6/14 A-10
今日も忙しくどこかへ向かった麻倉とは違い、俺は部室にいる。
昨日、河村さんは俺に宿題を出した。
それはパラパラ漫画だ。
白紙の単語帳を利用して、それに書く。
鍵が床に落ちる、というシーンを書くのが課題であり、河村さんが最初と最後の場面を書いてくれた。
俺はそのあいだの場面を書く。
単語帳を使っているので、間のシーンは何枚でも増やすことができる。
昨日の夜はせっせと書いたが、これがまた大変で困った。
美術の時間以外に絵を描くのは久しぶりで、改めてまっすぐ線を引くことの難しさを思い知る。
丸を書くのにも線が震えて仕方がない。
それでもちゃんと模写をできたと思うし、鍵が地面に落ちるシーンを作ることができた。
「ダメね」
俺の宿題をぱらりとめくって確認した河村さんは端的にそう評価した。
「動きが変よ」
「え、どのあたりが?」
「いい。よく見て」
河村さんは制服の胸ポケットから鍵を取り出した。
見たことがあるそれは、新しい方の部室の鍵だろう。
立ち上がった河村さんがそれを手放すと、地面に落ちて、小さく跳ねた。
「わかった? 固いものが落ちたら、少しくらいは跳ねるのよ。あなたはそういう場面を書かなかったから、鍵が地面に吸い付くみたいに落ちちゃってる」
「そっか。ただ単純に動きをコピーしたらいいわけじゃないんだ」
奥が深い。
「というわけでリテイクね。鍵自体はうまく書けてると思うわ」
ちゃんと褒めてもくれる。
ステキだ。
「じゃああたしは色彩設計をやってるから、わからないことがあったらいつでも訊いて」
机の向かい側に、河村さんが腰を下ろす。
その手にはモノクロのキャラクターデザインと絵コンテがあった。
「じゃあ早速質問。前回教えてもらった話だと、色彩設計とか背景の設計って絵コンテの前にやるんじゃなかったっけ。どうして絵コンテを先に作ったの?」
「まぁ……そうね。こういうのあったほうが、アニメの作り方がわかりやすいかと思って」
河村さんはごまかすように俺から視線をそらす。
なにか別の理由があるように、感じられたがそれ以上は追求せずに俺は練習に戻った。
それからしばらく、鍵の悪戦苦闘していると窓から麻倉が戻ってきた。
「悪いが、先に戻る」
今日も疲れた顔で戻ってきた麻倉は、それだけ言うと大量の駄菓子を置いて戻ってしまった。
顔色が悪かったけれど、なにかあったのだろうか。
気になる。
「ごめん、河村さん、俺も今日はもう帰るよ」
「そうね、そうしたほうがいいわ。時間も遅いし、続きはまた明日で」
本当にいったいなにがあったんだろう。
戻ったらそれとなく訊いてみよう。
河村さんに「じゃあまた明日」と告げて俺も帰ろうと扉を開ける。
廊下に一歩踏み出して、違和感を覚えた。
たしかに見覚えのある我が校の廊下だ。
なのにどこか雰囲気が違う気がした。
そうだ、田辺がいないのだ。
さっき帰ったはずの麻倉もいない。
「あれ? なんで、まだいるのよ?」
扉から出てきた河村さんが首をかしげる。
嫌な汗が額ににじんだ。
「あれ、なんでだろう?」
「なにが?」
不思議そうな河村さんの前で、もう一度部室に入り、再び出てくる。
変わらない。
同じことをもう一度繰り返す。
変わらない。
もう一度。
『みなさん、下校の時刻となりました。校内に残っている生徒は、すみやかに下校してください』
全校放送で規定の文章が流され、完全下校を報せる。
ここまで来ると認めざるをえない。
ずっとこちらを見ていた河村さんに向かって、ある事実を口にした。
口元にぎこちない笑みが浮かんでしまう。
「えぇっと、その、帰れなくなったみたい」
「はぁ?」
河村さんは大きな声を出して驚きを露わにしたが、俺は驚きすぎて声も出ない。
何度も確認した。
だからこそ間違いない。
俺は、七年前から戻れなくなってしまったのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます