6/22 B-16
川自体は長大だ。
上流まで上がっていけば複数の川に分かれていくし、下流ではまた別の川と合流して水は流れていく。
だがそんなものを端から端まで見て回るつもりなど最初からない。
この夏祭りで賑わう商店街の近辺、その付近にかかる橋の付近だけだ。
だけ、なのだが……やはり長くて広い。
川が増水していることからオレのように川沿いを歩いている人の姿は少ない。
だが橋や河川敷を歩いている人は老若男女問わず多い。
しかもサトミがいるのは川を挟んだ対岸、ということも考えられるためオレはとにかく一箇所にとどまらないことだけを意識して走った。
増水した川の流れは早い。
オレが父親に無理やり泳がされたときよりもずっと。
ここを満足に泳げる自信はなかった。
できることならば、川に落ちる前のサトミを見つけたい。
だがこの人混みの中で、小さな女の子一人を見つけ出すのは不可能に近かった。
「いつもみたいに浮いていてくれよ」
そんな八つ当たりめいたつぶやきが漏れた。
そのときドン、と空気が爆発するような音がオレの全身を震わせる。
続いて「おぉ」という歓声が上がった。
花火が始まってしまった。
河川敷や商店街の人々が興奮した面持ちで夜空を見上げる中、オレはさっと血の気がひく思いだった。
時間がない。
一度目は聞き逃したひゅるるという甲高い音が聞こえ、再び花火が夜空ではじける。
まずい、まずい、まずい!
サトミは言っていた。
花火の音に驚いて、川に落ちたと。
ということは、もう猶予は幾許もなく……!
悲鳴、水音。
そのとき、どよめきが辺りで起こる。
花火に気を取られていた意識を川のほうへ向ければ、わずかに上流で水しぶきが上がっている。
人なのか動物なのか、それともまったく違うものなのか。
そんなことを判断する前に、オレは川に飛び込んだ。
強い確信があった。
自分の身体が流されている自覚はある。
濁った水はオレが泳ぐことをはばむように猛り狂う。
奇しくもいつかの悪夢に似た状況だ。
上流からなにかが流されてくる。
ここまで来ればすでにそれが人であり、またサトミであることをオレはもう疑わなかった。
父を名乗る不審者のが出したわけのわからない課題のせいで、オレの泳ぎは以前よりも上達している。
サトミのおかげで溺れた人を助けるための泳法も身につけた。
服を着たまま泳ぐのにも慣れたほうだ。
小柄な人影を水の中で受け止める。
濁った水の中で、浴衣姿の少女が――サトミであることを知る。
サトミが実体を伴ってオレの前に現れたのは、これが初めてかもしれない。
溺れかけた少女は、パニックを起こしているのか、オレにしがみついてくる。
危ういバランスで泳いでいたオレは、そのことによって水の流れに飲まれてしまう。
岸を目指そうともがくが、水が流れ込んでくる。
しがみついてきたサトミの力は振りほどけないほどではない。
だが振りほどくことがオレにはできない。
首元をサトミにかかえられ、沈みながらもオレは賢明に手足を動かした。
だが徐々に視界にもやがかかってくる。
息苦しさで鼻の奥と頭の芯が重く痛む。
水は冷たく、サトミを抱えているはずの感覚さえ希薄になっていく。
まだ岸は遠い。
オレは流され続けている。
意識が薄れていき、そして――
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