6/20 A-15

 今日の河村さんは、やけに明るかった。


 取材とは言っていたがアニメ作りを話題に出すことはなく、まるで本当のデートみたいにして様々なところへ出かけた。


 河川敷を後にしてからから俺たちは二時間ほど、町を歩いた。


 お互いの母校だった小学校や中学校を見に行き、観光名所のお寺や神社を回り、疲れたら買い食いをして笑いあった。



「そろそろ帰りましょうか」



 五時半を過ぎたとき、河村さんはそう言った。


 俺は河村さんの半歩後ろを歩きながら、ずっと尋ねることのできなかった違和感を口にする。



「でも、どうして急に出かける気になったの?」


「言ったでしょ。これも取材だって」


「でもあんなに一分一秒を惜しんでアニメを作っていたのに、少し変だよ」


「あんまりスケジュールを詰めても、逆に効率が悪いのよ。それとも楽しくなかった?」


「いいえ最高でした!」


「よろしい」



 河村さんが満足そうにうなずく。

 それで俺は簡単にごまかされてしまった。


 部室に戻ると麻倉がいた。

 疲れきった様子だ。



「どうしたんだよ、麻倉。大丈夫か?」


「大したことはなにもない。ただまぁ……お前と田辺には詳しく話したい気分だったんだ」


「わかった、聞くよ。今日はありがとう、河村さん。また明日」


「ええ、気をつけて帰って。……あ、そうだ」



 扉を開けたとき、河村さんがなんでもないことのように言った。



「もうアニメを作る意味、なくなったの」


「え?」


「それだけ。気にしないで」


「そんな、だって……」


「ほら、もう時間が遅いわ。麻倉くんも困ってみたいだし、今日は帰って。また次に会ったときちゃんとあなたに話すから」


「わ、わかった……」



 両親との間でなにかあったのだろうか。

 だとすれば、河村さんが自然と打ち明けられるようになるまで待ったほうがいい。



「さよなら、渡瀬くん」



 とん、と背中を押される。

 そのせいで俺は自分の時間に戻ってしまう。



 そしてその日を最後に、映研の扉が過去につながることは二度となかった。

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