第21話 幻の京野菜せんべい

 私の家は、どちらかというと和風の街並みの商店街にある。

 

 昔からの店ばかりとは限らない。たまにどこかが閉店しては新しい店ができる。ここ数年はアジアンテイストの店が増えている。


 ときどき、子供のころあった店のことを思い出して無性に懐かしくなることがある。

 

 いま思い出したのは、「野菜せんべい」の美味しい店だ。

 野菜せんべいは店やメーカーによって味付けなど随分ちがうように思える。だからそれ全般を好物と思ったことはない。人に好きな食べ物を聞かれても、まず野菜せんべいとは答えない。


 けれど、その店の「京野菜せんべい」は、薄くてカリカリの質感も塩加減も私の好みで、大好きだった。とくに蓮根せんべい。

 店の内装も素敵だった。外の看板こそ色褪せていたが、一歩入ればまるで竹久夢二の絵のようなレトロな世界が待っていた。


 とうに古びた建物は取り壊され、同じ場所にいまは全くちがうものが出来ている。何だっけ。


 それより、野菜せんべい屋さんで働いていた人たちは元気にしていると良いな。またどこかで素敵なお店を営んでいたらなお良い。



 などと考えながら洗濯物を干していたら、車が通ってBGMが外に漏れていた。

 この曲は似ている。私の好きな曲に。

 FGOのファントムから主人公への想いみたいな、あるいは拙作「君が僕と果てるまで」のモローとローラみたいな歌……と私が勝手に思っているだけなんだけど。

 その歌を思い出そうとしても、どうも上手くいかない。いましがた聞こえた楽曲は似てるけど違うんだよね。

 えーと……。




 目が覚めた。


 私の家は、どちらかというと和風の街並みの商店街にある。


 野菜せんべい屋さんのあたりには、私が生まれるよりずっと昔からあって今も続く老舗が軒を連ねている。

 つまり、京野菜せんべいも歌もなかった。

 あの店はあの場所にはなくていい。

 

 けれど、「好きだったあの歌」はいつか聞けたらいいな。




(了)


2021年2月下旬





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る