6-9 B-6
「なかなかいい気分だな」
洗剤を流し終えた風呂場で、腰を伸ばす。
塩素系の匂いはまだ残っているが、水垢もカビも排除することができた。
リビングの掃除機も念入りにかけ終えたし、洗濯モノも華麗に干した。
しばらくこれまでの日常生活と離れていた気がするので、掃除や洗濯といった作業がこのうえなく楽しい。
「普段から思っていましたが、手際いいですね」
「中学生の頃からやってるからな」
きっかけはよく覚えていない。
単純に母が忙しそうだったから、できる範囲で手伝おうと思ったとかそういうありがちな理由だ。
「父親を見かけなくなったのが、ちょうどその頃だった気がする」
「それなら七年前に会ったあの人が麻倉さんのお父さんでも計算は合いますね」
サトミが小さな手で指折り数える。
「私が見たかぎりでは、お二人は親子といっていいくらい似てると思いますよ」
「不愉快だがそれはオレも認めるしかないな」
「そういえば、お父さんの写真とかってないんですか? あの人が麻倉さんのお父さんかどうか、それではっきりするかもしれません」
「そういうもの見た覚えがないけど……訊いてみるか」
我が家の掃除は担っていても、そういったアルバムのようなものを見つけたことはない。
ということは、オレが足を踏み入れていない母か弟の部屋にあるはずだ。
別に立ち入りを禁止されているわけでもないが、気が引けるためそこの掃除だけはしていない。
「母さん」
「どうしたのー、修?」
リビングのソファに横たわっていた母が気だるげに返事をする。
昨夜は夜勤だったので、今日は午前中で帰ってきているのだ。
しかし母は帰ってすぐには寝られないようで、いつも一時間から二時間ほどリビングでゆるりと過ごす。
見るともなしに流されているテレビの音を小さくしながら尋ねる。
「父さんの写真とかってないの?」
「急になに? この間、病院に来たときもそうだけど、あんた最近変よ」
「なんとなく気になって」
父の話をすることに、若干の抵抗があった。
妙に緊張する。
しかし母はあっけらかんと言った。
「ふーん、まぁいいけど。うちにはないわよ」
「ない? どうして?」
「アルバムとか昔のビデオなんかはめったに見るもんじゃないでしょ? だから、実家に全部送っちゃったのよ。ほら、うち狭いし」
「まぁ、そうだけど」
親子三人、賃貸物件で暮らしているわけだから少しでも家は広く使えたほうがいい。
ま、ここにないというのがわかっただけでも十分だと思うことにしよう。
「ねぇ修。お父さんのこと、気になるの?」
「そりゃまぁ……よく覚えてないし、逆に気になってきたかな」
「ふーん。でも普通に別れただけだから安心してちょうだい。死んだのを隠してるとか、実はまだ別れてないとか、有名人の隠し子とか、そういうことはないから」
「そもそもそんな展開期待してねぇし」
「あらそうなの? でも、修もお年ごろだから。自分が実は孤児だとか、父親にすごい秘密があるとか、そういう妄想に取り憑かれる頃かと思って。母さん、気をつかったのに!」
「いや、全然そんなこと想像すらしなかったし」
母が父のことを話さなかった理由も薄々わかる。
あまり父の愚痴を聞かせたくなかったのだろう。
「別に会いたいとか、そういう話でもないんだ。なんとなく顔が気になっただけだよ」
「そう? なら別にいいんだけど」
「母さんは父さんの顔、覚えてる?」
「忘れたくても、あの憎たらしい顔は忘れられないわよ」
「オレはその人と似てるかな」
その問いに母は顔をあげて、オレをまじまじと見た。
それからふっと口元をゆるめて言った。
「まぁ、それなりに似てるわ」
母のお墨付きはもらった。
そろそろあの怪しい自称父についての結論を出さなくてはならないだろう。
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