6/24 A-END


「んあー」



 日曜日の昼間。


 俺は疲労と倦怠感から、田辺の家でゴロゴロしていた。


 映画作りも、タイムスリップもしないわけだから、やることがない。


 それ以前はどういう風に過ごしていたのかわからなくなっていた。



「どうした渡瀬」


「うーん、なんかだるくて」


「大丈夫か、このあと映研の同窓会があるんだろう?」


「たしかに高垣先生には頼んであるけどさ」



 厳密には二日前の金曜日で、高垣先生の教育実習期間は終わった。

 だからもう先生ではない。

 敬称をつけるなら「さん」のほうが適切だろう。


 そんな高垣さんのおかげで、復活したばかりの映研は同窓会をやることになった。


 といってもどの程度人が集まったのかは知らない。


 もしかしたら高垣さんと俺の二人だけってことも十分考えられる。


 日曜日に特別に部室で集まる許可を学校側にもらいはしたが、俺の中ではまだ二日前のタイムスリップが尾を引いている。



「俺が十年前でやったことは正しかったのかなぁ、って思って」


「鍵を渡したというアレか」


「うん。鍵を渡しはしたけどさ、三年後中学生になった河村さんがそれを使って会いに来てくれるかどうかは未知数だろ? それに、もし転校していたら鍵だけあっても使えない」


「それについは明日以降待つしかないだろう。渡瀬は与えられた条件下で十分な行動をしたと思うぞ」


「んー、そうだな。ありがとう」



 うつぶせで、ふてくされていた身体を起こす。


 その動作を持って、俺はこの六月の出来事に区切りをつけようとした。


 できるだけのことはしたんだ。

 この後がどうなろうと、受け入れるしかない。


 結局、映画は完成しなかったし、両親の離婚を防ぐことはできなかった。

 俺はまるで力にはなれなかったのだ。


 河村さんは落ち込んだまま、どちらかの親に付いて行ったのだろう。

 もしかしたら名字が変わったかもしれないが、それを知るすべはない。


 だけど、それでも幸せでいてくれればいいと思う。

 河村さんが今どこでなにをしていても、幸せでいてくれさえすれば。


 そう願うことだけはやめられない。



「心残りというのであれば、おれにもある」



 田辺は難しい顔をして言った。



「時間移動の条件をはっきりさせることができなかった」


「一通り推測できてたんじゃなかったっけ? ほら両側シリンダーの扉と、時間が異なる同じ鍵みたいなこと言ってただろ」


「それはタイムスリップするための前提だ。おれが解き明かせていないのは、行き先がなぜ七年前であり、また十年後であり、そして十年前だったのかということだ。移動する期間の指定はどの工程でもおこなわれていない。それを指定したものがあるはずだ」



 田辺はノートを取り出し、新しいページにガリガリと書き始める。

 こちらに向けて逆さ文字で書いているせいで、いつも以上の癖がある字になっている。



「一応、仮説はある。渡瀬が以前提唱した説にならい、タイムスリップの条件に人を追加する」



 そういえば、河村さんがいなくなったから映研の扉が過去に通じなくなったんじゃないか、と田辺に言ったことがあったっけ。



「この人物を仮に特異点と呼称しよう」


「おぉ、かっこいい」


「推測としては、その人物がいる日付にのみタイムスリップができるというものだ。つまり映研の部室が七年前に通じたのは、そこに河村という女子生徒がいたからにほかならないという考え方をしている」


「河村さんが高校二年や三年に進学していたら、七年前じゃなく六年前や五年前につながったかもしれないってことだね」


「ああ、そうだ。この推測が正しい場合、河村という女子は渡瀬の懸念通り、高校一年生の段階でこの学校を去ったという見方が強くなるだろう」


「じゃあ映研の扉で十年後へ行けたのは?」


「十年後の同窓会に、その女子が出席したからだろう。この家の扉についても同じことが言える」



 田辺は自室の壁を指差した。

 そちら側には田辺の祖母の部屋がある。



「昨日のうちに両親に尋ねてみると、十年前もあの部屋を祖母が使っていたと教えてくれた。祖父が体調を崩し、しばらくうちの近くの病院に入院していたんだそうだ。だが祖父の退院に合わせて、同じく十年前の今ごろに実家へと戻っていったらしい」


「つまり十年前の六月二十二日に行けたのは、田辺のばあちゃんが特異点であり、十年前のその日にこの家にいたからってことか」


「そうなるだろう。だがこの仮説には問題がある。なぜ戻ってこれるのかがわからない」


「現在にってこと?」


「そうだ。我が家の扉では理解できる。十年前も現在も特異点である祖母はこの家にいるからな。だが映研の扉は説明がつかない。現在の時間に戻ってくるには、あの建物に河村がいなくてはならないことになる。だが現在の学校にその人物はいない」



 そこまで言ってから、田辺はふと動きを止めた。



「……ん? いや、そうか。それですべての辻褄が合うのか」


「なにかわかったのか?」


「ああ。最初から状況を整理すれば疑問点が消えていく。いや、細かい点は消えないがおおまかには説明がつくだろう」


「もったいぶらずに教えてくれよ」


「ダメだ。これは渡瀬、お前自身が気づかなくてはならないことだろう」


「えぇー……じゃあヒントをくれ」


「文字通り、映研の鍵が謎を解く鍵になる。それの出処については、麻倉と幽霊の少女と同じく、過去の因果とするしかないだろうが……とにかく鍵だ、渡瀬」



 映研の鍵。

 それはもう、俺の手元にない。



「……あ」



 気づいた。


 俺がいったい、誰に映研の鍵をもらったのか。

 それを考えれば、すぐにわかる。



「多分、それが答えだ」



 田辺が笑う。



「さぁ、そろそろ同窓会に行ったほうがいい。〝彼女〟はお前を待っているだろう」


「ありがとう、田辺!」



 俺は立ち上がり、田辺の家を飛び出した。


 そうだ、そう考えればすべてが納得いく。


 俺に参考となるアニメを見せてくれたのは、これまでも要所要所で助言をくれたのは、そして俺たちがタイムスリップするとき、いつも学校にいたのは誰だったのか。


 そもそも映研の古い鍵。

 タイムスリップするきっかけとなったあの鍵は、俺が十年前に河村さんに手渡したものなんだろう。

 そしてその鍵は十年の時を経て、ある人物から俺の手に渡された。


 だから――


 俺は走る。


 過去と未来の長い歳月を超えて、再び〝彼女〟と出会うために。


 そのとき俺はきっと、同じ人に対して五度目の一目惚れをするのだろうと思う。


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五度目の一目惚れ/記憶喪失の幽霊を成仏させる方法 北斗七階 @sayonarabaibai

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