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「美人で親切って、高垣先生はもう女神かなにかなんじゃないだろうか」


「お前、ブラックホール美人に惚れてるんじゃなかったのかよ。気が多いな」



 麻倉は呆れ顔だが、好きとか憧れるという気持ちには色々と種類があるのだ。

 きっと男子高校生なら一般的な感情だと思う。


 高垣先生にDVDを借りた俺たちは、それを見るために田辺の家にいた。


 昔から三人で集まるといったら、ここがお決まりの場所になっている。


 田辺の家は両親と祖母の四人で暮らしている。

 長らく入院していた田辺の祖母はつい最近、退院して家にいるのだ。


 廊下を歩き、田辺の部屋に向かっていると、道中田辺の祖母が休んでいる部屋の前を通ることになる。

 いつもそこの扉が開け放たれているので、俺は挨拶をした。



「おじゃまします」


「おや、大川さん。こんにちは」


「おばあちゃん。前にも会っただろう。彼は渡瀬だ」


「いいねぇ、秀一。今日は大川さんと一緒なの。おや、吉野さんもいるのかい」


「どうも。おじゃまします」



 麻倉も慣れた様子で挨拶をする。


 田辺の祖母にとって、俺は「大川さん」で麻倉は「吉野さん」ということになっている。

 いつものことだ。



「なんのお構いもできませんが、ゆっくりしていってくださいね」


「ありがとうございます」



 おばあちゃんの部屋の前を通って、田辺の自室に向かう。



「いつも悪いと思っている。祖母も悪気はないんだが」


「いいよ、別に。顔を覚えてもらってるっていうだけで、ありがたいし」


「だな。変なアダ名ってわけでもないし、穏やかないいおばあちゃんじゃないか」


「そう言ってもらえると助かる」



 田辺の自室は俺たち三人の部屋の中で一番広い。


 テレビもあるし、DVDを再生できるゲーム機もあるので、集まるのには最適なのだ。

 ゲーム機を使って高垣先生に借りたDVDを再生する。


 チャプター分けされていて、実写のものとは別部門としてアニメーションの作品ばかりが並んでいた。

 それを順番に見ていくことにする。


 どれも五分から十分程度の長さで、テレビで放映されているものに比べると動きや声の演技に違和感がある。

 それでも独特の魅力があった。


 多くは青春ものであったり、恋愛ものである中、一つだけ違う毛色の作品があった。


 それはファンタジー。


 魔法の鍵を手に入れた少年が、町中の扉を開けていく。

 扉の先には見たことがない世界が広がっていて、人や動物、幽霊なんかと出会い、ひとまわり大きく成長する……というものだ。


 このアニメに声はついておらず、めまぐるしい展開とキャラクターの表情や身振り手振りだけで感情を表現しているのも特徴的だった。


 ハッピーエンドだし、話も短くまとまっている。


 まだ何本か候補作が残っているのはわかっていたが、言わずにはいられなかった。



「これを作ろう!」


「は? これはあくまで勉強なんじゃなかったのかよ」


「でもこれ、河村さんの言った条件にも合うし」


「だからって丸パクリはまずいだろ」


「全部じゃないパクるつもりは……ん? 待てよ。田辺、これって製作年いつ?」


「二〇〇二年だ」


「五年前か」



 耳元で悪魔がささやくのが聞こえる。


 その誘惑に飛びつき、俺は立ち上がって言った。



「ふーはっはっは! それならまだ世に出てないからパクリにはならない!」



 なにせ河村さんのいる時間は二〇〇〇年だ。

 そうなるとこの作品はまだ作られていないことになる。



「くっくっく。俺は大手を振って、この作品をパクれるし、河村さんの好感度を得ることができるのだよ」


「なんだその、アホな悪役みたいなしゃべりかた。錯乱してんのか」



 呆れ果てた目で、麻倉が俺を見上げる。



「なんてダメな未来人なんだ。なぁ、田辺。こういうやつが増えるからタイムマシンって作られないと思わないか?」


「そうかもしれない。おれがタイムマシンを作るさいには気をつけることにしよう」


「待って、そんなきついこと言わないで。なぁ、田辺。もっとこう、最大限好意的な解釈がつけられない?」


「そうだな。タイムマシンの構造上、実はこのアニメを作ったのが渡瀬たちだったということも可能だろう。そういう時間SFを読んだことがある」


「それ採用!」


「田辺、渡瀬を甘やかすなよ」



 麻倉はリモコン代わりのコントローラーを手にとって、映像を巻き戻す。

 スタッフロールのところで映像は一時停止された。



「それに、無理があるだろ。作った学校はうちじゃないし、スタッフとして流れている名前も十人近くある。どれも知らない名前だ。部員のたくさんいる映研が作ったのは一目瞭然だ」


「うぐっ」


「そもそも製作年が咬み合わないだろ。お前、二年以上もタイムスリップし続けるのか?」


「うぐぐっ」



 思った以上にボコボコだった。

 正論すぎて、ぐうの音も出ない。



「で、でも、俺は面白い脚本を書いて河村さんに好かれたいんだよ!」


「そこまではっきり言われると、いっそすがすがしいな」


「間違った動機ではないと思う。だが、それと丸写しすることは話が異なるな」


「うん、わかってる。だからその……参考にするくらいはいいよね?」



 麻倉と田辺が顔を見合わせ、苦笑する。



「ま、いいんじゃないか? どの道、このままじゃ使えないだろうしな。時間も技術もここまであるとは思えない」


「参考にするくらいなら問題ないだろう」


「よし、じゃあこれでいこう!」



 俺は意気込み、あらためて叫んだ。


 まずはこの映像から元となる脚本を文字に起こさなければ。


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