6/22 B-14
ひどい夢を見た。
前に見た悪夢とよく似ている。
夏の暑い日で、川の水が猛り狂っていて、化物のように小さな女の子を飲み込む。
前回と違うのは、その場に居合わせたオレが今と同じ高校生の姿であること。
そして女の子を助けようと川に飛び込んだこと。
だが、悪夢はやはり悪夢だ。
川の中を満足に泳ぐこともできないオレは流され、せめて死ねばいいものを無事に命をとりとめる。
女の子は死んだ。
無力感と後悔が水で濡れた全身をさらに重くする。
そんなひどい夢を見た。
そのうえ、目が覚めても頭にこびりついて離れなかった。
***
六月二十二日。
放課後になってすぐ、オレは渡瀬に引きずられるように部室の中に連れてこられていた。
オレも何度か入ったことがあるが、以前よりもずっと綺麗に掃除されている。
それでも物が多いせいか、見慣れた七年前の部室よりかは雑然とした印象はぬぐえない。
「なんなんだよ、いったい」
悪夢のせいで頭が重く、自然と声音が不機嫌なものになる。
「七年前に行けなくなった」
渡瀬はなぜか自信満々にそう言った。
得意気にさえ聞こえる響きである。
「はぁ? なんで突然?」
「わかんない。田辺はどうだった?」
「何度も情報を整理してみたが鍵と両側シリンダー以外に確定したものはない。推測であれば、やはり渡瀬の言ったとおり、部室に河村さんがいないことが影響している可能性がある」
「河村がいない? ケンカでもしたのかよ」
「違うよ。とにかく原因ははっきりしていないけれど、今はもうここから七年前に行くことができなくなったんだ。それでも俺はもう一度、河村さんに会って話をしたい」
「……いいんじゃないのか、別に」
オレにはもうどうしようもないことだ。
力になることもできない。
「しかし渡瀬。方法がないだろう」
「ある。タイムスリップする方法を思いついた。そこでまず映研に入部するところから始めてみた」
「はぁ?」
思わずオレは顔をしかめずにはいられなかった。
「それがタイムスリップにどう関係するんだよ」
「高垣先生の協力を得て、同窓会を企画した。これから毎年、卒業生に集まってもらう。場所はこの部室だ」
「なるほどね。それで今の時間の河村をここに呼ぼうってことか?」
生きている人間ならば、七年経った現在で会うことも不可能ではない。
会って話したいというだけなら、それで事足りる。
「そうじゃないよ。今年の同窓会は関係ない。あ、一応日程は決めたけどね二十四日の日曜日」
「イマイチ話がわからんな。結局、同窓会とタイムスリップに関係はあるのか?」
「ある。田辺、タイムスリップは理論上未来に向かってもできるはずだよね」
「ドアノブとの関係が事実ならばな。だが別の条件はわかっていない」
「なんであれ映研と関係あるものがタイムスリップに必要なんだと、俺は思う。だからこの扉でタイムスリップができるんだ」
田辺にとって、説明はそれだけで十分だったらしい。
感心したように「おぉ」と声をもらした。
「なるほど、そういうことか。そのための同窓会というわけだな」
「そういうこと」
「おい、どういう意味だ? オレにはまだわからんぞ」
「未来へのタイムスリップだよ、麻倉」
「未来? おいおい、それはできないんじゃないのか?」
「今まではね」
「……なんか今日の渡瀬は妙に賢そうに見えて腹が立つな。もっと順を追って、わかりやすく説明しろよ」
「わかった。じゃあもう一度、前提から」
渡瀬はごほん、とわざとらしく咳払いをした。
「タイムスリップをする条件として、部室の扉と古い鍵が必要ってことになってる。でも今はその両方がそろっていてもタイムスリップができない。このことから、まだ別の条件があるんじゃないかってことになった」
「で、その条件はわかってないんだろ?」
「うん、ものなのか人なのかもわかってない。でも映研に関係するなにかである可能性が高い」
「そこで渡瀬は」
すっかり話を飲み込めたらしい田辺が、渡瀬の説明を引き継ぐ。
「同窓会を企画した。今より未来のいつかの段階で、タイムスリップに必要な条件が整う可能性を作ったんだ」
「やっとわかった」
タイムスリップに必要なものが人なのかものなのかはわからない。
だが映研に関係するものならば、未来の同窓会によって再び条件がそろうかもしれない。
だから同窓会を企画することで未来へのタイムスリップをできるようにした、ということか。
「でも、来年の今日……ああ、ややこしいな。六月の二十二日に映研が同窓会をやるとは限らないだろう」
「来年じゃなくてもいいんだ。映研の恒例行事にしたから。とにかく来年以降のいつかの未来に行くことさえできれば」
「未来へ行ってなにをするんだ? お前、過去に行きたいんだろ。未来に行ったって意味がないだろ」
「意味はある」
渡瀬は田辺に向き直った。
「未来の田辺に会いに行くんだ」
「おれにか?」
「うん。この方法でどのくらい未来に行くのかはわからない。だけどその未来ではもう、田辺がタイムスリップについての謎をといてくれてるはずだ。だから未来の田辺に過去へタイムスリップをする方法を教えてもらう。そうしたら過去へ行けるようになるだろ?」
「他力本願かよ」
「いや、構わない。信頼には答えよう。たとえそれが何年後であっても」
田辺の力強い言葉を受けて、渡瀬は嬉しそうだ。
「これが俺の思いついた、名づけて『急がば回れ作戦』だ」
「作戦名つける意味あるのか?」
「雰囲気だよ、雰囲気。で、麻倉。俺と一緒に未来へ行かない?」
「なんだそれ。どうしてオレが……いや、そうか」
渡瀬がオレをここに連れてきた理由がようやくわかった。
「未来の田辺がタイムスリップの原理を解き明かしていたら、七年よりも前に行くことができるかもしれないのか」
「そうだよ。もしかしたら好きな日時に戻ることができるかも」
「さすがに期待が大きすぎて、不安になってきたぞ」
田辺が苦笑を浮かべるが、可能性は十分にある。
消えてしまったサトミを救う方法がまだなくなったわけじゃない。
「これで未来へ行けるという確証はない。どれくらい未来へ行くかもわからない。でもさ」
「わかってる、オレも行くよ」
渡瀬はオレのことを心配してくれたのだろう。そ
の心づかいは素直にありがたい。
オレたちは一旦部屋の外に出て、ドアノブに古い方の鍵をさしこむ。
それから渡瀬が、右手でドアノブを掴む。
いつもとは逆だからか、傍目で見ても慣れていない様子なのが伝わってきた。
「よし」
渡瀬が力を込める。
オレと田辺固唾を呑んで見守る中――ドアノブは回った。
扉が薄く開く。
「いけるよ、麻倉」
「わかってる、行こう」
この先に、まだ見ぬ答えがあると信じて、俺達は扉をくぐった。
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