五度目の一目惚れ/記憶喪失の幽霊を成仏させる方法

北斗七階

プロローグ


「ここより先に過去はない」



 扉をくぐってすぐに田辺は言った。


 俺たちは三人とも全身が川の水で濡れていて、しかもめったにない運動をしたせいでクタクタだった。



「これで裏方作業も終わりか」


「そうなる。ご苦労だったな」


「いや、なんのなんの。こっちこそ付き合わせて悪かったな二人とも」



 田辺のねぎらいに、一番ひどく全身を濡らした麻倉が応じる。


 廊下には出発前に用意していったバスタオルがあったので、俺はそれをひとつ手に取り、麻倉に差し出した。



「別にいいよ、前からわかってたことだし。懐かしい景色でもあった」


「若い奥さんが見れて感激したか」


「今でも十分若くて綺麗だよ」



 俺がムキになって反論すると、麻倉は「そうだったな」と笑った。


 そのとき不意に、低い振動音が聞こえる。

 麻倉はポケットから防水仕様のスマートフォンを取り出し、電話に出た。



「もしもし。ああ、大丈夫。心配するな。昔の宿題を終わらせただけだよ」



 通話をしている麻倉を見て、俺よりもあいつのほうがよほど恋人にベタ惚れなんじゃないかと思った。


 三人いなければ成し遂げられなかったことだ。

 俺はその立役者である田辺にあらためてお礼を言っておく。


「ありがとう、田辺」


「いや、お礼を言うのはこちらのほうだ。あの頃から、六月に退屈したことはない」


「そう言ってもらえると助かるよ」



 そう言いながら俺は思い出す。


 中でも一番、忙しく、思い出深い六月のことを。


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