6/22 A-17


「とにかく今が何年前なのかを知るところから始めるか」



 麻倉の提案にしたがって、俺たちは見慣れぬ風景の町を歩く。

 少なくとも七年前ではなさそうだ。


 道ではさっきからやけに浴衣姿の男女が目立つ。

 まるで今日、祭りがあるみたいだ。


 人混みについていくと、商店街の壁に張り紙をしてあるのが目につく。


 夏祭りを告知するもので、そこには「平成九年度」と書かれていた。



「麻倉、平成九年って西暦になおすと何年?」


「えーっと、一九九七年だな」


「ってことは、十年前かぁ……」



 今から十年前、俺たちはおよそ五歳か六歳の頃だ。



「なんで一足飛びに十年前なんだろう」


「わからん。未来の田辺にもっとちゃんと話を聞いたほうがよかったかもな」



 後悔しても遅い。

 どちらにせよ、あのときは時間がなかったんだ。



「でも田辺が俺たちをここに送ったんだ。そこにはなんらかの意図があるはずだよ」


「意図っていってもオレたちにわかってるのは、ここが十年も昔で、今日が商店街の夏祭りの日ってことし……か」



 麻倉がなにかに気づいたように言葉を止める。


 日は傾き、沈み始めている。



「渡瀬、花火は何時からだ?」


「六時半って書いてあるけど」


「今は……五時過ぎか。十分間に合う」


「なんのこと?」


「サトミ――幽霊の件だ。ああ。未来の田辺がオレたちをこの時間に送ったことになにか意味があるなら、きっとそれは……今日だからだ」



 麻倉がはぶいた言葉を、俺は自力で補うことができる。


 幽霊の少女――サトミという子が死んだのが、今日ということなのだろう。



「その子が死んだのは七年前、じゃなくて、二〇〇〇年のことだったんじゃなかったの?」


「オレもそうだと思ってた。でも未来の田辺の言葉を信じるなら、死んだのは今日でもおかしくない」



 幽霊の記憶は曖昧だった、と麻倉は言っていた。


 ということはつまり死んだ時期も、そして幽霊になってからどれくらいの年月をさまよって過ごしたかも覚えていないということだ。


 たしかに未来の田辺がなんの考えもなく、俺たちを十年前の、しかも夏祭りの日に戻るような方法をすすめるわけがない。



「その子がいそうな場所のアテはあるの?」


「河川敷だ。たしかサトミは、花火の音に驚いて、川に落ちて……というようなことを言っていた。具体的な場所はわからないが、サトミは川で溺れたはずだ」


「じゃあ行こう、麻倉」


「行こうって、オレ一人で……」


「なに言ってんだよ。あの川は広いし、やみくもに探していたらあっという間に花火が打ち上がる時間になっちゃうだろ。手伝うよ。どのみち、十年前じゃ河村さんに会えない」


「そうだな……悪い」



 気にするなよ、と言って靴下のまま俺たちは走りだす。


 賑わう商店街を突き抜け、河川敷までくだる。



「麻倉、その子の特徴は?」


「小柄、小学一年かそれより下くらいの女の子で、色白。かなり華奢で、パジャマ姿だ」


「さすがにパジャマ姿でお祭りには来ないんじゃないかな……」


「ならとにかく小さな女の子だ。年の割には落ち着いてる」


「わかるような、わからないような……とにかく川に落ちそうな子に片っ端から声をかけていけばいいよね!」


「ああ。それにここの川はそんなに深くないし、流れも急じゃない。発見するのが早ければ、周囲の人の協力を得て助けることもできるはずだ」



 言いながら河川敷を見て、麻倉は目をむいた。


 濁った水が川幅いっぱいに流れている。

 その流れも決してゆるやかではない。



「お……オレの知ってる川と違う」


「なんでカタコトになってるのさ」



 近所だから俺もこの川の普段の姿を知ってる。

 だが今日は明らかに増水している。


 昨日のうちに大雨でも降ったのかもしれない。


 しかし花火は川の上で打ち上げるわけではない。

 予定通り、花火大会はおこなわれるだろう。



「ここに落ちたら、あっという間に流されそうだ」



 ざーっといつもより迫力を増して川は流れる。



「じゃあ俺は北のほうに向かって行くから、麻倉は南を向いて行ってくれ」


「わかった。花火が終わるころに、ここでまた合流しよう」



 俺たちは一度うなずきあって、それぞれ反対の方向を向いて走った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る