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六月十二日。火曜日の放課後。
この三日、河村さんに会えるのを待ち遠しく思っていた。
「来たわね」
いつもどおり、田辺を残して俺と麻倉が扉を開けるとそこに河村さんはいてくれた。
週があけたらタイムスリップできなくなっていた……なんてことも考えられたため、無事に会えて一安心だ。
「できたわよ、これ」
河村さんはテーブルの上の紙を示して、得意気に胸をそらした。
かわいい。
「これって……」
紙には女の子のキャラクターが書かれていた。
片手を横に伸ばした立ち姿で、背面や横からなど様々なアングルで書かれている。
また右上には喜怒哀楽を表現する女の子の表情が描かれていた。
「これが絵コンテ?」
「違うわ。キャラクターデザインよ」
「え、あれ? 絵コンテ作るんじゃなかったの?」
「それも作ってあるわ。でもアニメーションの場合、脚本の次は諸々のデザインよ。でないと絵コンテなんて書けないでしょう?」
「あぁ、そっか」
実写であれば役者の顔や背格好が決まっているが、アニメーションの場合はそこも制作側で決めることができる。
絵コンテの前にキャラクターデザイン、というのはよくわかる話だ。
「絵、うまいな」
俺の後ろからのぞきこんだ麻倉が感心したようにつぶやく。
「なに、未来人っぽい用事は終わったの? それなら、いつでもアニメ作りを手伝ってくれていいのよ」
「魅力的なお誘いだが、まだこっちの用事は時間がかかりそうだ」
麻倉は体操袋を肩にひっかけて、窓から外へと出て行ってしまう。
いつもは手ぶらなのに珍しい。
「ねぇ、渡瀬くん。あの未来人はいつも外でなにしてるわけ?」
「言ってなかったっけ? 幽霊を成仏させるためにがんばってるんだよ」
「幽霊? 未来人ってだけでも突飛な設定なのに、挙句に幽霊って……色々、盛りだくさんね」
「ありがとう」
「褒めたつもりじゃないんだけど……いや、褒めたのかしら。よくわかんないわ」
はぁ、と河村さんがため息をついた。
「ま、麻倉くんの助力はアテにせず進めましょ。こっちが絵コンテよ」
河村さんはかばんからクリアファイルを取り出して、俺に渡してくれる。
紙の左側には、四角く区切られたマスが縦に並んでいる。
まるで四コマ漫画のようだがコマの数はそれよりも多い。
そこには河村さんの手によって絵が描かれており、右側にはセリフや時間などその他の情報が細かく記されている。
「おぉ、すごい。プロみたいだ。すごいね、河村さん」
「すごくないわ。これだって、まだ背景デザインはしていないもの。色も決めてないし、キャラデザを作って、おおまかに決めただけよ」
どこか照れたように河村さんが前髪をいじる。
かわいい。
「前にも絵コンテって作ったことあるの?」
「いえ、ないわ。初めてよ」
「そうなんだ。あんまり上手だから、中学生のときに作った経験があるのかと思ってた」
「ちょっと褒めすぎ。中学生のときは普通に美術部だったわ。映研みたいなのもなかったしね。渡瀬くんは? 中学時代はなにしてたの?」
この流れで、帰宅部だったなんて言えない。
わりと活動的な帰宅部で、田辺や麻倉と壮大な実験を繰り広げていたなんて言えない。
「か、化学部……かな」
「へぇ、意外」
「そ、それより、初めて作ったのにすごく慣れてる感じがするね」
「お手本は家にあったから、これくらいはできるわよ」
「ふーん……」
そういえば用紙や道具は家に揃っていると言っていた。
家族にアニメ作りを趣味にしている人がいるのだろうか。
「まぁでも、作業を手伝ってもらう前に基本的なことを一から叩き込んだほうがいいかもしれないわね。あたしの知ってる範囲で説明するけど……渡瀬くん、ちゃんと勉強できる?」
「よろしくお願いします」
それがどんな勉強であろうと、河村さんが教えてくれるならスポンジのように吸収できる自信があった。
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