたですか?」


「向かって右側が歴代の教皇様で左側が歴代の国王陛下です。ここに掛かっている皆様は何れも大きな功績を残された方々です」


 ルファは蔵之介の視線が部屋の奥にある一際大きな肖像画に注がれているのに気づく。


「奥にあるのが現教皇であらせられるアイロス・ハイゼンベルク様です」


 描かれていたのは四十歳程の見た目の良い銀髪の男性で、肖像画ではあったが深い知性と威厳を感じさせた。


「最高責任者という理解でよろしいですか?」


「はい、そのようにご理解頂ければ幸いです」


「こちらの世界でも銀色の髪というのは珍しいのでしょうか?」


 壁に掛けられた肖像画に銀髪を持つものは二人。取り囲む神官や兵士のなかに銀髪の者はいなかった。


「そうですね、多くはありません」


「ルファさんと教皇様とのご関係は?」


 蔵之介が他の人たちに聞こえないようささやく。


 どうみても十五、六歳にしか見えない少女が六十歳を過ぎた、それも豪奢ごうしゃな神官服を着た高位と思われる者を差し置いて、彼らが『勇者』と持ち上げる者の前面にでる。

 そのことを不思議に思っていたが、蔵之介のなかでピースがはまった。


曾祖父そうそふです」


 顔をアイロス・ハイゼンベルクの肖像画に向けたまま、ルファが短くささやいた。


「あれ? 冗談のつもりだったのですが、当たっちゃいましたね」


 その瞬間、蔵之介の目にはルファの肩が小さく震えたように見えたが、振り向いた彼女は変わらぬ笑みを湛えていた。


「隠すようなことではありません。教皇様の曾孫ということに私自身が気後れしてしまうので、あまり触れないようにしていただけです」


 ルファの曾祖父となれば七十代後半の年齢でもおかしくない。

 肖像画が教皇となった直後に描かれたものであれば、三十年以上も聖教教会のトップとして君臨していることになる。

 

 蔵之介は探りを入れた。


「随分とお若いのですね。四十歳くらいに見えます」


「あちらの肖像画は教皇となられた直後のもので、四十二歳のときのお姿です」


「そうですよね。こちらの世界では皆さんお若く見えるのかと思ってしまいました」


 とぼけた笑い声をあげる蔵之介にルファは柔らかな笑みで答える。


「勇者様の住まう世界と、そう違いはございません」


「失礼ですが教皇様はお幾つになられたのでしょうか?」


「お陰様で壮健であらせられ、今年、八十一歳になります」


 四十年近くを教皇として君臨していた。蔵之介は聖教教会の力が自分の想像以上であることに驚く。


「ところで先程、最高責任者とお聞きしましたが、どこの最高責任者ですか?」


 ルファが真意を測りかねるように小首を傾げる。

 蔵之介が歴代教皇の肖像画に一瞬視線を向け、


「年代が新しい肖像画は随分と立派な額縁ですね」


 ほほ笑む蔵之介にルファが表情を凍て付かせた。


「ご推察の通りでございます」


 そう言うと、彼の後ろに続いていた五名の勇者に微笑みかける。


「さあ皆様、詳しいお話をさせて頂きますのでご着席ください」


 蔵之介たちは促がされるままに大理石のテーブルの両側に並んだ椅子に腰を下ろす。

 六名が椅子に腰かけるのを待って、ルファが上座に座った。


 ◇

 ◆

 ◇


「――――建国から四百年余。この世界でも三番目の歴史を誇るこのベルリーザ王国でさえ、二度の勇者召喚で聖なる力の蓄えは尽きてしまいました。次に勇者様の召喚を行えるのは二百年以上先のこととなります」


 ほとんどの国が勇者召喚を行えないのだと言外に語った。

 蔵之介はその言葉に自分たちが容易に使い捨てられる程度の存在でないのだと胸を撫で下ろす。


「そして、我が国で二度目となる勇者召喚に応じてくださったのが皆様方です」


 彼女はそう言うと喜びと自信に満ちた表情を見せる。

 これでベルリーザ王国は迷宮探索において他国を大きく引き離したことになるのだから当然だろう、と蔵之介は思った。


「ここまでで、ご質問はございますか?」


 ルファの声が消えると大広間に静寂が流れる。


 蔵之介はルファから語られた聞きなれない単語と情報の多さに困惑していた。

 彼の前に座っている男子高校生三人組も互いに視線を交錯させ戸惑っている。


 蔵之介が隣に座っている清音に視線を向けると彼女と目が合った。

 目の合った瞬間はニコリとほほ笑んだが、その後は困惑した顔で静かに首を横に振るだけだった。

 彼女の隣に座っている三好に至っては茫然ぼうぜんとルファを見ている。


 そんななか、ルファが涼やかな声で静寂を破る。


「皆様が混乱されていることは十分に理解しております。我らが行った先の召喚に応じてくださった三名の勇者様方にも、一度に多くのことをご説明して混乱をさせてしまいました」


 その言葉に男子高校生三人があからさまに安堵の表情を見せた。

 ルファは彼らに微笑みかけて話を続ける。


「今はご理解頂けなくとも構いません。後ほど詳しくご説明させて頂く機会を設けさせて頂きます」


 蔵之介が挙手をして質問をする。


「私たちの前に召喚された勇者はどうなりましたか?」


「最初に我らの呼びかけに応じてくださった勇者様は三名。何れも一ヵ月間の戦闘訓練と魔法の訓練を終えました。現在は迷宮探索前の最終訓練として野外で魔物討伐を行っております」


 初回に召喚した三名の勇者が実戦訓練に入ったことを誇らしげに語り、男子高校生三人にほほ笑む。


「先の勇者様も高校生だとうかがっております」


「三人とも高校生ですか?」


 一樹が反応した。

 発言したのは一樹だが、他の二人も表情を強ばらせている。


「はい。男性お一方、女性お二方ですが、どなたさまも高校生です」


 男が一人と聞いて一樹が幾分か表情を緩め、逆に颯斗が面白くなさそうに言う。


「男一人に女二人ね。何だか揉めそうなパーティー構成ですね」


「そうでしょうか? 勇者様方の世界では一夫一婦制とうかがっておりますが、こちらの世界では優れた男性が複数の女性をパートナーとするのは当たり前のことです」


 颯斗が笑みを浮かべ、一樹と龍牙が意味ありげに視線を交わした。


 ◇


 続いて勇者の持つ力についての説明が始まった。


「この世界の住人は『ギフト』と呼ばれる才能を一つだけ持って生まれてきます。それは魔法であったり特殊な能力であったりと様々です」


 ルファはそこで一拍おくと、勇者六名の表情をゆっくりと見回す。


「ですが、勇者様方は『ギフト』を三つ所持されています」


「一人で三人分程度かよ」


「一人で三人分の働きができるのは凄い」


 落胆する一樹と驚く三好の声が重なった。


「いいえ、三人分以上です。そればかりか、『ギフト』の発動効果や基本的な身体能力まで勇者様の方が格段に優れていらっしゃいます」


「格段って、どれくらいの凄さ何ですか?」


 颯斗の疑問にルファが即答する。


「勇者様お一人で千の兵どころか、万の兵にも値します」


 人間、持ち上げられて悪い気はしない。

 まして持ち上げる側が美少女で、持ち上げられる側が若い男子高校生ならなおさらだ。


 ルファに持ち上げられたことで男子高校生三人の顔に得意げな笑みが浮かぶ。

 そんな彼らに追い打ちを掛けるようにほほ笑むと、


「勇者様方が絶大な成果を上げることは約束されたようなものです」


 ルファは不確かな未来を確定事項のように告げた。


「迷宮に万の軍勢を送り込むことはできないけど、数名の勇者なら送り込めるということですか」


 数で戦えない場所では個の力がものをいう。

 迷宮攻略の手法としては理にかなっていると蔵之介が感心して聞いた。


「はい、まさにその通りです」


 ルファが華やかな笑みを返した。

 それが面白くなかったのか、颯斗が割って入るようにルファに聞く。


「ギフトって、魔法もあると言っていましたが、どんな魔法ですか?」


「魔法には幾つもの種類がございます。代表的なものは土、水、火、風の基本四属性の魔法。光、空間、雷、氷の上位魔法です」


 ルファの言葉に興奮を隠しきれず、騒ぎだす男子高校生三人。

 それをよそに西園寺清音さいおんじきよねが小さく挙手して質問をする。


「あのう、話の流れからすると私たちは迷宮探索というか、遺跡の発掘をさせられるのでしょうか?」


「そうして頂けることを望んでおります」


「あたし、運動音痴なんです。魔物と戦うとか無理そうなんですけど」


 申し訳なさそうに言った。


「もちろん、迷宮探索に参加しないという選択肢もございます」


 ルファの予想外の言葉に清音が驚いて身を乗り出す。


「ええー、いいんですか?」


 ルファからはさらに良心的な言葉が飛びだす。


「皆様を召喚したのは我々ですから、皆様の生活の保障はもちろんさせて頂きます。それは迷宮探索にご協力頂けるか頂けないかは関係ございません」


「協力する俺たちと、協力しないヤツラとでは、当然待遇が違うんですよね?」


 挙手もせずに一樹が聞いた。


「遺跡発掘にご協力頂けるのでしたら、最低でも貴族と同等の扱いをさせて頂きます」


 ルファは一樹に笑みを向けて答え、続いて清音を気遣うように言う。


「残念ながらご協力頂けないようですと、一般の市民よりも幾らか良い暮らしができる程度となってしまいます」


 協力的な者と非協力的な者とで差が出るのは当然だが、ルファが口にした差は清音の想像以上だった。

 この世界の一般市民の生活水準をどの程度と想像したのか、清音が今にも泣き出しそうな顔になる。


「私もできれば遠慮したいですな。なにせ、六十歳を超えた老人です。迷宮探索や遺跡発掘といった肉体に大きな負担がかかることは無理でしょう」


 三好はそう言いうと、白髪頭をかいた。

 清音に続いて三好が迷宮探索に難色を示したことに、壁際に控えていた神官や兵士が動揺するのを蔵之介は素知らぬ顔で観察する。


「結論を急がれる必要はございません。まずは皆様が所持されている『ギフト』を確認いたしましょう。その上で一ヵ月間の戦闘訓練と魔法の訓練を受けてください」


 ルファは顔色一つ変えずに清音と三好に語り掛けた。


「魔法の訓練はともかく、戦闘訓練なんて必要ですか?」


 清音の疑問にルファが即答する。


「ここは勇者様方が住まう世界とは異なります。一ヵ月間の訓練はこの世界で生きていく上で必要な力となります」


「分かりました。この場で結論を出すようなことじゃありませんでしたな」


 三好はそう言って清音に視線を向ける。

 清音も渋々と言った様子で承諾した。


「では、結論は一ヵ月後。先の召喚に応じてくださった勇者様がお戻りになってからと致しましょう」


 ルファからは読み取れなかったが、周囲を囲む神官たちの表情から『決して逃がさない』という強い意志を蔵之介は感じ取っていた。



――――――――


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