第4話 夢かわ女工哀史

 これは私が内容をあるていど覚えている夢のなかで、最も残酷で悲しい夢。

 例によって、実在する国、企業、商品、新素材とは無関係です。


 この夢をみたのはずいぶん昔で、ところどころの場面は鮮やかに思い出せるし、ストーリーめいたまとまりのある内容ですが、ストーリーとするにはいくらか想像で補う必要があるので、夢をもとにした小説にちかい体裁になっています。

 けれど、小説としては辻褄の合わないところも多く、私はこれを小説ではなく夢の記録と考えています。





 ぬいぐるみ工場に工員として勤める外国人女性と知り合いになった。レイナさんという名前で二十歳前後。この夢を見た当時の私に近い年齢だが、故郷の弟妹の学費のために仕送りをしているしっかり者。日本語がとても上手だ。(私の脳内で展開される夢だから他に通用する言語がないのだった)


 私も同じ会社に勤めていて、たびたび彼女と世間話をした。私の仕事が何だったのか分からないが、その点はあまり重要でなかった。この夢で私の役回りは、ほぼレイナさんの観察者だから。



 会社の開発した新素材で作られた、新製品のぬいぐるみは大流行して会社の主力商品となった。

 このぬいぐるみ工場をはじめ、社内は明るい活気に満ちていた。

 工場で繰り広げられる光景は、ぬいぐるみの製造工程よりもお菓子のそれに近いように思えるファンシーさだ。


 まず機械で、ぬいぐるみの中の綿に相当する材料を丸め、外側の皮に相当する材料でくるむ。そして目鼻となる粒々が、顔になるところに埋め込まれる。

 材料をまるっこい形に整えたものが鉄板の上に規則正しく並べられる。これをオーブンのような機械で加熱するのだ。

 一定時間後にオーブンを開けると、ポン、ポポンと音をたてながら、まるい塊がポップコーンのように弾けて、ウサギのぬいぐるみに近い形のふわもこが飛び出してくる。新素材ならではの製法だ。

 この時点でカワイイが、完成まであと幾つかの工程を残している。

 そこでレイナさんたち、仕上げ担当チームの出番だ。



 ぬいぐるみのお腹あたりに音の出るパーツを入れ、縫い閉じる。目鼻の位置を調整する。他にも形の整わないところがあれば繕う。このあたりは昔ながらの針と糸で行われる手作業だ。

 最終チェックのとき、お腹をかるく押すと「マァー」と可愛い音がする。

 そして完成した可愛いぬいぐるみは、ベルトコンベアーにのせて箱詰めする機械へと運ばれてゆくのだ。

 

 レイナさんはぬいぐるみの音を聞くのが苦手なようだが、それを補ってあまりある裁縫スキルで信頼されていた。

「私の国の言葉で、お母さんのことをマアと言うの」

 昼休みに一緒にお弁当を食べていたとき、レイナさんはそう語った。苦手の理由は、ホームシックめいた気分になるかららしい。それも徐々に克服していった。

 もう少しで、弟と妹が進学するためのお金が貯まるそうだ。入学式のころ休暇をとってお祝いがてら帰省するのが楽しみだ。



 しかし、工場の雲行きが怪しくなってきた。

 ぬいぐるみに使われる新素材は、燃やすと有毒ガスが発生することが判明したのだ。

 この件はすぐに新聞の見出しやワイドショーを賑わせた。

 会社を被告とする裁判の結果、有毒ガスを発生させない廃棄処分の方法を周知させることを条件に、もうしばらくの期限つきで製造販売を許可された。


 不燃ゴミに出せばいいのではと思うが、奇妙なことに、政府と会社の話し合いで決まった廃棄方法は、手間がかかる上にちょっと酷なものだった。

 それは、専用の薬品で溶かしてあとに残った液体を捨てること。液体を捨てる方法は何でもいいが、ぬいぐるみの持ち主が個人個人でしなければならない。

 薬品は会社の別の部署が急遽開発した。


 テレビで、短縮されたぬいぐるみのCMに続いて廃棄の方法を説明する動画が放映されるようになった。

「お別れするとき、ゴミ箱に捨てないで。

 このままではボクたち、空気を汚してしまうの」

 そう話すのは、ぬいぐるみをゆるい絵柄にしたアニメキャラクターだ。

「このお薬を使って」

 薬品の瓶が実写で映り、またアニメ映像に戻る。ぬいぐるみが半分つかるほどの空の桶に、薬瓶の中身が注がれ、その薬液にぬいぐるみが浸される。溶けて液面が平らになると同時に半透明になったぬいぐるみが画面の斜め上に現れた。

「きちんとお別れしようね」

(※実際には30分前後かかります)とテロップ。


 アニメに描かれたウサギのキャラクターが、楽しい玩具さながらの笑顔で愛敬をふりまいているのが余計に切ない。

 私はこのCMを両親とお茶の間のテレビで見た。


 これは……持ち主にとって辛い作業だろう。ただでさえ、愛着のあった人形やぬいぐるみを手放すのは決心が鈍りがちなのに。

 また、古いぬいぐるみを親戚の子などにあげたりして、転々と持ち主が変わる場合も多い。最後の持ち主が知らずに可燃物として捨ててしまったら、せっかくの環境対策が無駄になってしまう。

 いずれにせよ、イメージダウンは免れなかった。


 操業を停止するときまでは、工場の仕事は続く。1日の勤務時間を短くするでもなく、仕事の質を落とすでもなく、工員たちはよく働く。けれど以前の明るさはなかった。

 近々工場が閉鎖されたら失業する人が何人もいる。レイナさんもその1人だ。

「今年の里帰りは諦めたの。次の仕事を見つけないと収入が途切れるけど、仕送りはやめられないもの」


 ある日、作業中に珍しくレイナさんが携帯電話の着信に出ようと席を外した。戻った彼女は泣き顔で、手が進まない。

 仲間の仕上げたぬいぐるみが「マァ」と鳴る。

 そのとき、レイナさんの何かがプツンと切れた。

「こんなものをいくつ作ったって、私はマアに会えないんだ!」

 泣き叫びながら、両腕で作業台の上をかき回した。針を持った仲間たちは飛び退いた。ポップコーンのように軽やかに、いま完成したばかりのぬいぐるみも、作りかけのも、ポン、ポポンとぶつかり合ってあらぬ方向へとんでゆく。


 そのうち1体が、包装紙か何かを裁断するための機械のほうへ飛んでゆき、ギロチン状の刃に挟まってしまった。

 刃が降りてきて、重みでぬいぐるみのお腹を押した。

「マーーーァーーー」

 レイナさんは裁断機に駆け寄った。

 半狂乱で周りが止めるのも聞かず、素手のまま、ぬいぐるみを取り出すために刃を持ち上げようとした。


 人間を感知した機械が動作を止めたとき、レイナさんは血塗れで、ぬいぐるみを胸に抱いて倒れた。ぬいぐるみはお腹から下が斜めにちぎれていた。

 誰かが救急車を呼びに行った。

 誰かがそばにいるべきだと私は思った。


「マァ……私の子供……可愛いでしょ……」

 レイナさんはそう言って、動かなくなった。


 目が覚めたとき私は泣いていた。




 






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