第24話 名詞代わりにアンケート
カフェで働いている女性と話した。
そのカフェでは時々イベントが催されるそうだ。ミュージシャンを招いて演奏会をしたり、有名人を招いてトークショウをしたり。そうしたイベントを企画するのも彼女の仕事。
過去の出演者のなかに、私が大好きだった小説の作家もいた。それで俄然そのカフェに興味が湧いた。
彼女はアンケート用紙を持ち歩いている。これからの企画の参考にするのだ。
用紙を配る相手は主にカフェのお客さんだが、私もアンケート用紙をもらった。
「何を書いてもいいけど嘘はやめてね」
軽やかな口調ながら、現実ならかなりキツい印象を与えかねない言い方だ。けれどその時はごく自然な雰囲気で、私も全くイヤな感じはしなかった。
あとでそのカフェに行ってみた。そこそこ街中のはずだが、広い庭があり、のどかな印象だ。アンケート用紙をまだ書いていなかったことを思い出したが、せっかくここまで来たのだから入ってみよう。
建物の中には大きく分けて2つの部屋があり、イベントスペースは出入口からみて奥の部屋だった。
手前の部屋は、イベントに関係なくのんびり過ごしたいお客向けだった。どちらの部屋でも飲食できる。
イベントスペースには飲食代とはべつに入場料が要る。1900円。こじんまりした素朴な建物の印象にしては高いような気がする。イベントの内容によってはむしろ安いのかもしれないが。
少し扉を開けて中を覗いてみたら、ステージでバンドが演奏している。欧米人らしき中高年男性のグループだ。人種は違えど風呂上がりの父を連想させる太鼓腹で、あまりよく分からない音楽をやっていた。
入場者にカウントされないうちに扉を閉めた。「推し」ばかりが来るわけではない。
扉を閉めると音楽はほぼ聞こえなくなった。すごい防音性!
私は出入口に近いほうの部屋でお茶しながらアンケート用紙を記入することにした。
イベント企画担当のあの女性が私に気づいて、
「御来店ありがとうございます」
と笑顔で言った。見る者をホッとさせる、親しみを感じさせる笑みだった。
そして一言。
「アンケートに嘘は書かないでくださいね。不正をされてはかないませんから」
(了)
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