第33話 DJ・SAKURAKO

 その場に残った人々は、元の体勢に戻って作業を再開した。川床に転がる石を持ち上げては脇へ移動させ、現れた細かな砂地をさらにかき分けて穴を掘り始める。


「この人たちは、ここで何をしてるんでしょう?」


 作業している横を通って対岸に渡りながら、志室木に訊いてみた。

 

「ああ。あれはね、川底の砂と粘土を採ってるのさ」


「砂と、粘土……建材にするとかですか?」


「まあ半分は当たり。この辺りの住人が新たに家を作るときは、廃墟のがれきの代わりに粘土そのものや、焼いてレンガにしたものを使うんだ」


 それだけでもずいぶんと文明的に聞こえるが――

 

「じゃあ、残りの半分は?」


「この辺りではね、昔――と言ってもそれこそ二十世紀より以前までさかのぼる話なんだが、鋳物を作る産業が栄えていたんだよ」


「鋳物、ですか。確か……溶かした鉄を型に流して、器や道具を作るんですよね? 割れやすくてもろかった、って聞いたことありますけど」


「そうそう。まあ、鋳物――鋳造製品の品質、性能は成分と製造工程次第で変わるけど、とにかく鋳型を作るのに砂と粘土は手軽に使える材料だ。で、ここの代表者は、前に話した武器の製造以外にも、鋳物を復活させるつもりでいる」


 そう語る志室木の声には普段より真剣さが感じられた。伝令の若者が走って行った方角を、熱のこもったまなざしで仰ぎ見ているのが傍からも分かった。

 

「じゃあ、電気炉を作るってのは、そのためでもあるんですね……? 自衛用の武器を作るため、だけじゃなく」


「うん。木炭を使う方法もあるが、火力の限界や樹木の伐採で洪水の遠因になるとか、いろいろと問題があるからねえ」


 すごい話だ、と思う。奴隷の売買さえ行われているようなこんな世界で、ラジオ放送を行うだけでなく製鉄産業まで起こそうというのだから。

 こんな勢力がすでにあるのなら、別に僕たち自身が国を作らずともここに身を寄せて暮らしてもいいのではないか――そんな考えが頭をよぎる。

 先輩に話したらどう思うだろうか? こればかりは自問するだけではわからない。

 だがあの薫子先輩が、他人の打ち立てた成果や業績の下で小さく安住することを良しとするとも思えない。

 

 志室木の先導に従って進むにつれ、周囲は廃墟が目立つ市街地跡のごつごつとした風景から、大小の木造家屋が立ち並ぶ、住宅街といった雰囲気のものに変わってきた。中には漆喰で白く塗り固めた家もある。

 

 かつてのような色とりどりの屋根瓦はなく、素材そのままの素朴な色彩。地面は崩れたアスファルト舗装が残っていたり、粘土を突き固めて砂利を敷いたような場所があったりとまちまちだが、ともかく今まで見た中では最も整備された居住地だった。

 

 そんな町並みの外側には、何を植えているものか、明らかに人為的に整備、管理された緑地が広がり、その中を人影がまばらに動いているようだ。ところどころ、少し高い建物の上には風力発電に使うものらしい大小さまざまな風車が立ち並んでいた。

 

「こういうの、再開発っていうんでしたっけ、ずいぶん進んでるみたいですね」

 

「なるほど……この辺りはもともと、個人の住宅が大部分を占めるような街だったようだ。がれきの撤去や区画の清掃は、市街地よりも容易だったのだろうな」


 地図で見る限り、この辺りには平林寺や僕たちのラボ周辺のような大きな緑地はなく、大きな川や湖もない。それでなおこれだけの規模で再開発を行い、人が集まって暮らしているということは、それを支えるだけの科学技術とか、リーダーの求心力とか、何かそういった特別なものがあるに違いなかった。

 

「見えてきた。ほら、あれが文明放送の送信アンテナさ」


 蛇行して流れる小川の向こうに、鉄塔がそびえていた。

 元々どんな形状だったのかはよくわからない。種々雑多な廃材を組み合わせてできたように見えるそれは、傍らの地面に伸びる、何本かのケーブルの張力で支えられているらしかった。

 

 そろそろ日は西に傾いている。明るさを失い始めた黄色い空をバックに、その奇怪な鉄塔は、吹き渡る風の中でゆっくりとわずかに揺れ動いているように思えた。

 

 ――番組の途中ですが、ここでいったんここで中断しなければならなくなりました。

 

 不意にそんな声がすぐそばから聞こえた。ぎょっとして周囲を見回すと、ノゾミがラジオのハンドルを回している。

 

「ああ、またかノゾミ。だからラジオをつける時は前もって言ってよ」


「えへへ」


 このひと月ほどでノゾミもだいぶ文明人のようにふるまうことを覚えてはいるのだが、やはり根本の部分で隔絶がある。

 彼女にラジオを持たせると、なぜかいつも電源スイッチを入れたままにしていて、充電が切れてしばらくすると思い出したようにラジオの発電機ハンドルを回すのだ。

  

 ――番組再開までしばらくの間、「ウィンドミル」の生演奏をお楽しみください。


「なんと……生演奏だと……?」


 先輩が目を丸くする。僕自身も、まさかこんな世の中でバンドの生演奏があるとはどうにも信じられなかった。だが、聴こえてくる音楽によくよく注意して耳を凝らせば、ラジオのスピーカーからの物とは別に、わずかに遅れて聴こえてくる、遠くか細い音があるようだ。 

 

 そしてどうやら聴こえてきた演奏は、いつかラボのそばの丘陵地で聴いたのと同じバンドらしい。僕たちが思わずそれに聞き入っていると、志室木は僕たちにかまわずそのまま一人ですたすたと歩いていった。

 

 そして、アンテナの方からだれか走ってくる人影があった。

 遠目にも女性だと思えたのは、多分その人影の周囲に、赤毛と言ってもおかしくないくらいの、オレンジがかった明るい茶色の長い髪がなびいていたせいだ。

 

「イオリ! 待っていたわ。見つけたのね!?」


 彼女はそう叫んだ。

 

「桜子さん! お久しぶりです。こちらにいる若い二人――高井戸夫妻が情報をくれました」


 志室木は、先輩が地図データをインプットしたあの電子書籍リーダーを取りだして高く掲げた。

 

「こいつに入ってます。東洋カーボンって会社の、研究施設と倉庫の情報だ」


「じゃあ作れるのね、いよいよ! 電気炉が!」


 二人は僕たちをよそにすっかり自分たちの世界に入ってしまったようだった。三台の竹馬を見て驚く様子もなく、女性は志室木の腕の中に飛び込み、二人は互いの背中に腕を回して抱きしめ合った。

 

「うわ、なんだこの雰囲気」


「うむ、いたたまれんなこれは……私たちも今後は少し気を付けるべきか」


「かーるこ、いまさらー」


 ノゾミの遠慮のない一言にがっくり――そんなそぶりをする余裕はしかし、僕たちには許されなかった。


 志室木との抱擁を解いて僕たちに向き直った女性――文明放送のDJ「サクラコ」はごく平均的な身長で奇妙な赤毛で、顎のラインあたりは全く別物だったけれども――よく見ると、気味が悪くなるほどに薫子先輩に似ていたのだ。 

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