第15話 長すぎたブランク
ところが、畑の痕跡らしいものにはまるで巡り合えなかった。
それらしい緑地を見つけて分け入ってみても、そこは大抵、足元の地面は崩壊したアスファルトの路面やコンクリートを打ったポーチ、駐車場といった感じの場所ばかりで、おまけにその多くは中途半端に低木が生えてきていた。
「ううむ、これは予測してしかるべきだったかも知れんが……」
先輩は顔の高さに張りだした灌木の枝を、例の奴隷商人たちが使っていた短剣をナタ代わりにして切り払おうとしていた。
「きええ!」などと奇声をあげつつ執拗に切りつけ続けている。だが枝が中途半端な太さで弾力もあるせいで、斬撃の威力は半分以上受け流されてしまっているありさまだ。
「片側のマニュピレーターで固定しといて、斜めに削り込むように打ち込むのがいいんじゃないですか?」
僕としては割と的確なアドヴァイスをしてるつもり。
「くっ……
ロゼットといってもなじみのない人が多いだろうが、植物が冬から春にかけて寒さに耐えるためにとる形態だ。地面すれすれに丸く葉っぱを広げて、まるで大きな花がへばりついているような形。
「えーと、このトウが立ってるやつですか」
先輩が視線で示した方向には、確かにアブラナ科の植物に特有の姿で背の高い茎をのばした、枯れかけの何かの株があった。
「それそれ。葉物か根菜か、まずなにかしら食べられるもののはずだ。その枯れた先端部分を採取して置いてくれ。種ができてるようだから」
「ほんとだ」
その茎にはちいさな
「葉物野菜は確かにありがたいんですが、どうも思うようにいきませんね」
これまで他に見つけたものといえば、むやみに繁茂している
とはいえまだまだどうにも物足りない。あえて希望を言うならやはり芋とかネギ類とかが欲しいところだ。
「どうもおかしい。二一四〇年時点での最新の地図でも、まだこの辺りには耕地がたくさんあったはずだが……」
薫子先輩はマジックハンドから腕を引き抜くと、
「なにか分かりました?」
「うむ……私が生物部長にあるまじきバカだったということが分かったぞ」
「まさか」
「いや、それがな。考えてみれば二百四十年経っているのだ。当時耕作地だったとしても、人の手が入らなくなれば遷移して極相林に近づくのが道理だ」
「ああっ!!」
言われてみれば。主観時間でついこの間、「生物基礎」の授業でそんなことを習ったばっかりだったような気もする。十分な土壌が形成された緑地では、長い時間をかけて植物相が陰樹を中心とした森に移り変わっていくのだ。
「じゃあ、もしかして――あそこに見えてる森っぽいあれが?」
「うむ、よく見ればマップ上の座標も畑の位置に対応しているな。眼前の風景に騙された」
極相に近づきつつある遷移中の森林となると、芋とか玉ねぎとかは難しいかもしれない。だがとにかく行ってみようということになった。
近づくにつれて、そこは単なる森ではないことがわかった。木立の中に隠したかのように、一群の半壊した建造物を包み込んでいたのだ。
薫子先輩が携帯端末で対照すると、そこはどうやらかつての、市立小学校の場所らしい。
「こんな近くに学校があったんですか」
「うむ。二一三〇年ころに過疎化で廃校になっていたと思うが……取り壊されていなかったのだな」
ふと、僕たちが通った誠心学園を思い出す。僕自身の感覚では、あの日々からさほど時間がたっていない。
季節が一巡していることのつじつまを合わせるなら、「夏にドローン爆撃に巻き込まれて負傷し、春先まで入院していた」ということにすればちょうどいい感じだ。
先輩との付き合いは入院の長いブランクを挟みつつ二年目に――いやよそう。こんなのはただの現実逃避。今は二三〇二年の五月だ。やれやれだ。
「無駄足な気もしますが、行ってみます? 案外何か役に立つものがあるかもしれません。駅周辺の大掛かりな廃物よりは、持ち帰って加工したり、利用に手間がかからないやつ」
「そうだな。学校には教材や各種の用具が、まとまった数保管されていたはずだ。避難所に使われたりで消費してしまったものも多いだろうが――」
先輩はノゾミの方に視線を向けるとニヤッと笑った。
「あるいはバケツが手に入るかもしれん」
「ほんとーか? ならたくさん集めよう、へーりんじとかにいくならきっといい売り物になる!」
ノゾミは顔を輝かせた。
「あたしのぶんも欲しー。一個でいーけど」
さて塀の崩れた部分を見つけて中に入ろうとしたときだった。先輩が警告の叫びを発して僕たちを制止した。
「ちょっと待て。迂闊に踏み込むのはまずいかもしれん――見ろ」
指さした先に一山の、黒ずんだ泥団子の様なものがあった。何かの糞だ。
「それと、その壁の切れ目についているのは……」
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