6/15 A-12


 寝て起きたら元の時間に戻っていた。


 ……なんてことはあるはずもなく、目が覚めても河村さんの家だった。


 嬉しいような、やっぱり嬉しいような体験である。


 河村さんの両親は本当に帰ってこなかった。



「あたしは学校に行くけど、あなたは帰る方法を探した方がいいでしょ」



 お世話になった布団をたたんでいると、朝食の用意をしてくれている河村さんが言った。



「放課後まではここにいていいから」


「いや、一緒に登校するよ。それで、部室にいる。あそこからしか出入りできないから」


「そう? なら、一緒に行きましょうか」



 といっても、なにか新しいことに気づいたわけでもないし、帰れるアテもないのだけど。



 ***



「やっぱりダメだなぁ」



 放課後になって。


 何度も部室の出入りを繰り返したけれど結果は変わらない。

 時間にまつわる問題だけに、時間が解決してくれるかと思ったけどそうはいかなかったようだ。



「どうだったの……って、まぁ顔を合わせてる時点でわかってるけどね」


「ははは……」



 廊下から再び戻ってくると、河村さんが心配そうな顔で迎えてくれる。


 この時間になっても麻倉が来ないということは、本当にタイムスリップができなくなったのかもしれない。

 そうでなかったら、迎えに来てくれてもいいはずだ。



「前向きに考えると、これからは窓から出なくても外に行けるよね」


「あんたのそういうところ、素直に驚かされる。向こうのこととか心配にならないの?」


「そのあたりは麻倉たちがうまくやってくれてると思うよ」


「あっそ。じゃ、お望み通り扉から外に出ましょうか。気分転換も必要かもしれないしね」



 河村さんがおどけたように、うやうやしく扉を開けてくれた。


 開けてもらった扉をくぐり抜けると、田辺がいた。


 突然のことに驚く。



「渡瀬、帰ってきたのか」



 常になく田辺も、驚いた顔をしていた。



「う、うん、なんかいつの間にか……でも、なんで?」


「やっぱりダメだ」


「いてっ!」



 背後の扉が突然開いて、ドアノブが背中にごんとぶつかる。


 よろめくように振り返ると部室から出てきたのは麻倉だった。



「ん? おい、渡瀬。戻ってきてんじゃねぇか」



 眉間にしわを寄せた麻倉は不機嫌そうだったが、昨日よりも元気そうに見える。

 一晩寝たら体調不良は改善されたのかもしれない。



「あぁ、うん。無事に戻ってこれたのは嬉しいけど、これでまた河村さんの前で消えちゃったことになるのかな」


「また?」



 田辺が怪訝な顔をする。



「どういうことだ?」


「あぁ俺、初めてと二回目のとき、河村さんに部屋を追い出されたんだよね。で、そのときタイムスリップしたから河村さんには俺が目の前で消えたように見えたみたい」


「なるほど……渡瀬、一つ大事なことを確認したい」



 田辺の目が光る。

 タイムスリップについてなにか気づいたのかもしれない。



「河村という女子は利き手はどっちだ?」



 想像していたのと全然違う。

 なんか関係なさそうな質問だった。



「それが大事なこと?」


「そうだ」


「えぇっと、右利きだったよ」



 河村さんの行動をワンシーンごとに思い出してみる。


 箸を持っていた手、扉を開けるとき、料理のとき。

 どのタイミングでも河村さんの利き手は右だった。


 そうか、と田辺はうなずいた。



「わかったぞ、二人とも。昨日二人がタイムスリップできなかった理由が」


「え、マジで」


「すげぇな、田辺。で、どういう理屈だったんだ?」


「利き手が問題だったんだ」



 田辺は両手を開いて見せる。



「一般に、この丸い形のドアノブは左右どちらに回しても開く。そして渡瀬は左利きで、麻倉は右利きだ。仕組みは単純だ。ドアノブを右に回せば未来方向、左に回せば過去方向にタイムスリップする」



 利き手、と言われて麻倉と互いの利き手を見比べてみる。



「そうか。いつも河村さんのところへ行くときは俺が扉を開けてた」


「で、帰るときはオレが先に扉を開けたな」


「そして二人は昨日、別々に戻ってきた。そのせいで普段と違うことになったのだろう」



 右に回せば未来、ということで麻倉は七年前から現在に帰ってくることができた。


 俺のほうは自分の手で扉を開けて、戻ろうとしたためにダメだったのだ。


 今、戻って来られたのは右利きの河村さんにあけてもらったのが理由ということか。



「このことに気をつけていれば、とりあえずタイムスリップに支障をきたすことはないだろう」


「田辺、質問してもいいか?」


「なんだ麻倉」


「その理屈だと、オレがここでドアノブを回したら今より未来へつながるってことにならないか? でも」



 麻倉は手を伸ばして、ドアノブを回すが、扉は開かない。

 未来にも過去にも通じない。



「このとおり開かない。ドアノブをひねる手が未来と過去を決めるなら、もっと未来へ行ってもいいはずだろう」


「たしかに、その疑問は残っているな。その質問を言い換えるなら『なぜ七年前とはつながっているのか』という疑問でもある」


「田辺はともかく、麻倉も結構難しいこと言うんだね」



 ちょっと意外だ。


 そう思っていたら、呆れた顔をされてしまう。



「お前さ、昨日帰ってこられなくて大変だったのに、よくもまぁそういうノンキな態度でいられるよな」


「麻倉、渡瀬はこういうやつだ」



 褒められているのか、注意をうながされているのかよくわからない。

 どちらかと言うと後者だろうか。



「俺だって考えないわけじゃないけどさ。やっぱり田辺に任せるのが一番だよ」


「そう言ってもらえるとありがたい」


「まいっか。オレも無事に過去へ行けるなら、それでいい。やりたいこともあるしな」


「では仕切りなおして、行くぜ七年前!」



 俺の掛け声に二人とも返事はしてくれなかった。



「いや、今日はもう時間も遅い。向こうの河村さんに無事戻れたと挨拶したら、帰ったほうがいいだろう」


「あ、そうか」



 実に拍子抜けするオチだった。

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